2016年03月16日

【第2の聖書】イエス・キリストの御言葉(第12話)

引き続き、イエスの講話「第12話」を紹介したい。
(※私が特に強調したい部分を赤字にした)


8 多くの人々がその凝り固まった信仰の為に妨げられている。
彼らは他の者から与えられた観念以上のものは何も受け取ることはできない。
かくて彼らは自分自身以外の或る権威に自分自身を引き渡し、
とどのつまりが、制約され、束縛され、もはや自由ではなくなるのである。

10 幼児のようにならなければ貴方達は天国に入ることはできない。

28 祈りとは神の臨在感である。
しかもこの臨在感が四六時中現実のものとして意識されねばならない。

29 貴方達は一週のうち、ただの一日だけを祈りにとっておく。
〜週一回の冥想に満足している。

30 断っておくが、それは本当の生き方ではないのである。
本当の生き方は、自分の中で働いてい給う
父を不断に自覚することでなければならない。
そうすれば分離なるものの存在しないこと、
時間、空間の存在しないことが分かる。

31 然る後に自分の通常の仕事をするのである、
それもただ人間を喜ばす為ではなく、
できるだけ純粋に神の愛の為に、するのである。

32 そうすれば貴方達の仕事に制約を蒙ることは決してなく、
貴方達の仕事は、貴方達の仕事を導き給う
臨在の無限なる御本性の中に拡大して行くであろう。

34 各惑星がそれぞれの軌道を運行している。
天空におけるあらゆる運行は神の驚嘆すべきみ業である。
しかしこの同じ力が、聖なる愛と力即ち各人に内在する
キリストを顕現することに全面的に没頭しうる心を通して
自己自身を表現しようとして待機していることは、
貴方達は殆ど知っていない。

35 貴方達は自分の働きについて思い煩う必要はない。
なぜならば貴方達の天父は
天父を愛する人々すべてに豊かに報い給うからである。

36 また明日を思い煩う必要もない。
明日は今日の愛行によってすでに解決済みだからである。

38 神我キリストにふさわしいものはすべて維持されるが、
本来力の無いものはすべて融けて消えなければならない。
なぜならばそのような見かけの力は
五感の迷いによって維持されているだけだからである。

58 貴方達が神の愛の為にものごとを為すならば倦み疲れることはない。
何事をなすにも神の愛の為に為すがよい。

59 私は天と地におけるあらゆる力の秘訣を貴方達に与えつつある。
貴方達に与えたものをしっかりと掴み、
今それを受け容れ、それに基づいて実行するならば、
まこと、貴方達はその数々の効果を即時に自分の生活の中で実見するであろう。

60 何も明日、或いは一年先まで待つ必要はなく、
今、即時に自分の生活の中で、今、その効果を実感するのである。
故にあらゆるものごとを神の愛の為に為すがよい。


63 他の人々の為にすることは私の為にすることである。

66 大多数の人々は自分のやったことを見て自惚れて云う、
「私がこれを建てた、あれを建てた。私がこれを創造ったのだ」と。
どんな人であっても神から離れて何かを創造りうるものではないのである。
なぜならば貴方達にそうする力を与えれたのは神だからである。

68 心は魂の鏡である。
苦悩の中にあっても、自分が常に父の臨在の中にあることを知れば、
次第に成長してより強くなって行くのである。


69 ハートと想像とは密接につながっている。
想像はある通りのものを再生する。

76 本当の祈りは真剣さである。
そのような祈りには大いなる引力がある。
祈りの際、真剣であることの重大性を、私は貴方達の心に刻みつけておきたい。
その祈りは外の神に対するものではなく、
内なる神の分霊キリストを通しての父との霊交によるものである。


89 一体罪人のうち最悪なる者は誰なのか。
貴方達は人を咎めていながら自分は咎めずにいることができるのか。
よく考えるがよい!


95 悲しみや困難にあっても、喜んでそれに挨拶するがよい。
それらを通じ、それらを克服することによって、
貴方達は私の中で成長するからである。

101 自分の兄弟姉妹達を嫌悪しながら地上界より霊界へやって来た人々もいる。
その嫌悪も理解と悟りとによって融け、無の中へと消え去る。〜
種々の低い現象界は、生命現象化の場である
意識の低い界層に過ぎなかったことが、直ちに認識される。
そこで地上界にいる貴方達の使命は地上に天国をもたらすことである。

109 貴方達の中に、百匹の羊をもっていて、その中の一匹が道に迷った場合、
九十九匹はそのままにしてでも道に迷った一匹が見つかるまで、
それを探しに行かないものがいるだろうか。

110 そして見つかると喜んでそれを元の群に連れ帰り、全部を揃えないだろうか。

111 特に云うておくが、懺悔の必要もない九十九名よりも
悔い改める一人に対する方が天における歓喜も大きいのである。

112 私の父は完全無欠である。
〜群が揃って完全となるからである。〜

113 この平安は実現する、すでにそうなるように定められているからである。




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