2016年03月03日

【第2の聖書】イエス・キリストの御言葉(第4話)

引き続き、イエスの講話「第4話」を紹介したい。
(※私が特に強調したい部分を赤字にした)


1 私は真の葡萄の樹、私の父なる神は働き手である。
常に私の中に留まり、私を通して働き給うのは父なる神である。
父なる神と私は一体であり、決して離れてはいないからである。

2 実をもっと成らせる為に父神は実のなる枝を刈り込み給う。

3 実のなる枝を刈り込めば、更に多くの実を結ぶことは周知の通りである。

4 枝は貴方達である。
私が貴方達に与えた言葉の故に貴方達は刈り込まれる。
その言葉とは太初にあった言葉であり、実にその言葉は神であった。
ヨハネ伝一章

7 認識や悟りは忽然としてやってくるものではない。
それは次第に自分の中で成長して行くものであり、
その成長の様子に貴方達は気付く筈である。
認識に努め、不断に理解に努めることによって魂の中に或る目覚めが起り、
吾が内に宿り給うのが神のみ霊であり、
それのみが天上天下における唯ひとつの創造力であることを、
魂は認識し始める。

14 〜神我(キリスト)神我は決して哀願はしないし、要求もせず、命令もしない。
神我はただ顕現するだけである。
なぜなら、み業を為し給うのは神であることを知っているからである。

19 神我がハートの中に宿ると神の愛と智慧と力とが生まれ、
貴方達を悩ますものは消え亡びる。
なぜならば神我はすべてに打ち克つからである。

20 この故に貴方達は悦びに満ち溢れる。
貴方達が私を選んだのではなく、私が貴方達を選んだからである。

21 貴方達の中に生き、貴方達を導き、貴方達の道選びを援助しているのは私である。
私が貴方達を促して唯一無二の生ける神の真理を認めるようにさせているのである。

38 貴方達が今このようにして私の講話を聞くようになった経過を説明しよう。

39 生命は唯ひとつあるのみであり、父なる神のみが貴方達や私の内なる意識であり、
このようにして父なる神はその被造物を通して御自身を顕現しつつある。

40 創造主がそのすべての中で御自身を顕し得る唯一の方法は、
御自分の意識によるのであって、この意識によって御自分の創造物に気付き、
かくして被造物内における神のこのお気付きが貴方や私の中にある意識となる
というこの真理を認めかつ完全に把握することによって、(つづく)

41 私は、我々の同胞(博士)を通して表現されつつある生命意識の中に入り、
丁度大きな光が小さな光に被さるように、私の意識が彼の意識に被さるのであるが、
我々二人で光り輝いているのは同じ光源なのである。

42 これはまことに驚嘆すべき現象である。
これを摩訶不思議な現象という者もいようが、
実は摩訶不思議なるものは存在しないのであって、
御自分を自覚する唯一無二の大生命が、
他の神意識を通して顕現しているだけである。

43 この同胞(博士)はいつ何時でも自分の肉体から去ることができるのであるが、
実際にはいわゆる去るのではなく、外側の意識から内側の意識に退行するのであって、
内側の意識に退行することによっていつ何どきでも貴方達に接触しうるようになるのである。

44 彼は貴方達を扱い、援助することができる。
彼は又更に多くの援助を人々にもたらす為に、
必要とあれば何時でも私を訪れることができる。

45 このようにして、聖所を通して癒しの業が
沈黙のうちに全世界に対して為されつつあるのである。
人間の意識がこの内なる巨大な力を自覚すればする程その力を発現し始める。

47 この同胞の意識は今個人的なものから普遍的なものへと高揚しているが、
その為に本人たる所以を失ったわけではなく、
あらゆるものと渾一となり乍らしかも個性は一層増大しているのである。

48 神我(キリスト)は父なる神が個人となって発現したものであり、
両者一体なるが故にキリストと父なる神との間には何らの分離もない。
個人として現れつつある父なる神が今貴方達の中にいますキリストなのである。

49 しかしこの神我(キリスト)が到る処に宿っている大生命の意識の中に退行すると、
私は父なる神の全能によってこのように貴方達一同の許に来ることができるのである。
そして何人にせよ私の名において何かを求めればそれは必ず成就する、
なぜならば父なる神と私とは一体であるからである。

50 貴方達の意識も又このようにして高く揚げられるのである。
人が身を以て神の意識を知るには本人の意識が高揚しなければならない。
この一連の法話を通じて貴方達の意識は現に自我意識から引き揚げられて
神の意識即ち内在のキリストを大認しつつある。

63 今この瞬間、貴方達の周りにはおよそ二十五万にものぼる霊達が
私の話に聞き入っており、その多くが貴方達の間に入り混じっている。

64 貴方達はこの物質界で私の声を聞いているが、内界でも聞かれており、
高級霊界でも、かつ又、内なる神我という真理に丁度、今、
目覚めつつある多くの人々によっても、私の声は聞かれている。

72 父なる神が道に迷う羊の方を愛するからと云って怒る者が多い。
しかし私は貴方達に云っておく、
迷った羊の方が父なる神を一層必要とするのである。
私を信じ、神の愛が私を通して発現すること、私はすべての人々、
私を軽蔑した人々でさえも愛することを知るがよい。

73 私に加えられた不当な行為によって
神に対する私の自覚が曇らされることは決してない。
父なる神の愛に対する私の自覚と悟りとは、
「父よ、彼らを赦し給え、彼らは己が為す業を知らざるが故なり」
と云いうるあの真実の境地に入ることを得せしめるのである。

78 貴方達の大多数が活力に欠けるようである。
それは貴方達が霊、心、物資、即ち霊、魂、体という
三つの世界に釣り合いの取れていない生き方をしているからである。

79 この不釣り合いの生存状態は、
生命は何か知らぬが外界の根源から派生すると信じ込んでいる為に、
生じたものである。

80 貴方達の大多数が、肉体の方にあまりにも多くの注意を払い過ぎ、
生命の本源には余りにも注意を向けなさ過ぎる。

82 貴方達をインスパイアし、
為たいと思っている善事をする意志を働かせるのは神であり、
その通り実行する力の程度は貴方達のそのことに対する理解に対応する。
なぜならば、神は常にその御意志が行われるように
貴方達をインスパイアしてい給うからである。

83 もし貴方達が私を愛するならば、私の周りの人々も愛しなければならない。
彼らも又私だからである。
貴方達は貴方達に知られている法則に従って行為する自由意志を与えられている。
しかし一旦神我(キリスト)が王座に即けばキリストが完全に顕現する。
貴方達の内なるこのキリストを、聖なる神殿、
人の手によっては造られていない生ける神の神殿の中に即位せしめよ。

84 成就の秘訣は一切の物事を云い争わず疑わずに為すことである。
これが成就する創造力を発動する。

85 成就というこの大いなる業を貴方達は地上においてのみ為すことができる。
しかも今努力するこれが如何に重大であるかを貴方達はまだ理解していない。
御霊を御霊から引き離すことはできない。
それは不可分である。

86 この私の講話が、貴方達が自分自身の
み霊の中に入る上での助けとなるように私は望んでいる。

87 神我(キリスト)なる御霊が全能、偏在、全智であることを悟ったのなら、
何故貴方達は鞭鞭として徒らに待つのであるか。
何時ともしれぬ未来にのみ神の恩寵を望み期待するのは誤りである。

88 〜貴方達の内なるキリストに貴方達の魂と肉体とを占領させるがよい。
そうすれば貴方達が望んできたものはすべて実現するであろう。

89 銘記するがよい。
太初めに言葉があり、その言葉こそは神であり、神はその言葉であった。
故にその言葉に忠実であれ、

90 その言葉が肉となって我々の中に宿ったのである。

95 「吾神なり(I am)」は貴方達を刈り込む言葉である。



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