2016年02月24日

人類の未来を予言する「キリストの復活と昇天と再臨」

約2000年前にイエス・キリストが、
死後復活した後に昇天したことは歴史的事実である。

イエスは処刑されて完全に絶命したが、
3日後に肉体で完全に復活したことが、
聖書にリアルな描写で記録されている。


その40日後に肉体のまま昇天したが、
これは仙人の世界の「白日昇天」と同じで、
次元上昇して肉体を消滅させたのである。

イエスはヒマラヤでも修行した聖者だが、
イエスの超能力や白日昇天は、
伝説のヒマラヤ聖者のそれと同じである。


贖罪神スサノオの御魂を持つイエスは、
人類の罪を贖うために十字架に掛かったが、
そのときのイエスは既に変身体になっていて、
復活と昇天は計算済みのパフォーマンスだった。

十字架はグランドクロス(地球の処刑)を象徴し、
死後復活と昇天は終末の人類の予型であり、
イエスは雛型神劇を演じた型役者だったのである。


この「キリストの昇天」のことを、
英語で「アセンション」と言うのだ。

一般的に「次元上昇」の意味で使われているが、
次元上昇して肉体が消滅するので同じことである。

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魂が覚醒すると肉体が消滅するので、
「覚醒=アセンション」ということになるが、
ここで1つ問題がある。


プレアデス領域(ψ1〜ψ4)┉┉人間の次元

シリウス領域(ψ5〜ψ8)┉┉霊人(ヒト)の次元

オリオン領域(ψ9〜ψ12)┉┉真実の人間の次元



私の定義ではシリウス領域は5次元、
オリオン領域は6次元だが、
それは見当外れではないようである。

ψ13はψ1〜ψ12までの全体性を意味するが、
去年、半田広宣氏に質問したところ、
太陽はψ14で7次元とのことだった。


だとしたら、やはりシリウス領域は5次元で、
オリオン領域は6次元ということになる。

研究家によって次元の定義も違ったりするが、
7次元より上のことは誰にも分からないといえる。


もし分かるという人がいるなら、
まずψ13までのことを明確に説明できなければ、
それは全く話にならないということになる。

ヒモ理論の13次元や26次元というのは、
ψ1〜ψ13とψ13〜ψ1の流れのことで、
次元としては6次元までのことだといえるだろう。

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さて、オコツトがいう覚醒(肉体の削除)とは、
オリオン領域に移行することを意味する。

つまり、6次元(ψ9〜ψ12)の「真実の人間」の
次元にアセンションすることを意味するのだ。


オコツトによると釈迦やイエスは現在ψ8で、
シリウス領域に位置しているそうで、
「覚醒」には至っていないとのことである。

覚醒が起こるのは「覚醒期」であり、
釈迦やイエスの時代は覚醒期ではなかったので、
有史以来、誰も覚醒はしていないということなのだ。


その理屈はよくわかるが、
これは私の体験による理論で納得できる。

簡単に言えば、5次元のシリウス領域(ψ5〜ψ8)は、
半覚醒と呼べる意識状態だと言えるだろう。


ψ8はハイヤーセルフがいるフォーカス35に相当し、
釈迦やイエスはその領域に帰還した、
「ヒト」と呼ばれる存在になっているようである。

そして、人間界に生きている間に、
ヒトに進化した人間を「変換人」と呼ぶようである。

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つまり、5次元の霊的存在を「ヒト」と呼び、
5次元意識に到達した人間を「変換人」と言うのだが、
私の言葉でいう「半覚醒者」と同義語である。

変換人も普通は肉体の死を経験するが、
おそらくψ8の意識状態では肉体が消滅することになる。


私も実家で睡眠中や瞑想中に、
肉体が消えていたことが度々あったそうだが、
そのときはハイヤーセルフの世界に行っていた。

自由自在にその意識レベルになることができれば、
イエスのようにアセンションできるのだろう。


但し、死後復活したイエスは、
6次元のオリオン領域にアセンションしたのではなく、
あくまでも5次元のシリウス領域にアセンションして、
「ヒト」と呼ばれる存在となったということである。

そして、人間界からアセンションした「ヒト」は、
霊体の震動数を下げて肉体で出現することも可能で、
伝説のヒマラヤ聖者も肉体を出現させることがある。


半田広宣氏の質問に対して、
オコツトも次のように答えている。

半田広宣:「真実の人間はこの次元で実体化することができるのですか」

オコツト:「実体化することは難しいとは思いますが、
実体化したように見せることはできると思います」


半田広宣:「ヒトは?」

オコツト:「できます」

半田広宣:「では、ヒトがこの次元で
実体化したときにはどのように見えるのですか」


オコツト:「人間と同じです」

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『旧約聖書』アブラハムの孫のヤコブが天使と、
一晩中、力比べをしたというエピソードがあるが、
これが現実の出来事だったとするならば、
その天使は肉体で出現した「ヒト」だったのだろう。

そして、ヤコブが勝ったために、
「イスラエル(神に勝つ者)」という名前が与えられた。


ということは、アセンションしたイエスも、
肉体での出現が可能ということになるが、
実際にイエスが肉体で出現したエピソードが、
『あるヨギの自叙伝』に書かれている。

実際に私の知人(クリスチャン)の前に、
イエスが肉体で出現したという話もある。


その話の真偽は不明だが、
嘘をつくような人物ではなく、
真面目で誠実な紳士なので一応信用できる話だ。

それはともかくとして、
近代にイエス・キリストが出現して教えを説き、
写真まで撮影されているので次回の記事で紹介したい。


尚、だからと言って、
それがいわゆる「キリストの再臨」なのではない。

キリストの再臨とは「世界天皇の登場」を意味し、
個人レベルでは「魂の覚醒」を意味するのだが、
魂の覚醒は自他一体の認識の完全化であるため、
連鎖的に覚醒が起きて「人類のアセンション」となるのだ。


要するに、イエスや伝説の仙人や聖者のように、
単独で5次元にアセンションすることは可能だが、
オリオン領域(6次元)へのアセンションは、
単独ではなく一斉に起こる歴史的なイベントなのだ。

単独で5次元にアセンションした聖者が、
人間界に肉体で出現することは可能だが、
オリオン領域にアセンションした場合は、
単なる肉体の消滅ではなく「肉体の削除」が起こり、
真実の人間(=神)と呼ばれる生命体となり、
人間界に肉体で出現することはできなくなるようである。

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さて、前述のイエスと邂逅した知人だが、
荊の人生を歩んできたが純粋さを失わず、
イエスを愛して深く信仰していたために、
イエスが肉体で現れた可能性は十分ある。

だが、この知人はユダヤ人やイスラム教徒を批判していた。


まず、ユダヤ人を批判する理由は、
イエスを処刑したからだということだったが、
イエスを処刑したのはローマ帝国である。

処刑を直接指示したのはユダヤ総督ピラトゥスだが、
それをいうならイエスもユダヤ人だったのである。


イエスがユダヤ教ファリサイ派を批判した理由は、
当然ながら批判するべき理由があったからであるが、
イエスは処刑されるために過激な運動を起こしたのだ。

当時の時代背景などを考えても、
イエスの活動は自殺行為に等しいもので、
エジプトで発見された「ユダの福音書」にも、
ユダの裏切りはイエスの指示だったと記されているという。


また、英BBC番組が次のように放送している。

「イエスは自分の逮捕への道筋をユダと協力して作っていたが、
翻訳の際の誤りで隠されてしまった」


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イエスは十字架で処刑されるとき、
「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫んだ。

「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」
という意味である。

自ら処刑を企んだ人間の発言とは思えないので、
世間では様々な憶測が飛び交っていて、
「イエスも死の恐怖で信仰心が揺らいだ」などと言う人もいる。


だが、イエスは最期に大声で「事は完成された!」と叫び、
神殿の垂れ幕が上から下まで2つに裂け、地が震え、岩々が裂け、
人々は「本当にこの人は神の子だった」と言って恐れたという。

イエスの最期の言葉の意味と、
その言霊による現象が何を意味するのかは分からないが、
すべてはイエスの「神芝居」だったと思えるのである。


出口王仁三郎が過激な演出によって、
政府に自らの教団を弾圧させたのと同じで、
イエスの言動はすべて雛型神劇だったと思ってよい。

そもそもイエスは贖罪神スサノオであり、
己の使命を十分に理解した偉大な予言者でもあり、
神のシナリオとおりに人生を展開したといえるだろう。


もっと率直に言うならば、
イエスは人類の罪を贖うために十字架に掛かり、
それを信仰するのがクリスチャンのはずである。

そうであるならイエスを処刑した者を批判することは、
根本的に間違った思想だと言わざるを得ないし、
そもそも「汝の敵を愛せよ」とのイエスの教えにも背いている。


もっと皮肉を言うならば、
イエスを処刑した勢力によって開教し、
政治に利用されてきたのが「キリスト教」で、
極論言えばイエスとキリスト教は無関係なのだ。

敬虔なクリスチャンを批判する気はないが、
彼らの真の敵はキリスト教会そのものなのである。

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また、彼らがイスラム教徒を批判するのは、
テロや紛争を起こしたりすることが理由だが、
それは原理主義による過激派の犯行であり、
「イスラム教=悪」という考えは間違いである。

それもマスメディアによる情報操作・洗脳だが、
結局イスラム勢力はアメリカに対抗しているのであり、
アメリカを支配しているユダヤ勢力が黒幕なのだ。


そのユダヤ勢力というのも実態は「クリスチャン」であり、
ヒエラルキーのトップはバチカンを支配するイエズス会なのだ。

また、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の三つ巴の戦争は、
聖書に記されているとおり「至福千年王国」を実現する為の、
神のシナリオであり通過儀礼なのである。


それは、イエス自身が次のように語っている。

「人々はきっと、私がこの世に平和を投げ込むために来たと思うだろう。
そして彼らは、私が地上に分裂、火、刀、戦争を投げ込むために来たことを知らない」



もちろん、その大難を小難にするために、
イエスは人々に真理を説いてきたわけだが、
その中でとりわけ重要なことが「汝の敵を愛せよ」である。

そのことをよく理解していれば、
世の多くのクリスチャンの主張は頓珍漢というもので、
争いごとを拡大する「反キリスト」以外の何ものでもない。


それも自分の投影なので、
ご免なさい、赦して下さい、愛しています、有り難う御座います、感謝します。
洗心、洗心、洗心、洗心、洗心、洗心、洗心、洗心、洗心、洗心、洗心、洗心。


ちなみに、イエスに会ったという知人の話は、
以下の記事に書いているので興味があればご覧いただきたい。

謎の変人の奇跡譚

イエス・キリスト出現事件と2人の女との別れ



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posted by ZERO at 13:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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