2015年12月26日

脳内麻薬は魂の覚醒剤!

今回の記事は以下の記事の続編である。


【2100年】アセンション説
明日死ぬとしたら(自己救済の菩薩行)
自己超越の菩薩行と自己否定の修行
天の岩戸開きと魂の覚醒
魂の所在地と宇宙の大霊
アセンションに導く阿弥陀如来の秘密
覚醒=肉体の削除=アセンション
潜象界の悟りと5次元の悟り


まず、上記の記事を読んだ上で読み進めて頂きたい。

脳波が下がってアルファ波やシータ波になると、
快感や多幸感を生み出す脳内伝達物質「ドーパミン」が分泌される。


以前、bunshinken氏が入れてくれたコメントで、
記憶しているキーワードで検索すると出てきたので、
以下に転載しておきたい。

尚、これはヨガの大家である成瀬雅春氏の著書
『死なないカラダ、死なない心』の巻末で、
脳科学者の苫米地英人氏との対談に書かれているそうだが、
それを読んだ人のブログ記事からの引用である↓


気持ちがいいセックスのときに出るドーパミンを100とすると、

50 : おいしいご飯を食べたとき
200 : アルコールを飲んだとき
300 : マリファナを吸引したとき
400 : コカインやヘロイン
1000 : アンフェタミン(覚せい剤)
3000 : LSD
30000 : 臨死体験

そして、瞑想で出るドーパミンは、
やり方によっては臨死体験のときの量を超えるという。

昔、達磨大師が足が腐るまで瞑想して座っていたことから、
苦行に耐えてすごい修行者だと言われたが、間違い。

あれは気持ちがいいから、
足が腐るまで座っていたというのが正解だそうな。



転載終了

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少々強引な意見だが、上記の数値を見れば、
食事やセックスよりも飲酒の方が快楽が強いので、
アルコールが飲めない人やそんなに飲めない人は別として、
飲酒をしていれば食事やセックスは不要になると言える。

更に、飲酒以上にドラッグは高い数値で、
中毒者がドラッグに溺れて人生を狂わせるのも分かる。

尚、マリファナは別として、
ドラッグは脳を破壊して霊媒体質・心質になるので、
大量のドーパミンは出ても意識進化に逆行することになる。


そして、臨死体験の数値も桁違いだが、
なぜ臨死体験で大量のドーパミンが出るのか、
それには2つの理由が考えられる。

まず1つは私も何度も死にかけてきたので分かるが、
強烈な激痛を感じて意識を失うときに、
苦痛を和らげる脳内麻薬が分泌して恍惚状態になるのだ。

もう1つは臨死体験者の中でも稀なケースのようだが、
発光体(おそらくハイヤーセルフ)に出会って抱かれて、
人間界で味わったことのない歓喜と至福に満たされ、
このまま死んでもいいと思うほどの悦楽を味わうという。


瞑想ではそれ以上に快感を得ることが可能とのことだが、
肉体に意識がある瞑想中でも神人合一が起これば、
発光体に包まれた臨死体験者と同等の悦楽は体験できる。

また、瞑想の初期段階でも体外離脱は可能で、
太陽や5次元の世界に行けば言葉にできない大歓喜を感じる。


故に、瞑想の達人はあらゆる煩悩から解放され、
基本的3大欲求も克服・超越しているとも言える。

尚、気持ちがいいセックスのときに出るドーパミンは100とのことだが、
普通の性交ではなく聖交の場合は意識が高次元に逝っているので、
女性の場合は臨死体験や瞑想のレベルのエクスタシーに到達すると思われる。

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だが、ここで1つ疑問があるのだが、
ドーパミンの大量分泌は幻覚や統合失調症を引き起こすため、
ギャバ(γ-アミノ酪酸)が分泌されてドーパミンがセーブされる。

従って、心身ともに健全な瞑想の達人であれば、
瞑想によって30000以上の数値になるとは非常に考えにくい。


その代わり、副作用のないβ-エンドルフィンという脳内麻薬が分泌し、
少量のドーパミンでも強烈な快楽を感じることができるとされている。

β-エンドルフィンは脳内モルヒネとも呼ばれ、
鎮痛作用にも非常に優れているため、
達磨大師が足が腐っても気づかずに瞑想を続けたのは、
ドーパミンではなくβ-エンドルフィンの効果だったと考えられる。


しかし、達磨は9年間も壁に向かって座禅を続けたが、
悟りに到達することはなかったと言われているほど、
瞑想だけで「半覚醒」するのは容易なことではない。

そもそも、座禅を含む普通の瞑想を「サマタ瞑想」と言うが、
釈迦はサマタ瞑想の快楽に溺れることを厳しく戒めて、
独自の内観法「ヴィパッサナー瞑想」を編み出したのである。


ちなみに、上記の数値で言うならば、
半覚醒の状態はどれくらいのドーパミン量なのか……。

日常的に大歓喜というわけではなく冷静な至福なので、
200 : アルコールを飲んだとき
300 : マリファナを吸引したとき
このあたりだと思うが、仮に300とすると、
半覚醒状態で飲酒すれば500になる感じである(笑)

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半覚醒に至るプロセスの一例を知ることも必要だと思うので、
再び私の個人的な話をすることになるが、
私は小学5年の頃からサマタ瞑想を行なってきた。

神霊能力者の隈本確は瞑想の危険性を説いているが、
神霊術も瞑想状態になる必要があるので一種の瞑想である。


だが、瞑想状態に入る前に高次元と波長を合わせ、
高次元エネルギーを引くので危険性はないのである。

また、「肥田式腹式呼吸法」を始め、
一気に思考停止の瞑想状態(シータ波)になれるようになり、
その延長で無限遠点体感瞑想とも呼べる「瞳光の不動」を実践した。


そして、小学6年の時に生長の家に入って、
神想観という一種の瞑想法も日課にするようになったが、
原理としては隈本確の神霊術と基本的には同じである。

その頃から神の道と同時に諸々の理由で魔界にも入り、
神と悪魔の両方に支配される人生が始まることになった。


中学1年からも石井普雄のESPにも入り、
毎日瞑想状態でテープを聴きながらエネルギーを引いていた。

高校2年か3年のときには、
政木和三氏が開発したヘミシンク装置「アルファシータ」を買って、
それで肥田式腹式呼吸をして深い瞑想状態で神霊術の訓練をしていた。

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そして、21歳の頃に『日月神示』に出会い、
隈本確の世界から離れることになったのだが、
肥田式腹式呼吸法は続けていて、
アルファシータやESPテープの活用も続けていた。

24歳の頃に藏本天外氏に出会って瞬間催眠を学んだが、
それまでにやっていた一点集中トレーニングと同じ原理で、
その頃に七田式の本で知ったロウソク視トレーニングとも一致した。


ロウソク視トレーニングは、
サイババが教えるロウソク瞑想とも基本的に同じで、
誰が実践しても安全な瞑想法とのことだった。

また、七田式の本で太陽視トレーニングも紹介されていて、
それを高度にアレンジしたのが私の太陽瞑想法で、
太陽は魂の投影なので「魂の半覚醒」に重要なメソッドである。


太陽瞑想も満月瞑想もロウソク瞑想もサマタ瞑想に分類されるが、
いずれも潜在意識の浄化作用があるので特に危険性はなく、
あまり長時間に渡って行なう瞑想法でもないので問題はない。

そして、度々書いているので割愛するが、
26歳の夏に悪霊の支配から解放されて、
幽界意識を解脱して天国に昇ったようになった。


つまり、私の個人的な潜在意識はほぼ浄化されたのだが、
その後、自然な流れで深い瞑想生活をするようになった。

それも今思えば全てはハイヤーセルフの導きで、
無我の境地になる深いサマタ瞑想が危険な理由は、
潜在意識が浄化されていないと低級霊と波長が合い、
人格を支配されて精神障害になることが多いからである。

あるいはドーパミンの制御が利かない人が、
まかり間違って瞑想に熟達してしまうと、
やはり精神障害を引き起こしたり、
脳内麻薬による幻覚や中毒や依存症を起こす危険性がある。

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それで27歳〜29歳までの2年間は瞑想の快楽に溺れ、
夜は飲酒の快楽に溺れた日々を過ごしてきたが、
それでも瞑想効果で意識の進化は自分で実感していた。

ちなみに、27歳の時にモンロー研究所のヘミシンクCDを買い、
すぐに体外離脱をする体質になったので聴かなくなったが、
それもその後の半覚醒のためには必要なことだった。


瞑想以外にも不食や様々な心身健康法(身魂磨き)を実践し、
数百万円のお金を使って様々なアイテムも活用してきた。

しかし、恐るべきことに深層意識の浄化は出来ていなくて、
泥酔しているときに2回の傷害事件を起こしてしまい、
そのときに以前買ってまだ読んでいなかった本が目について、
直感的に「これしかない!」と感じて一気に読み終えた。


それがネオデジタル内観の『絶対変革』だった。

その少し前に心の学校の内観セミナーに行ったりしていたのもあり、
3日くらいか1週間くらいか忘れたが、
かなり短期間で真我に目覚めたような感覚になった。


今思えば決して真我に目覚めたわけではなかったが、
意識がクリアーになったためにパラレルワールドが変わったのだ。

ところが、それから間もなく1年間の「魔界戦争」が始まり、
文字通り体外離脱で魔界に行って魔王と戦うという、
世にも凄絶な「リアル内観」をさせられることになった。


その1年間の「魔界戦争」の間も、
太陽瞑想やネオデジタル内観などの各種日課を続けていたが、
ネオデジタル内観は「ネオデジタル思考」による内観なので、
釈迦が説いた「ヴィパッサナー瞑想」と基本的に同じである。

結局、ネオデジタル内観は29歳〜32歳まで徹底的に実践し、
過去の詳細な人生内観も3回繰り返して行なってきた。


各種サマタ瞑想も毎日長時間続けていて、
5次元でトータルセルフに邂逅したり、
太陽に行って発狂しそうな大歓喜に包まれたり、
数々の神秘体験を繰り返してきたところで、
1ヶ月間の霊夢を見せられて正八面体の謎を解明し、
半覚醒に至ったのだった。

オコツトによると、人類はこれから数十年の間に、
想像を絶する宇宙観の変革を体験するそうだが、
その領域に片足を突っ込んだような感じだろうか……。

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今回の記事は瞑想がテーマなので瞑想に的を絞って書くが、
半覚醒してからはブログ更新と相談メールの対応に追われ、
まともに瞑想をする時間がなくなっていった。

太陽瞑想やイメージ満月瞑想も数秒〜数分で、
その他にも色々な瞑想法があるが数秒〜数分で終わり、
それでも効果を得る想念の技術があるので問題はない。


だが、半覚醒してから今日までの5年半、
まともに瞑想したことがないと言っても過言ではない。

しかし、日常的に瞑想のような意識状態になっているので、
大歓喜ではなくても常に至福の境地で生きていられるのだ。


半覚醒の1年前に虫歯が出来て痛んでいて、
神霊術(エネルギー療法)によって治したのだが、
実は治っていなくて少しずつ進行していたようで、
去年、再び歯が痛み出した。

私は保険証がないのだが、職業訓練校に通う関係もあって、
福祉事務所の医療扶助で歯科医院に行く機会に恵まれ、
末期の虫歯が20本あることが判明した。

そして、1本は治療が終わったのかどうかは知らないが、
それっきり歯科医院には行っていないが痛みは全くない。


また、去年、気功整体師に診てもらう機会があり、
「よく痛みを感じずに生活していますね!
ドーパミンが大量に出ているとしか思えない」
と驚かれたことがあったが、
ドーパミンではなくβ-エンドルフィンであろう。

ちなみに、整体では治しようがないらしく、
それ以外でも治療法はないだろうとのことだった。

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腕振りや真向法などを実践して提唱している私が、
なぜそのような体なのかというと、
おそらく27歳〜30歳のときの無謀な筋トレが原因で、
気功整体師に話すと「おそらくそれが原因だ」と言っていた。

当時、不食で超人的な体力と回復力を発揮していて、
ジムのマシンで30分くらい走っても脈拍が変わらず、
で、本格的にボディビルのトレーニングをしていたのだが、
手袋を外す握力もなくなるほど極限まで筋トレしても、
5分くらいすると何事もなかったかのように復活していた。


すぐに復活するので筋肉痛が起こらず、
どれだけ鍛えても筋肉が発達しなかったので、
パワーは人並み程度しかなかったが、
腰の力だけはプロビルダー以上にあって、
重量MAXでも余裕だったので不思議がられていた。

その原因はおそらく肥田式腹式呼吸を続けてきて、
丹田の正中心が決まっていたからかもしれないが、
なぜか今は普通の腰力に戻ってしまっている。


それはともかくとして、
極限まで重量挙げなどをしても復活して、
物足りないから少し休憩した後に再び筋トレをして、
その結果、肋骨が歪んでしまったり、
全身の関節が傷んでしまったらしい。

極端な例え話をすると、
無痛症の人が脚の骨折に気づかずに歩き続けて、
骨が砕けても治療せずに放置しているようなものである。


更に、それだけの筋トレをして筋肉痛を感じないので、
十分なストレッチなどが出来ていなかったために、
膝の関節が曲がったまま筋肉が固まってしまっていて、
整体や真向法でも直らないほど重症のようである。

しかし、それもハイヤーセルフの計らいのようで、
若干だが太極拳のような姿勢になっているので、
これは喜ぶべきことなのかもしれない。


で、本来は全身に痛みを感じているはずらしいが、
痛みを感じずに何の支障もなく生活できているのは、
β-エンドルフィンのお蔭であることは間違いない。

人間の日常の脳波はベータ波で、
私がベータ波になることは滅多にないが、
年に何回かはベータ波になることがあり、
そうするとβ-エンドルフィンが切れて、
虫歯や肋骨や腰や膝や手の関節が痛み出すのだ。


当然ながら、そのときは半覚醒状態ではないので、
腹式呼吸をして元の状態に戻して痛みも治まるのだが、
去年まではたまに全身が痛くなる原因が不明だった。

しかし、原因が分かって調べ続けた結果、
やはりカイロプラクティックなどは意味がなく、
筋肉の再教育をする必要があることが分かった。

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さて、瞑想の話の続きだが、
日常的に瞑想のような意識状態である上に、
日常的に内観をする習慣がついてしまっている。

魂の半覚醒状態というのは、
客観的に人間の自分の意識(自我)を観察していて、
尚且つ、外側の世界を「内側」として認識しているので、
生活そのものが高度な内観瞑想のようなものなのだ。


また、本格的な瞑想は5年以上やっていないと書いたが、
実際には睡眠中に瞑想が含まれているのである。

実際に睡眠中の何時間かは分からないが、
爆睡して意識がないわけではなく夢を見ているでもなく、
思考停止の瞑想状態であることを自覚して過ごしている。


また、滅多に明晰夢を見ないという人もいるが、
私は夢を見るときは大体が明晰夢で、
ずっと明晰夢ではないが途中から夢だと気づき、
内観しながら夢を楽しんで見ていることが多い。

明晰夢を頻繁に見るようになったのは半覚醒後なので、
それと関係していることはほぼ間違いないと思うが、
明晰夢と紙一重の意識で高次元空間を漂うことが多く、
それも本来は瞑想の延長線上で起こる至高体験である。


中国には寝ているだけで仙人になったという話があるが、
「睡眠行」という修行をしていたのであればまんざらでもない。

5次元体験は文字通り5次元の世界を体験することなので、
5次元認識を獲得するためには最短の王道だと言えるし、
その世界に満ち溢れる生命エネルギー(愛)を直接体験することは、
魂を目覚めさせるための強力な覚醒剤となるはずである。


とは言え、肉体の脳波や心拍が停止しているわけではないので、
大量のβ-エンドルフィンが分泌している状態とも言えるわけである。

尚、魂が完全に覚醒すると肉体が消滅してしまうので、
とりあえずは魂の半覚醒を「自己実現」として話を進めよう。

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半覚醒が仏教でいう悟り(差取り)だとしたら、
他者を自己として認識する意識を持つ必要があり、
半覚醒の状態を維持するためには「自己超越」が必要となる。

「自己超越=半覚醒」とは言えない部分もあるが、
自己超越の特徴を見ると半覚醒と共通点が多いのは事実である。


で、私は半覚醒後もハイヤーセルフに導かれてきたようで、
5年半に及ぶ「自己超越」の菩薩行をさせられてきた。

それがメールや電話による24時間体制の相談受付で、
他者救済ではなく「自己救済」として認識するための修行だった。


私は今まで「究極の自己中心主義」を説いてきたが、
それは半覚醒前に私が心掛けていたことであって、
半覚醒後は自分以外の他者に「自分」の中心軸が移っていった。

分かりやすく説明すれば「宇宙=自分」という認識の上で、
その宇宙の中心に存在する人間の自分は空洞のような感覚で、
自己放棄による菩薩行を続けることで半覚醒状態が定着していった。


そして、2014年の3月にその修行期間が終わったようで、
一人暮らしを始めて徐々に自己放棄の菩薩行を終わらせていって、
再び個の自分に中心軸を戻して「究極の自己中心主義」に戻った。

究極の自己中心主義とは簡単に説明すると、
自分のための行いが人々のためにもなるということで、
あくまでも中心軸を自分に置くという考え方である。


一方、自分から中心軸を外して、
人々のための行いが自分のためになるというのが菩薩行だが、
「人の為」という意識を持つと自我の偽善となるので、
半覚醒した世界認識を維持したままで菩薩行を行なうのである。

人々の想像を絶するような数年間を過ごしてきて、
私自身も自我的にかなりの苦痛を感じることもあり、
そのようなときは体中の関節などが痛んでいた。


3年くらい前までは今よりも意識レベルが低かったので、
痛みが3日くらい続くこともあって、
当時のブログで「何が原因だろう」と書いたこともあった。

それでも苦痛や苦悩と同時に喜びもあり、
魂の歓喜を心や脳が受け取っていたからこそ、
魂の意志に従って坦々と使命を果たして来れたのだった。

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春山茂雄氏は『脳内革命』の中で次のように述べている。


『脳内モルヒネが教えてくれるのは、
自己実現を目指して生きることが、人間にとって最高の喜びであり、
とめども尽きない至福の人生を手に入れるカギなのです。

今まで多くの人が誤解していたのは、
欲求というものを並列的に捉えてきたためではないかと思うのです。
人間には食欲がある。性欲がある。権力欲がある。名誉欲がある。

人の為に尽くしたいとか、
自分自身を正しく成長させたいとの崇高な欲求もあるけれど、
どう考えてもレベルの低い欲求が沢山あるわけです。

低いレベルで満足する自分というものを、
高い欲求レベルに引き上げるのは、もちろん好ましいことだが、
満足度や充実感、つまり快感というものはどちらかというと、
低いレベルのほうが強い。

だからそれを乗り越えるのは至難の業である。
それどころか気を許すと人間はとめどもなく低次元へと下がってしまう。
こういう考え方が一般的だったように思われます。

しかし脳内モルヒネの研究からだんだん明らかになってきたのは、
こういう一般的な理解は正しくなかったということなのです。

人間は並列的に並んだいくつかの欲求を選択するのではない。
マズローが唱えたように、段階的に欲求レベルを高めていっていることが一つ、
ここで肝心なのですが、
「欲求レベルが高くなればなるほど脳内モルヒネの快感も増していく」ことです。

そういうレベルの高い境地に達すると、
めったに病気にもならず、至福の感情をもったまま長寿が保てる。

つまり脳内モルヒネの研究でわかったのは、
正しく立派な生き方、世のため人のためになる生き方をするほど、
人間は若々しく健康で病気に無縁でいられるということなのです。

このことを物質で説明するとこうなります。
人間にはホメオスターシスというメカニズムがあります。
一般的に「恒常性」といわれている調整システムです。

たとえば寒いと毛穴が縮んで耐熱の発散を防ぐ。
暑ければ毛穴が開き発汗して体温上昇を防ぐ。
体の中には至る所にホメオスターシスのメカニズムが張り巡らされているのです。

ホルモンも同じでノルアドレナリン、アドレナリンが出ると、
それを抑えるセロトニンというホルモンが必ず出て抑える側にまわる。
これを負のフィードバックと我々は呼んでいます。

電気ごたつのサーモスタットのように、
何事もオーバーヒートしないようなメカニズムを人間の体はもっているのです。
脳内モルヒネにもギャバという抑制物質が働きます。

ただ一つ不思議な例外があるのです。
人間の最も高級脳である前頭連合野が
刺激されて脳内モルヒネが分泌される時に限って、
この負のフィードバックが何故か働かない。

そして脳内モルヒネがどんどん出るのです。
他の場合では必ずある抑制物質が、なぜ高級脳が働くときだけ出ないのか。
その理由は残念ながら今はまだ分かっていません。

「まだ見つかっていないだけだ」という人もいますが、
人間がその最も進歩した脳を働かせて何かをするとき、
β-エンドルフィンは抑制されることなく分泌して、
どんどん気持ち良くしてくれるということは、
私には「そういう世界を目指しなさい」
という神様のメッセージのような気がするのです。

性欲とか食欲ではそういうことは起きません。
食欲は満たされない時は強い欲求になりますが、
満腹になればどんなに好物でも見るのさえいやになる。
性欲も満たされればそれでおしまいです。

またこの種の欲求は貪欲に求めると、
必ず副作用を伴うことも共通しています。
食べ過ぎは肥満と成人病を招く。
過度のセックスも活性酸素の発生源となって、命を縮めてしまいます。

生命を支える欲求は強力ですが、過ぎればマイナスに作用する。
そういうものには抑制するために
負のフィードバックがあるということなのでしょう。

だが人間が高級脳を生かして世のため人のために尽くすようなとき、
それを止めるものは何もないのです。
止めないだけではなく、どんどん脳内モルヒネが出て、
最高に気持ちの良い状態にしてくれる。
私はそこに何か大きな天の意志のようなものが感じられてならないのです。

マズロー博士は、最も高次な欲求である
自己実現を果たした人々が感じる最善の状態のことを
「至高経験」という言葉で表現しています。
これを脳内物質で説明すれば、β-エンドルフィンが
枯れることなく湧き出ている状態といってよいでしょう』


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自己放棄の菩薩行と言えば、
マザー・テレサをイメージする人も多いと思うが、
「マザー・テレサの名言」などを読む限りは、
意識レベルの高い人間とは思えなかったので、
昔、以下のような記事を書いたことがあった。

マザー・テレサに告ぐ!


だが、偽善であれ程の奉仕活動はできるものではないので、
前世でよほど悪い事をしてカルマの解消をさせられているのか、
マザー・テレサには何か秘密があると思っていたのだが、
2年前にたまたまその真相を知ることになった。

マザー・テレサの死後と「心の闇」の原因



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