2015年07月21日

アセンション・プログラム(変換人の空間へ「ψ5、ψ6の等化」)

いよいよ変換人の空間へ突入だが、
オコツトは次のように述べている↓

「次元観察子ψ5とは、自己が形成されている空間領域のことです。
ψ5は位置の等化によって顕在化を起こし、人間の内面と外面を統合します」

「次元観察子ψ6とは、ψ5の裏側に見えてくる空間領域のことです。
ψ5とψ6は変換人の内面の対化に相当しています。
変換人の内面の対化とは、人間が自己と他者と呼んでいるものの関係と同じです」


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とりあえずは、半田広宣氏の解説を見てみよう↓


世界の全存在物と〈わたし〉を鏡の関係として捉え、
時空間に遍在する自己を感じ出すと、当然のことながら
他者に対する感覚も今までとは大きく変わっていく。

わたしには「シリウス・ファイル」に書き込まれていた
オコツトによる自己と他者の説明の意味が手に取るように分かりだした。

人間の内面と外面の対象関係を示した
ポロジー図8-9をもう一度見てみよう。


150702_0959~01.jpg

これら4種の5次元球の反転関係が
はっきりとイメージできたならば、
今度は、対象を挟んで向こう側に対峙する
他者の存在を想定してみるといい。

この場合、他者の意識の位置が、
自己にとっては人間の無限遠点の位置と
一致することがすぐに分かるはずだ。

とすると、自己と他者が形作るψ1〜ψ4までの関係は、
互いに人間の内面と外面が
逆転されて構成されているということが見えてくる。

つまり、自己にとっては人間の内面は、
他者にとっては人間の外面となっているということなのだ。

この時の両者の相互関係を
2組のリアリティー・サンドウィッチで表したのが図8-12である。


図8-12:位置の等化における自己と他者
150719_0102~01.jpg

通常、自己と他者が見ている空間は
同じものとして感覚化されているが、
複素空間認識の中では、対象の質点を境にして、
下図に示したような互いにウラとオモテが
互いに反転した関係を持っている。

自己の意識の位置をEと置くと、
他者の意識の位置はAとなり、
EとAは互いに表裏一体の関係で、
接合し合っていることがはっきりと分かるだろう。


150719_0102~02 (1).jpg

〈位置の等化〉によって自己と他者という概念は大きく変化してくる。
それは、自己や他者の意識が働いている場の関係を空間の構造として
描写できるようになってくるからだ。

さて、この関係図は実はとても重要なことを示唆している。

それは、自己と他者を人間型ゲシュタルトの中で
捉えている限りは決して一体化できないということである。

自己と他者、互いの意識の位置関係をしっかり確認してみよう。

自己が他者と意識の位置を共有するためには、
自己の意識のベクトルであるE→D→│Cという方向性を、
対象の質点で反射させ、
C→B→Aというように向けなければならない。

自己と他者は、そのことによって初めて互いの垣根を越えて、
双方の意識の位置を共有することができるのだ。

自己の意識がE→D→│C→D→Eと一方的に流れていくだけでは、
決して自己は他者を自分自身として感覚化することはできない。


150719_0102~02 (1).jpg

その意味からいえば、自己の意識が対象の背後側に
落ち込んでしまった領域である人間の内面世界とは、
自己が他者を他者としてしか意識できない空間と言えるかもしれない。

そして、このことは、私たちが他者を認識している意識状態と、
対象の向こう側に空間の奥行きを作り出している意識状態とが、
実は全く同一の意味合いを持つということを示唆しているのだ。

空間に奥行きを持たせているこの意識こそ、
オコツトが人間型ゲシュタルトと呼ぶ力なのである。

実際、空間に対する3次元的な奥行き感覚が
強くなってきたのは近代に入ってからである。

ルネッサンス後期に入ると、
ダ・ヴィンチが絵画の技法として遠近法を確立させ、
デカルトが3次元座標の概念を導入し、
多くの人々が空間の奥行きというものを強く意識し始めた。

近代以前の人間たちは時代を遡れば遡るほど、
この空間を2次元の面的世界のように見ていたのではないだろうか。

それは、古代エジプトの壁画に描かれた
人物描写などからも多少は推測される。


img03_04.jpg

一般には3次元空間認識の獲得は
人類の知的進歩だと言われているが、
このように人間の内面と外面
というような空間概念が生じてくると、
一概にそうも言えなくなってくるわけだ。

もし、古代人たちにとって空間が
2次元的な平板の世界に見えていたとするならば、
それは、むしろ彼らの方が意識の次元が
高かったためだと考えるべきかも知れない。

彼らは、精神と乖離した物質の姿を現代人ほど強く感じておらず、
他者との区別化もさほど強く感覚化してはいなかったに違いない。

世界に奥行きを与えてしまう人間の内面お意識が物質概念を増徴させ、
他者を殊更意識するようになりエゴの肥大化を招いてしまうのだろう。

わたしは、このことに気が付いた時、
現代の人間の社会が生み出した諸問題の
すべての元凶が人間型ゲシュタルトにある

と断言したオコツトの真意を明確に理解できたような気がした。



転載終了

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凄まじく分かりづらい図解で困惑したが、
説明されていることは何となく分かった。

イメージ的には私の感覚もそんな感じで、
以下の説明も私の感覚と同じだと言える。

「つまり、自己にとっては人間の内面は、
他者にとっては人間の外面となっているということなのだ」



私は「他者は投影」という表現をよく使うが、
当然ながら他者にとっては自分も投影である。

投影というのは3次元的に分かりやすく説明しているだけで、
実際には人間が認識する外側の世界は「自分の内面」なのだ。

それがオコツト用語でいう「人間の内面」なのだが、
それは他者にとっては「人間の外面」だということである。


「他者は投影」というのは自分からの一方的な見方なので、
その反対の視点からも観ることのできる能力が必要となる。

それが「位置の逆転現象」による左右反転の認識で、
「位置の等化」ということに繋がっていくのだろう。

150719_0102~01.jpg


もう一度、冒頭のオコツトの言葉を見てみよう↓

「次元観察子ψ5とは、自己が形成されている空間領域のことです。
ψ5は位置の等化によって顕在化を起こし、人間の内面と外面を統合します」



「人間の内面と外面の統合」というのは、
私がいう「内外一致の認識」と同じである。

これは半覚醒して「内外反転の認識」を持ってから、
すぐに自然に感じるようになった感覚である。


これは「ミクロとマクロの等化」とも密接にリンクしているが、
ψ5が5次元対称性とのことなので半覚醒した時期とも一致している。

だが、一行目の「ψ5とは自己が形成されている空間領域」
という意味が私にはイマイチよく分からない。


しかし、「ψ6とはψ5の裏側に見えてくる空間領域」
という説明を読めば何となく意味合いが分かる気がする。

要するに、私の言葉で説明すれば、
自分と他者はそれぞれ異なる世界に存在しているが、
自分の世界がψ5で、他者の世界がψ6ということだろう。


だが、そうするとψ5とψ1の違いが私には説明できなくなる。

これら一連の話は10年前に一通り読んだ上で、
部分的には何度も繰り返し読んだ経緯があるので、
潜在意識に入っていて役立った可能性があるが、
あくまでも私は内観と図形の啓示で半覚醒に至った。


なので、私は感覚的に認識しているだけで、
頭で理解しようとすると非常に難しい。

そこで登場するのが、やはり図8-9なのだろう。

150702_0959~01.jpg

ψ1〜ψ4を合わせてψ5と呼ぶのだろうか。

ψ5は自己が形成されている空間領域で、
ψ6はψ5の裏側に見てくる空間領域のことで、
位置の等化によって人間の内面と外面が統合するという。

結局、前述の通り、頭の悪い私には、
「ミクロとマクロの等化」と同様に思えるのだが、
理解できる人がいたら是非ともご教授願いたい。


私以外にも理解に苦しんでいる人は多いと思うが、
ヌーソロジーはまさに人々に苦しみを与えるものである(笑)

それは冗談として、半田氏の解説文の冒頭にあった、
以下の概念は意識進化の原点として重要だと思う。


「世界の全存在物と〈わたし〉を鏡の関係として捉え、
時空間に遍在する自己を感じ出すと、当然のことながら
他者に対する感覚も今までとは大きく変わっていく」



もちろん、これを単なる知識と知っているだけでは意味がなく、
この世界観を前提として内観をする習慣こそが重要なのである。



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posted by ZERO at 22:32| Comment(8) | ヌーソロジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「人類が神を見る日」の前半のこの辺りは、書かれた時期が古く、
ψ5とψ6の等化の話になってくると、段々と解釈が曖昧になってくるので、
どちらかというと、後半の「トランスフォーマー型ゲシュタルト・ベーシックプログラム」を中心に読み進めた方が、構造が明確になって来ます。
Posted by Raimu at 2015年07月25日 18:38
Raimuさん、こんにちは。

Raimuさんは、あの時とあの時に斜め前に座っておられた方ですね?

貴重な情報提供、誠にありがとうございます。

近々の記事でご紹介させて頂きます(礼)
Posted by ZERO at 2015年07月27日 22:16
こちらこそ。
あの時に斜め前に座っていた人と把握しております。

ψ5については、
最近まとめきった所なので、
よかったら読んでもらえたら良いなと思います。
http://spot23tm.com/noosology/02/tgbp-o_index.html

ψ3までは、一回の反転や、
光速度で見えてくるので、
単純といえば単純ですが、
ψ5以降はそれと比べると少し複雑ですね。

ψ5はおっしゃる通り、
「5次元」と関わりが深いものかと思っていますが、
これは、「4次元時空」と「4次元空間」を対照的に見る視点にあると思っています。
ただ、ヌーソロジーでは、「6次元」という言葉は聞いたことがないのと、
半田さんは2009年レクチャーのDVDにて
「宇宙には4次元までしかない。あとはその反転と重ね合わせだ。」みたいなことを言っていて、
次元という説明の仕方であると、
4次元同士の対象性である5次元対象性が限界なのではないかと思うので、
そこの所は注意が必要ですね。
Posted by Raimu at 2015年07月29日 22:32
Raimuさん、こんにちは。

ありがとうございます^^

次元に関しては定義の仕方によりけりだと思うので、
確かに難しいものがありますね。

ψ1〜ψ4=4次元
ψ5〜ψ8=5次元
ψ9〜ψ12=6次元

という解釈はどうでしょうか?

私は最近まで、
ψ1〜ψ13を1次元〜13次元だと思っていました(笑)
Posted by ZERO at 2015年08月01日 00:29
ψ1〜2⇒3次元
ψ3〜4⇒4次元(4次元空間と4次元時空)
ψ5⇒5次元(5次元対象性)
って解釈なら一応できますかね?

軸を一本追加することで、
ψ7⇒6次元
と解釈できないこともないかもしれませんが、
結局、ヌーソロジーでは6次元以降の言葉は使わないっていう見解になると思います。











Posted by Raimu at 2015年08月01日 10:33
ここでの次元の定義は、「軸が何本あるか?」になります。
Posted by Raimu at 2015年08月01日 10:36
Raimuさん、こんにちは。

軸による次元の定義も参考にさせて頂きます〜(礼)
Posted by ZERO at 2015年08月04日 08:03
この記事の補足説明として、
今まで書いていなかった重要な話があるので、
以下の記事をお読み頂ければ幸いです。

http://ameblo.jp/tenka-yotarou/entry-12145046638.html
Posted by ZERO at 2016年04月02日 20:43
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