2015年07月14日

人類の意識を操る666の太陽暦

敬虔なクリスチャンを批難する気は毛頭ないが、
イエス・キリストを「神のひとり子」と制定し、
唯一絶対の外在神を信仰させることによって、
人類の真我(魂)の覚醒を妨げてきたキリスト教。

そして、私がよく言う皮肉だが、
2000年以上経った今も磔にしたままの、
イエスの偶像を崇拝しているキリスト教。


ユダヤ人でユダヤ教徒だったイエスを信仰する一方で、
「汝の敵を愛せよ」とのイエスの教えに背き、
ユダヤ人やユダヤ教を敵視して批判するキリスト教。

666も善悪表裏一体だが、悪の666の枢軸は、
西欧文明を支配してきたローマ教皇庁だと言える。

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アセンション・プログラム(獣の数字「666」の理解)

の続きだが、高橋徹氏は著書
『201X年 終末大予言の秘密』の中で次のように述べている↓


●666の代表は私たちの使っている暦=グレゴリオ暦

別な側面からこの666の数字が威力を発揮するようになった、
そのきっかけとなる歴史的な事実がある。

それは、グレゴリオ暦の制定である。

先のバクトゥン表記でも明らかなように、
最後のバクトゥン、バクトゥン12(1618〜2012年)に生きている。

そして、そのバクトゥン12が始まる直前(その36年前)に、
グレゴリオ暦の制定という歴史的な「悪魔の贈り物」を受け取っている。

これによって私たちは、666の獣の本質に
全く目を向けないようにされてしまったのである。

この暦、およびローマ法王の権力や、その志向性が、
まさに黙示録の「獣」の贈り物であったという事実。

聖書とカトリック教会の密接なつながりを考えると、
なんと皮肉なことだろうか。

そしてそれは、その後の歴史、特に植民地化に専念した、
新大陸やアジア諸国におけるヨーロッパ人たちの横暴さの歴史に繋がる。

「16世紀のスペイン人が、真に『その人の立場になって考える』
というキリスト教の教えを守っていたら、
世界史最大のマヤ文明の謎は簡単に解けえたかもしれません。
逆に考えますと、謎のマヤ文明は、人が人を攻め争う無意味さ、
大損失を教えているようにも思えます」
(矢代堅二『原始林にねむるマヤ文明の謎』より)

征服者としてのスペイン人は、自分たちの生きている3次元的な空間を、
「果て無き欲望」でもって満たした。

地球という空間には限界がないかのように振舞って領土を拡大した。

そして、それは今も空間的な宇宙開発というゲームとなって、
先進国と称される国々の間で続いている。

これが、3次元の空間が果てなく続いている
と思い込んでいる私たちの所作である。

空間的な植民地化は、いまも続いているのだ。

私たち日本人は、幸いなことに、幕末の黒船来航にも
このような衝撃的な事件には出くわさずに維新を迎えた。

だから、たとえば中南米の過去の歴史が、
自分たちとは全く無関係だと思うかもしれない。

しかし、事実はそうではない。

これから明らかにされるように、
過去の中南米の人々が味わった苦痛や、
あまりにも悲惨な状況は、将来、私たち日本人だけではなく、
再び世界を覆う可能性を秘めた歴史の「時限爆弾」ともいえる、
時間のトリックを秘めているのだ。


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●カトリック教会の暦が人類の集合意識を決定している

今日、私たちが何の疑問もなく使っている太陽暦は、グレゴリオ暦という。

この暦は、今を遡ること400年以上前、
当時のローマ法王だったグレゴリウス13世によって制定された。

現代のあらゆる予言とそれが起こる時期は、大抵の場合、
このグレゴリオ暦をもとに設定されているといっても過言ではない。

何しろ私たちは、生まれたときから無意識に、
この暦を空気のように取り入れ、行動しているし、
過去の歴史も、これからの未来も、
当然のごとくこの暦を元にして考えている。

だが、よく考えてみて欲しい。

私たちが無意識にグレゴリオ暦に従って生きているということは、
そのまま私たち人類の集合意識が、
その暦が内蔵するシステムに従って、
その未来を決めているのではないか?ということを。

よく「日本はキリスト教国ではないから、
ユダヤ・キリスト教の直線的な時間論や終末観とは無縁」で、
「ハルマゲドンはキリスト教に感化された人々だけのもの」とか、
「西洋のキリスト教的な終末論には全く根拠がない」と話す人がいる。

だが、これらの説は非常にもっとものように思えても、
「これから差し迫る西暦2000年の大破局」などと銘打った、
煽り文句の単なる反動、反論のようにしか聞こえない。

かりにユダヤ・キリスト教的な一見、直線的な時間軸を、
私たち東洋人の「時間循環論」が凌ぐものであっても、
私たちが日々使っている暦はどうなのかという点に関しては、
誰もがはなはだ心もとなさを感じるであろうからである。

それは、まさにカトリック教会が、自らの宗教布教のために作った暦を、
現代の日本人もまた、何の疑問も抱えずに使っているという現状にある。

この現状こそが、私たちに2000年という区切りに対する
破局意識というものを抱かせる原動力になっているようにさえ思える。

さらに、近年のユダヤ・フリーメーソン批判に関しても類似の現象が見られる。

戦前の教育を受けて育った人たちが、右翼的な傾向を丸出しにして、
フリーメーソン批判をするのは心情的にはわかる。

しかし、戦後十分に西洋化された教育を受けた人間、
スーパーやコンビニで商品を買い、文明的な生活を営んでいる普通の人間、
このアメリカ的な現代社会に生きる若者までもがフリーメーソン批判をするなら、
それはまず自己批判から始まるべき筋合いのものだろう。

なぜなら、戦後の改革という名のもとに行われた様々な政策は、
すでに私たち現代人の心の中や生き方そのものに浸透し、
もはや一人ひとりがメーソン化している事実に目を向けるのが当然だからである。

外にある敵を目の敵にする気持ちはわからないでもないが、
現在、このように形成されている私たちの自我そのものが、
ルネッサンス以降の西洋の植民地化・近代化政策、
さらには産業革命の影響下にあることは疑いない。

私たち日本人は、すでに十分にユダヤ・キリスト教化しているのである。

その筆頭に、私たちの日々使う「グレゴリオ暦」と呼ばれる太陽暦がある。


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●現在の暦のもとで「歴史は繰り返す」

暦がどれだけ人類の個人に、
そして集合意識に影響を投げかけるものであるか?

それは、別の暦を使った人でなければ決して分からないだろう。

本書は暦の解説書ではないので、詳細は省くが、
現在の太陽暦で生活している限り、
私たちは螺旋状に意識を進化させることができずに、
同じことを繰り返す。

もちろん問題は暦だけではないかもしれない。

しかし、歴史が繰り返すのは、
私たちが進歩と言う幻想を抱きながら、
その実まったく進歩していないからなのである。

それはマイヤー文書の中で異星人セムヤーゼが語る、
次の事柄にも対応するだろう。

「時間はさらにその法則に従い、
何千年が地球上を過ぎていくが、
人間はその思考と行動の面で変化することなく、
再びまた同じ出来事が起こる。
しかもそのときには、地球全体を巻き込む戦争の中で」
(大高良哉『宇宙人がくれた21世紀の聖書』)

この記述は「死の太陽」によって破壊されるソドムとゴモラが、
広島と長崎の原爆に対応するという話。

同書は、この引用した記述が、
真実の『エノク書』に書かれていると述べる。

この真実の『エノク書』は、300〜400年前に、
ヴァチカンの奥深く、人々の眼から隠されてしまったという。

だとしたら、理由はどうあれ、ヴァチカンこそが諸悪の根源であり、
そのヴァチカンが制定した暦を使い続けている私たちこそが、
悪魔の手先になっているのだ。

「歴史は繰り返す」という言葉は、
現代の戦争を見る限り、事実といわざるを得ない。

第一次世界大戦の火蓋が切られたセルビアは、
約80年を経て、ボスニア・ヘルツェゴビナでの
混乱と闘争に引き継がれているかのようである。

さらに大きなスケールでは、
『旧約聖書』の世界といえる「バビロン」と、
現代のイラクなど中東地域との対応関係。

現在の暦が、私たちの生活にとって
どのような効力を発揮しているのかを知らない私たちは、
盲目的に過去と同じ過ちを繰り返しているのではないだろうか。

それを回避する手立ては、少なくとも
ヴァチカン制定のグレゴリオ暦の中には見つからない。



転載終了

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続きの話は次回の記事に譲るが、
グレゴリオ暦が人類の意識進化を阻害している話は、
最近、以下の記事でも紹介したが、
月のテンポで生きるとグレゴリオ暦の呪縛から解放され、
確実に人生に変化が起きて来ることになる。

ツキを呼ぶ音楽と数字と花



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posted by ZERO at 01:17| Comment(0) | 意識進化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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