2015年07月11日

幽体離脱と引き寄せの法則と悟り

前回の記事の半田氏の話の続きである↓


記憶を自意識の空間的拡張と捉えることによって、
わたしは時間から解放された自由な自己のイメージを持てるようになった。

確かに記憶自体の中には過去の出来事の時間的な序列など存在していないない。

1週間前の出来事と10年前の出来事を比べて、
どちらが遠い過去であるのか記憶のみで判断することは不可能だ。

それらはすべて意識の中では重なり合って存在させられている。

記憶の前後関係の判断を行っているのは記憶そのものではなく、
あと付けされてくるカレンダーや時計といった
人間の内面の空間認識が形作るパラメータである。

この記憶というビジョンの重なり合いに数直線的な時間的序列を与えているのは、
おそらく外在と内在を分離して考える人間型ゲシュタルトの仕業なのだ。

オコツトが言ったように時計で測る
線型的な時間などは人間の外面には存在していない。

3次元認識しかできない人間型ゲシュタルトにとっては、
自己というアイデンティティーの位置は
必ずといっていいほど肉体の内部に感覚化されている。

普通、わたしたちのほとんどは自分が抱く感情、思考、
記憶、意思などの心的要素を内在として感覚化しており、
目の前に展開されている現象世界とは
完全に区別してカテゴライズしているはずだ。

自己なる存在が肉体の内部に幽閉されたことによって、
わたしたちは自我をますます肥大化させ、人間vs自然、
自己vs他者という対立概念をより増長させてきた。

科学、宗教を問わず近代以降に起きてきた世界観の変遷は、
すべからく精神の萎縮化であったと見なしてよいのかもしれない。

本来、万物に浸透していた人間の霊性は霊魂という言葉に置き換えられ、
同じく肉体という器に宿る何らかのエネルギーというイメージで
3次元的な描像にまで転落させられてしまったのだ。

死の訪れによって霊魂は肉体を抜け出し、
新たに生まれ変わるべく別の肉体を求めて異空間をさまよう――

このような転生説を唱える生気論者たちは、
彼らの主張とは裏腹におそらくは唯物論的思考の影響を色濃く受けている。

エクトプラズム……なにやらガス状のエネルギー体としてイメージされる霊魂、
そして、アストラル体、メンタル体などに見られる「体」という形容……。

非物質的なものには非物質的な方法で近づくしかないにも関わらず、
世界はそのすべてが物質感覚に支配されたイメージで溢れ返っている。

それほどまでに人間型ゲシュタルトの力は強力なのか……。

何もかもが真実の宇宙感覚とは縁遠いところで淀んで腐敗しかかっている。

わたしには、正直、そんな感じがしてならなかった。



転載終了

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人体は肉体、エーテル体、アストラル体、メンタル体、
コーザル体などの多重構造になっていると言われている。

だが、単純に「エーテル体=幽体」、「アストラル体=霊体」、
「メンタル体=?」……というふうに当てはめることはできない。


肉体とエーテル体とアストラル体とメンタル体は一体で、
人間の低我を構成するとされている。

また、アストラル界は「幻惑の世界」と呼ばれ、
人間を感情的、欲望的行動に走らせる原因だという。


そして、コーザル体は魂と結びついているとされている。

だとすると、エーテル体、アストラル体、
メンタル体の3つが4次元ボディ「幽体」で、
コーザル体が5次元ボディ「霊体」だという解釈ができる。


4次元の世界は大別して、
「幽界」「霊界」「天界」に分かれているので、
幽体も厳密には3層になっているのだろう。

その幽体の中でも、「エーテル体」が半物質化して
視覚化されたものが「エクトプラズム」と呼ばれる。


「霊魂」という言葉は解釈の仕方が難しいが、
「魂」という言葉で説明すると、
6次元の世界では霊体(コーザル体)も消滅し、
真の我である魂(アートマン)だけの存在となる。

それは宇宙空間と融合した無形の状態だが、
本質的には元々その状態なのであり、
それが肉体に宿っているわけではないのである。


むしろ、この宇宙は魂の内在世界であり、
また、宇宙の中に人体が存在するのではなく、
宇宙と人体は同じものだといえるだろう。

反転した世界認識の視点からすると、
「人体がマクロコスモス」と言えるが、
本質的には「宇宙=人体」であり、
「ミクロコスモス=マクロコスモス」だと思う。

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前回の記事で半田氏はこのように書いていた↓

「〈わたし〉とは、対象の位置とそれを見つめている
身体との位置を結ぶ空間の中に存在する。
これは、まさに幽体離脱とも言っていい感覚だった」



睡眠中や瞑想中なら幽体離脱(体外離脱)は起こるが、
肉体が覚醒している時に幽体離脱は絶対に起こらない。


図8-11の下に幽体離脱(体外離脱)の説明があった↓

「意識の中心が肉体とは
別の空間に存在するように感じられる体験のこと」



私には半田氏の言っていることはよく分かる。

普通に肉体や脳が覚醒している時は、
幽体は必ず肉体と一体となっているものだが、
肉体の外に意識の中心が存在する感覚……。


半田氏は気づいていないようだが、
これはまさに「魂の半覚醒」の状態である。

肉体や脳は覚醒しているのだから、
当然ながら肉体の位置に自我を認識しているわけだが、
それとは別に意識の中心(真我=魂)が、
肉体の外に存在している感覚を持つということは、
それは真我(魂)が半覚醒している証拠である。


従って、魂が半覚醒すると、
自我(人間の意識)は半睡状態となり、
必要な時以外は頭脳の思考が働かなくなり、
心(感情)も希薄になるのである。

そして、半覚醒の特徴の1つとして繰り返し書いてきたとおり、
肉体意識(自我)と魂の意識(真我)の2つの意識を持つのだ。


で、肉体の自分は「実体ではない」ので、
「実在ではない他者」のようにも感じられるのである。

極端な話をすれば、死んで体外離脱をして、
自分の亡骸を見下ろしている霊人のような気分に近い。

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そして、人間界に未練もなく輝かしい歓喜の神界に行って、
そこから人間界の自分の亡骸の様子を見てみたとする。

誰かが自分の死体に向かって暴言を吐いたり、
唾を吐き掛けたり、ナイフで切り刻んだりしていても、
どうでもいいことだと思うはずである。


まず、肉体は自分ではないし、
高次元意識になってネガティブな感情も湧かない。

また、自分の死体に唾を吐き掛けたり、
ナイフで切り刻んだりしている人たちも、
自分の投影であることがよく認識できる。


人間界での「今の現実と現象」が、
潜在意識の結果に過ぎないことが明確に認識できるのだ。

それは、カルマ解消のために決まっていたストーリーで、
生まれる前に予めそのストーリーを知っていたことを思い出し、
すべてが「必然・必要・ベスト」であることを理解する。


いずれにしても全て幻想で、
「人間界での人生」という夢から覚めた状態。

魂の半覚醒というのは、
自我(3次元の人間としての意識や認識)が半分薄れて、
上記のような真我(5次元の意識や認識)が、
半分目覚めている状態だと言えば分かりやすいと思う。

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もちろん、潜在意識は浄化されているので、
自我が悪想念を出すことはほぼ皆無で、
もし僅かでも悪想念を出したとしたら、
即座にケガをして知らされることになる。

私も年に2〜3回はそういうことがあるのだが、
去年の11月26日は酷かった。


職業訓練校の授業についていけずに憂鬱な気分になり、
休み時間に携帯を見るとメールが沢山入っていてウンザリし、
喫煙所に行こうと思って外に出ると雨が降っていて、
「濡れるの嫌だな」と思いながら小走りで喫煙所に向かった。

その3つの悪想念が重なった結果……
死んでもおかしくないようなケガをしたが、
大難を小難にして頂いて、ひたすら反省と感謝をした。

カルマにやられたミロク(666の獣)の与太郎

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半覚醒しても、たまにはイラッとしてしまったり、
不愉快に感じたりすることはあるが、
ムカッとするようなことはなくなる。

潜在意識が浄化されているので、
ムカッとするような原因(カルマ)がないとも言えるが、
全くそういうことが起こらないということもない。


「昔の俺だったらブチ切れて暴れているだろうな」
と思うようなことも極たまには起こるが、
平常心で微笑んでいられるようになるのである。

少し不愉快に思ったりイラッとしてしまったら、
「おっと!悪想念を出してしまった!
御免なさい、許して下さい、愛しています、
有り難う御座います、感謝します、洗心、洗心、洗心……」
という流れに自動的になる。


もし半覚醒者がムカッとするような悪想念を出したら、
次の瞬間にトラックに轢かれたり、
家の中だったら心筋梗塞などで倒れかねない^^;

とりあえず上記のケガで恐ろしくなった私は、
家賃も払えない経済状況の中で、
藁をも縋る気持ちで「アメノシズク」を購入した(笑)

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それで予期せぬ大金(90万円)が舞い込んできて、
約1年間の負債を清算することが出来た上に、
生活に必要な収入(約10万円)が安定的に入るようになった。

だが、それがいつまで続くかは分からないので、
超人アイテムの購入や無料オファーの登録に、
ご協力いただければ誠にありがたいのでお願いしたい。


尚、半覚醒に至るまでは、
体外離脱によって霊界探訪を繰り返すが、
半覚醒すると体外離脱をしなくなる。

それは恐らく、「魂は肉体に宿っていない」
と認識するようになるからだと思われる。


私が知る限りでは、
オコツトはそのようなことは言っていないが、
半田氏も「魂は肉体に宿っていない」と認識している。

以前、半田氏に敢えて、
「魂は肉体の何処に宿っていますか」と質問すると、
私の期待通りに「魂は肉体には宿っていない」と回答された。


そこで、「もし魂が肉体に宿っているとしたら、
肉体のどの部分になると思いますか」と質問すると、
これも私の期待通り「心臓」と回答された。

半田氏は私の期待を裏切らない人である(笑)

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で、体外離脱はしなくなるが、
その反対の体内離脱(インナートリップ)によって、
5次元の世界に直行できるようになる。

ここ数年は探訪というよりも、
不思議な空間を1人でクラゲのように漂っているだけだが、
幻想的な不思議な気持ちで至福感を味わっている。


昔のように長時間の瞑想をする暇がないので、
睡眠中に勝手に体験していることである。

「夢ではないのか」と思われるかも知れないが、
確かに明晰夢と紙一重の状態である。


そして、夢の世界と霊界は密接に関連しているので、
夢だと言われても否定はしないが、
私は起きている時のこの「現実」と呼ばれている世界が、
自分の魂が見ている「夢」であることを知っている。

魂が半覚醒すると、
この世が夢であることを認識しながら生きている状態となるが、
睡眠中も夢だと認識しながら夢を見る明晰夢が多くなる。


そこで、いま流行りの「引き寄せの法則」を、
私が説かない理由を説明しておこう。

明晰夢は顕在意識(自我)が半分起きている状態なので、
夢のストーリーを思い通りに展開させることもできる。


だが、あまり顕在意識(自我)を働かせると、
夢から醒めてしまうことになる。

明晰夢と同じように、起きている時の世界も
「魂が見ている夢だ」と認識して生きているので、
人生のストーリーもある程度はコントロールできる。


しかし、あまり顕在意識(自我)を働かせると、
魂(真我)の意識が消えてしまうのである。

もちろん、消えるのは一時的なことだが、
願望によって潜在意識が汚れてしまうことが問題となる。

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また、個人的な話だが、大きくて深い虫歯が20本あり、
気功整体師によるとストレスで体もボロボロらしい。

だが、ドーパミンやβ-エンドルフィンなどの
脳内麻薬が大量に出続けているようで、
痛みを全く感じないで生活できているのだが、
たまに魂の意識が消えてしまうことがあり、
そうなると体中の骨や筋肉が痛くなって虫歯も痛み出す。


魂の意識が消えると、
自我100%になるので脳波はベータ波になる。

ベータ波は人間が起きている時の普段の脳波だが、
そうなると歯や体が痛くなって、
どうしても不快な悪想念が出てしまうので、
それも「警告」だと理解している。


そして、胸を意識して深呼吸を1回くらいすれば、
元の半覚醒状態に戻れるのだが、
半覚醒状態を維持できるようになるためには、
「捨て身の修行生活」を体験させられることになる。

それによって、「肉体の外側の世界が自分である」
という魂の世界認識(自己認識)が定着していくのである。


そうでなければ、もし運良く半覚醒状態に到達したとしても、
瞑想中の一時的な至高体験で終わってしまうことになるだろう。

禅定で、「自己究明」と「他者救済」と「生死解決」が
ワンセットで説かれている理由がよく分かる……。

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尚、いずれ多くの人が「半覚醒」すると思うが、
それも「今、ココ」の中に含まれているのである。

その認識は非常に大切で、瞑想も大切だが、
バシャールは次のように言っている↓


「悟るということは、
常に家の中で瞑想をしているということではありません。
楽しくやることです。
そして自分がすでに悟った存在だというようにして行動する時、
それが悟りです。何をやっても」



しかし、意識レベルの高くない人がこれを真に受けると、
自分は悟っているのだと慢心が出てきて有頂天になり、
自我の楽しみを追求することだけが人生だと思うので厄介だ。


ハイヤーセルフに殺されることもある!?


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posted by ZERO at 21:13| Comment(4) | ヌーソロジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
人体がミクロコスモスの間違いでは?
Posted by c0222 at 2015年07月13日 02:44
c0222さん、こんにちは。

人間型ゲシュタルトでは「人体=ミクロコスモス」、
変換人型ゲシュタルトでは「人体=マクロコスモス」です。

しかし、究極的には「ミクロ=マクロ」なので、
どちらでも同じことだと言えると思います。
Posted by ZERO at 2015年07月14日 01:38
はじめまして。
自我について色々探していましたらこの
ブログにたどり着きました。今まで知らなかった
ことがたくさん書かれているので目から鱗です。

あの、β-エンドルフィンはどうやったら多く増やせるのですか?
よく瞑想したら良いとは聴くのですか…。
Posted by 雛。 at 2015年07月15日 19:04
雛。さん、こんにちは。

瞑想に熟達していない人が瞑想しても、
β-エンドルフィンではなくβ波が出るだけです^^;

腹式呼吸をすると自然に脳波が下がり、
β-エンドルフィンも出てきます。

これが瞑想の基本ですが、
日常的にゆっくりと呼吸するようにすると良いと思います。

あとは、利他行をするとβ-エンドルフィンが出ると言われています。
Posted by ZERO at 2015年07月18日 20:40
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