2015年07月07日

アセンション・プログラム(リアリティー・サンドウィッチ)

前回の話は少し難解だったが、気を取り直して進めていこう。

人間型ゲシュタルトから解放されて、
変換人型ゲシュタルトを獲得することが「魂の半覚醒」で、
5次元意識によって空間認識が変容していく。

そのことは私自身が身を持って経験済みで、
過去5年間に渡って繰り返し書いてきたことだが、
今回は半田広宣氏の体験を紹介しておこう↓

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人間型ゲシュタルトから解放された
新しい空間認識とは一体どういうものなのか、
その一部を少しばかり紹介しておくことにしよう。

●リアリティ・サンドウィッチと〈わたし〉

――無限遠点とは〈わたし〉自身の質点である――

5次元対称性とは、
3次元空間の中で移動する〈わたし〉の位置のすべてと、
その移動によって認識される対象の質点のすべてを結ぶ空間に存在する。

これらの描像は、わたしがそれまで抱いていた
時空間のイメージを完全に崩壊させていった。

繰り返して言うが、
わたしの位置が3次元空間内のある座標点ではなく、
常に無限遠点に存在していることが感覚化されてくると、
わたしが今まで宇宙と呼んでいた広大な空間など、
どこかへ雲散霧消してしまうのだ。

すべての存在物は、〈見ているわたし〉と、
その〈わたし〉と鏡像のような関係にある
〈見られている対象〉の間にしか存在しなくなる。

このような感覚にしばらく身を委ねていると、
3次元世界では思ってもみなかったような
真新しい感覚が次々と襲ってくるのが分かる。

まず、わたしが最初に体験したのは
運動感覚や移動感覚の消滅だった。

世界はどう見ても〈わたし〉の位置と対象の位置に
挟まれたサンドウィッチのようにしか見えていないので、
思惟する自分の本性がここにも、そこにも、あそこにも、
空間のあらゆる場所に存在しているような気がしてくるのだ。

つまり、本当は〈わたし〉はあらゆる対象物を眺めており、
〈わたし〉が動くといった運動感覚は、
この、いわばリアリティー・サンドウィッチに突き刺さった
一本のスティックの中に意識が落ち込んだために起こる、
ある種の錯覚のように感じてしまう。

それに、もし〈わたし〉の位置が
3次元空間内に存在していないとするならば、
そもそも〈わたしが動く〉という表現自体がナンセンスではないか。

一体、〈わたし〉がどこを動いているというのだろう。

リアリティー・サンドウィッチの中では、
様々な対象の中心点、その界面、そして、
それらを見つめている〈わたし〉の位置という
3枚の平行板自体の関係は何1つ変化しないのだ
(図8-10参照)。


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自分自身〈わたし〉の質点と対象の質点とが
全く対称的な関係にあることが分かってくると、
世界が何か平べったいものに感じてくる。

見ているもの(主体)と見られているもの(客体)が
実は同一の存在なのではないかという感覚が生じてくる。

オコツトの言う「位置の等化」とは、
主体と客体が形成する空間の対称性を発見することであり、
実はそこに作られている対称性こそが
5次元対称性と呼んでいいものなのだ。



転載終了

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リアリティーサンドイッチとは、
上画のようなものだと私は思うのだが、
長らく食べていないので食べたいと思う(笑)

このようなジョークも挟まないと、
頭が煮詰まってしまうような話なので、
リラックスしてお読みいただきたい。


今回も難解な図解と解説で理解困難だったが、
部分的にはよく分かる話である。

自分の位置が常に無限遠点に存在していることが感覚化されてくると、
今まで宇宙と呼んでいた広大な空間など雲散霧消してしまうという。


私の感覚で説明すると、自分の肉体は常に宇宙の中心に存在し、
たとえ宇宙の何処に移動しても常に宇宙の中心に存在する。

宇宙と人間の関係はそのようなものだと認識しているが、
一般概念でいう無限遠点(宇宙の果て)も、
「自分の位置」だということも認識している。


自我ではそのような認識はないが、
5次元意識ではそのような感覚がある。

また、物理的に宇宙の果てまで行ったとしても、
やはりそこは宇宙の中心点なので、
宇宙の外には出れないという感覚がある。


宇宙の外に出る為には、
すなわち物質宇宙の外側の5次元世界に行くためには、
オコツトがいう「無限遠点」である自分自身の外面
(=肉体内部)に入る必要があるのだ。

厳密に言えば、心臓(ハートチャクラ)だが、
それは太陽と同じものなので、
もし物理的に太陽の中心に行くことができた場合も、
5次元世界に入ることができると思う。


いずれにしても、潜在意識を浄化して、
4次元認識を高めていなければ不可能だろう。

半田氏も変換人の思考様式による「思考」だけではなく、
それ以前にオコツトに潜在意識の強制浄化をされているからこそ、
高度な5次元意識を獲得しているのだ。


私は5次元から客観的にこの宇宙を見たことはないが、
理論的に考えれば確かにオコツトがいう通り、
この宇宙はミクロの世界だと考えられる。

オコツトは「肉体はマクロコスモス」と言っていて、
それは私もインナートリップで体験・認識しているが、
半田氏は「素粒子が大宇宙」とも言っている。


それも理論的には理解できるのだが、
「人体が大宇宙」という話との矛盾に頭を悩ませている。

素粒子が大宇宙だとして、肉体はその集合体だが、
「ミクロ(素粒子)が集まってマクロ(肉体)を構成している」
という発想は「人間型ゲシュタルト思考」らしいので、
如何ともし難いジレンマ?を感じてしまう……。

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「自分自身〈わたし〉の質点と対象の質点とが
全く対称的な関係にあることが分かってくると、
世界が何か平べったいものに感じてくる」


それで半田氏は「平面」という世界観を力説しているのだが、
私には世界が平面には見えない(笑)


だが、肥田式強健術の「瞳光の不睨」によって、
無限遠点が自分の位置だという感覚を体験しているので、
理屈では理解できる話ではある。

それによって、「見ているもの(主体)と見られているもの(客体)が
実は同一の存在なのではないかという感覚が生じてくる」とのことだが、
2013年7月7日の半田氏のトークライブのラストで同じ話があった↓


「見ているものと見られているものの区別のない世界に入っていく」


私にはそこまでの認識は生まれていないので、
「何という世界認識だ!」と驚嘆した覚えがある。

完全なる「自他一体」または「主客一体」である。


だが、この世が「投影の世界」、換言すれば、
「合わせ鏡」の世界であることは分かっているので、
〈見ているわたし〉と〈見られている対象〉が、
鏡像関係にあることは理解できる。

その認識力が高まってくると、
見ているものと見られているものの区別のない、
自他一体(主客一体)の認識力を獲得するのだろう。


それは、高度な「認識の完全化」による、
「変換人型ゲシュタルト」の完成と言ったところだろうか……。

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「思惟する自分の本性がここにも、そこにも、あそこにも、
空間のあらゆる場所に存在しているような気がしてくるのだ」



これは「意識の遍在」の感覚で、
半覚醒することで感じるようになるものである。

自他一体(主客一体)の認識が完全になることを、
オコツトは「認識の完全化」と呼んでいるが、
そうなると「意識の遍在」の認識も明確になり、
テレポーテーションができるようになると思う。


体外離脱で幽体や霊体になれば誰でもテレポーテーションできるが、
「肉体は自分ではなく、肉体は実在しない」
という認識が深まることでも肉体のテレポーテーションは可能だろう。

また、認識の完全化は「生死解決」の完成でもあるので、
肉体の不老不死や肉体の削除も可能になるはずである。


だが、Kan.氏のように、どこに出てくるかも分からず、
電車で帰って来なければならないテレポーテーションは嫌だ(笑)

しかし、私はKan.氏の見た目も然ることながら、
意識レベルや人間性を尊敬し、勝手に師と崇めているので、
心の中では「尊師」と呼んでいる(笑)

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話を戻すが、「意識の遍在」の認識が芽生える原因は、
「内外反転」の認識によるものだと思われる。

私がいう「内外反転」とは、肉体の外側に広がる宇宙は、
「自分(魂)の内側の世界である」という認識・感覚のことである。


従って、宇宙は自分の意識が生み出したものであり、
宇宙には自分の意識が隈無く浸透して充満しているのだ。

それは「真の愛のエネルギー」であり、
それを凝縮したものが「太陽」であり、
肉体の胸にも内在していると認識している。


つまり、魂そのものが肉体に宿っているわけではないが、
魂の投影が胸に内在しているという表現はできる。

そもそも、この3次元の宇宙は投影であり、
宇宙に存在する肉体も投影なので、
そこに実在の魂が宿っているということはありえないのだ。

150703_1733~01.jpg

「つまり、本当は〈わたし〉はあらゆる対象物を眺めており……」


これも「内外反転」と「意識の遍在」による視点の獲得だが、
実際に様々な角度からの映像が見えるというわけではなく、
様々な角度から物事を同時に捉えることができるということだ。

たまに肉体の自分の姿が客観的な映像として脳裏に浮かぶが、
それは魂が見ている映像をキャッチしているからだろう。


そのような感じで映像としてキャッチできなくても、
魂が様々な角度から見ている情報を、
感覚的に捉えることができるようになるのである。

ヌーソロジー構築の協力者である佐藤博士の著書
『物質世界とイデア』に以下の図が載っているが、
イメージとしてはこんな感じである。

通常、・(a)という対象物を見るとき、
bの視点しか持っていない人が多いと思うが、
意識の拡大に伴ってc、d、e、f、g……
の視点から観た感覚も捉えるようになってくるのだ。

150703_1635~01.jpg


「オコツトの言う「位置の等化」とは、
主体と客体が形成する空間の対称性を発見することであり、
実はそこに作られている対称性こそが
5次元対称性と呼んでいいものなのだ」



そういえば、前回の記事で私は次のように書いた↓

『「位置の等化」というのは、
「無限小点=無限遠点」の認識のことだと理解したが、
もし間違っていたら申し訳ない^^;』


半田氏はどのように判定するか分からないが、
私の見解は一応正解だった思う。

あくまでも私の拙い理解に過ぎないが、
「主体と客体が形成する空間の対称性」は、
「無限遠点」と「無限小点」に通じるからである。


その対称性こそが「5次元対称性」ということだが、
お分かり頂けただろうか。

オコツトと半田氏の難解な話を、
私なりに分かりやすく解説しているつもりだが、
コメントが全く入らないのは何故だろうか……。


質問もできないほど難解なのかも知れないが、
気軽に質問して頂きたいと思う。

私も答えられないことが多いと思うが……(笑)


もちろん、自分で思考して感覚的に悟るのが最上級だが、
それにはホロンクリスタルが役立つはずである。

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「このような感覚にしばらく身を委ねていると、
3次元世界では思ってもみなかったような
真新しい感覚が次々と襲ってくるのが分かる」



ホロンクリスタルでも同じような体験談があるが、
眺めているだけでネガティブなエネルギーが浄化され、
カルマが解消していくので色々な意味でオススメである。

興味のある方は、
以下の記事を読んでからお問い合わせ頂きたい。

5次元意識に導く「ホロンクリスタル瞑想」

ピラミッドの秘密と5次元図形でアセンション



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posted by ZERO at 10:20| Comment(0) | ヌーソロジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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