2015年07月03日

次元の旅と意識の幾何学の世界

ひとまず、反転の基本概念について紹介してきたが、
半田広宣氏とオコツトの交信を再度ご確認頂きたい↓


「では、実際にこの人間型ゲシュタルトから
私たちの思考を解放していくための新しい思考様式とは、
どのようなものでしょうか」

「そのためには、空間に潜在化している
本当のカタチを見出さなければなりません」

「空間に潜在化している本当のカタチ…というと、
その思考様式というのは単に思弁的な哲学概念ではなく、
具体的なカタチを持ったものとして存在するということですか」

「ええ、変換人にとっての幾何学の体系が存在しています」

「それを見つけ出す空間認識が変換人型ゲシュタルトですね」

「そうです。このゲシュタルトを作り出していく為には、
まず〈見つめているもの〉と〈見つめられているもの〉
との関係性に生まれているカタチを発見しなくてはなりません。
私たちがいうカタチとは、
見ているあなた自身と切り離されて存在し得るものではないのです」

「カタチが僕と切り離されて存在し得えないというと?」

「ここに生まれるカタチを把握していくための
キーコンセプトとなるものは、
あなた方が空間と呼ぶものの中にあります。
単に〈私〉と〈モノ〉が一体であると観念的に把握したとしても、
そこにはいかなる構造も生み出されてはきません。
あなた方の哲学が力を持てなかったのも、
この一体性に具体的な構造を与えることができなかったからです。
〈私〉と〈モノ〉が作り出す関係性を空間の幾何学として抽出し、
それらを客観的に観察する視座を獲得することが大切です。
そうすることによって、この視座を持った新しい〈私〉は、
今まであなた方が主体と呼んでいたものとは全く別のものとなっていきます。
つまり、空間に満ち溢れている、あなた方にはまだ見えていない
実在のカタチをはっきりと知覚化することによって、
あなた方は従来の主体と客体という二元性から解放されていくのです。
この作業によって生まれてくるゲシュタルトは物質ではなく、
意識自体のゲシュタルトということになります。
そのゲシュタルトの確立によって、
あなた方の思考対象は見ている対象物が存在する空間システムではなく、
見えることを成立させているメタ空間のシステムへと変移していくわけです」

「つまり変換人型ゲシュタルトにとってのカタチとは
意識の幾何学のようなものと考えてよいですね」

「なかなかいい表現ですね。
高次元空間における形態認識とは
そのようなものと考えられて結構です。
反転した空間認識が生まれてくれば、
それは自然と見えてくるはずです」



転載終了

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少し話を整理しておこう。

5次元対称性を理解するためには、
まず4次元対称性を見るための
感覚機能を発現させる必要があるが、
3次元から4次元のシフトには、
人間型ゲシュタルトを解体しなければならない。


そのためには、空間に潜在化している本当のカタチ
(意識の幾何学)を見出す必要があるが、
ミクロとマクロが反転した空間認識が生まれることで、
空間の幾何学が自然に知覚化されてくるという。

ミクロとマクロの対称性を感覚化するためには、
まず反転した物体の中心点(無限遠点)を見出す必要がある。


4次元認識を獲得するためには、
「自分の意識の位置」を作り出す必要があるが、
それが「無限遠点」の発見であり、
高次元世界に入るための重要なカギとなる。

感覚的にだが、私は「瞳光の不睨」によって、
小学生の頃から「無限遠点」を発見していた。


そして、今から10年前に、
『2013:人類が神を見る日』を読んで、
「無限遠点」を理解することができた。

今回、同書を読み直して分かったことは、
5年前に起きた半覚醒は、
「無限遠点」の数学的理解によるものだったようだ。


その試験をパスして5次元世界への鍵が与えられ、
即ち、魂が半覚醒して「内外反転」〜「内外一致」
という認識力を獲得したのだろう。

これはまさに、オコツトが言う
「ミクロとマクロの反転」と「ミクロとマクロの対称性」
と同じものだと言ってよいと思う。


それから5年が経過したが、空間の幾何学
(空間の中の本当のカタチ=変換人の意識の幾何学)
とやらは未だに見えて来ない。

果たして、万物を結び付けているような幾何学が、
実際に視覚化されるようになるのだろうか……。

話が抽象的なので意味がよく分からないが、
空間に幾何学図形が見えるということであれば、
蜘蛛の巣のイメージしか湧かない(笑)


何ヶ月か前のことだが、
瞑想状態の時に不思議なビジョンを観た。

夢と同じく目を閉じている状態で見える光景、
すなわち「想念界」のことだが、
ヌーソロジー的に「意識空間」と呼ぶのだろうか。


金色のような蛍光の黄色に光る空間が現れて、
六角形のトンネルを進んでいるような感じで、
六角形のような図形が次々と現れては消えて行った。

果たして、それが空間に潜在化している本当のカタチ、
すなわち「意識の幾何学」なのだろうか……。


そういえば、幼少の頃は就寝前にいつも、
暗闇の意識空間の中に色とりどりの
複雑な幾何学模様が見えていたことを覚えている。

だが、それとオコツトの話は関連性はあっても、
また違うような気もする……。

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Kan.氏の著書『時空を超えて生きる』の中で、
ちょっと思い出した話があるので紹介しておこう↓


幾何学模様の世界

個人が次元を超えていく体験には、それだけで意味があります。

私にとっての次元の旅は、自分と世界との関係性や、
宇宙の法則を立体的に理解する上で貴重な体験でした。

世界を通してしか分かりません。

世界とは感覚の世界のことでもあり、
だから人間には感覚が備わっているといってもいいでしょう。

次元を超えていく時、感覚はその次元そのものに変化していきます。
感覚が変わると意識も変化していきます。

意識の変化が素材を集め、自分を形作る力に作用して、
ボディという幻想を形成し、
物質宇宙の成り立ちを経験することが起きていくのです。

テレポーテーションするときは幾何学の世界を通りますが、
その経験によって人間が数学に魅せられる理由がよく分かりました。

それは宇宙を成り立たせている法則でした。

私たちが今いるのは肉体という物質の世界ですが、
幾何学の世界はそこに重なり合って存在しています。

フォーカスするポイントを少し変えると、
肉体はクリスタルでできたような線になります。

この世界では、
クリスタルはゆっくりとした振動数を持つ固いものですが、
幾何学の線の次元ではクリスタルは非常に速い振動で動き、
それが透明なクリスタルの線になって、
ある法則の下に組み込まれる存在に変わるのです。

意識をその世界に留めると、
目の前の人を線の存在で見ることができ、
人によって全然違う幾何学模様が現れているのがわかります。

肉体は個々に独立して見えますが、幾何学の線の次元では、
いろいろなところでつながっているのが見えます。

つながりあいながら、中枢になっている部分は濃く、
そこには非常に独特なエネルギーが生じています。

それがものすごく美しいのです。

次元が上がっていくときに見えるので、
おそらく6次元か7次元に存在するものでしょう。

でも、「今は○○次元」といったテロップが
出るわけではありませんから、実際のところは分かりません。

その次元の世界から文章を書く人もいるでしょうし、
その図形を引っ張ってくるくる人もいるでしょう。

その図形を引っ張ってきても、
3次元的に表現すると平面になってしまいますが、
実際は空間よりももっと空間的で、
屈折の仕方が何ともいえず奇跡的な感じです。

その先の次元に行くと、とたんに流線型になり、
渦のような世界が現れます。

そこを細かく見ていくと、
まさに銀河といった様相を呈し、興味が尽きません。

本当のことをいえば、全員にそれを味わってほしいくらいです。

人間そのものが多次元的な存在ですから、
全員にその可能性があります。

興味のある人はそれだけ可能性が大きいといえます。



転載終了

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Kan.氏はテレポーテーションの時に、
幾何学の世界を通るということだが、
それがオコツトの言っていることなのだろうか。

個人が次元を超えていく体験には、
自分と世界との関係性や、
宇宙の法則を立体的に理解する上で、
貴重な体験だと述べているが、
実際に半覚醒前には5次元世界を体験することになる。


次元を超えていく時に感覚が変わり、
感覚が変わると意識も変化していくとのことだが、
早い話、それが「意識進化」というもので、
次元の旅の場合は「思考」のプロセスを省略するが、
感覚の変化が意識を変容させるというのは、
オコツトの話とも一致していることにお気づきだろう。

「思考によって認識を変え、
認識を変えることによって今度は感覚を変える。
そして、感覚の変化はあなたがたの感情さえをも凌駕し、
人間の意識全体を全く別のものへと変容させていくのです。
意識進化とはそういうものです」



「次元の旅」は瞑想によって可能だが、
内観で潜在意識を浄化していなければ危険なので、
まずは思考によって認識を変えるために、
「アセンション・プログラム」の理解に努めて頂きたい。

3次元認識を超えた話なので難解だとは思うが、
理解可能な限り「変換人の思考様式」で思考して、
その認識を感覚として落とし込むことを半田氏は力説している。



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posted by ZERO at 10:25| Comment(0) | ヌーソロジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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