2015年06月28日

「二元性の統合」と「ミクロとマクロの反転」と「善悪統合」

今までちゃんと読んだことがなかったが、
前回引用した渡邊延朗氏の著書『奇跡の日』に、
大麻の中山康直氏の特別寄稿が掲載されていて、
シンクロというかセレンディピティという言葉が適切だが、
紹介しておきたい話があったので一部転載しておこう↓


和のこころが地球を救う

私はこれからの時代のこの日本から、
今までの過去と未来を統合するというような事とか、
すべての二元性の統合が始まると考えています。

そして、これからは二元性の統合というのが
大きなキーワードになっていくと思っています。

また、様々なネットワークの中で「次元上昇」とか
「アセンション」あるいは「地球意識の進化」
ということが語られていますが、
実はその背後にも二元性の統合というものがあります。

善と悪、光と闇という二元性が統合すると、
どういった事が起きてくるのでしょうか。

この世には、様々な二元性というものがあります。

プラスとマイナス、男と女、昼と夜、
そして究極的には神と人とか、物質とエネルギーとか、
天と地などがこの世に存在する代表的な二元性です。

特に個人的には、物質とエネルギーの統合が
すでに始まっているのではないかと考えています。

物質とエネルギーは、切っても切れない関係にあります。

物質からエネルギーが出て、その出たエネルギーによって
また物質が構成されていくということがこの世では起こっています。

その最たる象徴が、われわれ人間です。

ところがわれわれ現代人というのは、
要するに「魔が入っている」ために、
精神と肉体がなかなか統合されていない存在になっています。

その「魔」を取った存在になると、
一人ひとりは人間的に大きく変貌を遂げる事ができます。



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度々書いていることだが、禅定では、
「自己究明」「他者救済」「生死解決」
の3つが1セットで説かれている、

自己究明とは真我の究明=「魂の半覚醒」で、
一般的に「悟り」と呼ばれているものだが、
その自己究明は「他者救済」と「生死解決」と
三位一体の関係になるという。


自己究明によって輪廻を解脱して救われるので、
他者は別に救済する必要はないのだが、
他者を自己の一部として見るようになるので、
他者を救済に導かざるを得なくなるということである。

そのようなになる原因が「生死解決」で、
その意味は「生死」をはじめとして「自他」など、
あらゆる二元性を一元的に観る能力を獲得するからだ。


自己(真我=魂)を仏教では「仏性」というが、
生死解決(二元性の統合)のことを、
オコツト用語(シリウス言語)で「認識の完全化」という。

以下、オコツトと半田広宣氏の交信記録である↓


「認識の完全化とは、すべての二元対立を統合する力を持った
プログラムのようなものです」

「しかし、認識の完全化を行なうその目的は何なのですか」

「目的ですか……認識の完全化が起これば、
そのような疑問も存在しなくなるのではないですか。
だから認識の完全化という言い方をしているのですが」

「それでは、あなたの言っていることは、
過去の神秘家たちが言ってきたことと大差ないではありませんか。
仏教徒のように全ての執着を捨て、世界の無常を悟り、
仏性を覚醒することが人間存在の究極の目的だと言われたいのですか。
そういうのは勘弁して下さい。
禅の公案のようにパラドックスを弄ぶようなレトリックには
もうウンザリしているのです。
そのような論法は何かを語っているようで何も語っていない。
それならば、なぜ人間には煩悩などというものがあるのですか。
煩悩があるのは何かを生み出す能力を秘めているからだと思います。
もし、私たちの存在世界が目指しているものが、
それこそ正体不明の空や仏性だとするならば、それはあまりにも虚しい。
一切が空だというなら、そもそも世界はなぜ存在するに至ったのですか。
あなたが仰っていることには
何か根底的なところで矛盾があるような気がしてなりません」

「やっと問題の核心に近づいてきたようですね。
仏性とは確かに人間が認識の完全化を起こすことを意味しますが、
それは決して正体不明なものなどではありません。
この力を生み出すことが新しい太陽系の創造と深く関係しているのです」


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引き続き、中山康直氏の話を紹介しよう↓

さらに二元性の統合という事を突き詰めて考えていくと、
われわれの思考は大逆転させられてしまいます。

たとえばわれわれの人体と大宇宙との関係です。

これまでのわれわれの概念では、小宇宙と大宇宙の関連を、
小宇宙が人体で大宇宙が天空に広がる宇宙だと思い込んできました。

しかしより掘り下げて思考すると、
人間が大宇宙で広大な宇宙が小宇宙ということになるのです。

それはどうしてかというと、
たとえば自分がこの世に存在しなければ、
目に見える世界も無なんです。

もっと極端に言ってしまうと、
自分がこの地球上から無くなったら、
地球も宇宙もすべて存在しないんです。

これは神の存在を裏づけるという事にもなるのですが、
自分が存在しなければ神も無いということでもあります。

われわれの一人ひとりは、
神様から転写された存在で神の子どもたちなのです。

したがって、人の中に宇宙が存在することになります。

そういった思考の延長で、内なる自分に会うという事は、
今まで出会えなかった本当の自分に出会うという事ですから、
とても面白い状況を体験するはずです。

人体は大宇宙、
つまり自分がいなくなると宇宙も何もかもが無くなります。
それは認識できる媒体がいなくなる訳ですから当然ですよね。

私個人は目に見える大宇宙というのは
ホログラフィックな映像だと考えていまして、
それはわれわれがさまざまな体験ができる
リアリティのある映像だと理解しています。



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「人間が大宇宙で広大な宇宙が小宇宙」

これはまさに「内外反転」の認識である。

私はこのことをブログで説明する時に思考もしたが、
半覚醒して感覚的に認識するようになったことである。


中山氏の場合はオコツトが言うように、
思考によって半覚醒に到達したようである。

だが、自分が存在しなければ宇宙も存在しないとか、
私のブログを読んでパクッたのかと思う表現もあり、
本に記載されている発行年月日を見てみたが、
2004年6月1日が第三刷発行となっていて、
私が半覚醒する6年以上前のことだったので、
中山氏は「半覚醒者」認定である。

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中山氏はさらに興味深いことを述べている↓

これからは、ミクロとマクロの概念が逆さまになります。

つまりミクロを包括しているのがマクロだと思っていたのが、
実は全宇宙を包括しているのがミクロかも知れないということです。

したがって、われわれの肉体内部の素粒子の中に、
宇宙があるということに気づいていくのです。

そうなってくると多重次元構造で多重に空間を築いている訳ですから、
われわれはどの次元とチューニングできるかということになります。

つまりは一人ひとりの意識によって、
どの次元とチューニングできるかということになります。

つまりは一人ひとりの意識によって、
どの次元と同調できるのかということなのです。

個人が変わる事によって、地球意識も確実に変わっていきます。



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冒頭で書いたセレンディピティというのは、
現在このブログの連載記事で扱っているオコツト情報の、
「ミクロとマクロの反転」について書かれていたことである。

「ミクロとマクロの反転」というのは、
結局「内外反転」の認識に通じるのだが、
反転と同時に(または少し時間が経過してから)、
「内外一致」=「ミクロ=マクロ」の認識が生まれてくる。


だが、「素粒子が大宇宙」というのは理屈では分かるが、
「肉体内部の素粒子の中に宇宙がある」ということについては、
私はまだ認識できるまでには至っていない。

ただ、私から言えることは、
「内外反転」「ミクロとマクロの反転」の認識は、
魂の半覚醒(5次元意識の半覚醒)によるもので、
仏教でいうところの「悟り」と同じものである。


この世での人生は魂が見ている夢の世界であり、
魂が半覚醒すると、文字通り、
この世が夢のようなものだと認識できる。

従って、魂が夢から完全に覚醒したら、
肉体が消滅するのは自明の理だが、
それは「内外反転」によって認識できることなので、
私は次のように定義している↓

「内外反転=魂の半覚醒=5次元意識の到達=仏教の悟り」


Kan.氏は「内外反転」のことを
「ダブル・アテンション」と呼んでいるが、
そのことを知るまでの私は、
「古今東西の如何なる聖者も説いているのを知らない」
ということを度々書いてきた。

だが、Kan.氏によると、釈迦が説いた
「正思惟」がダブル・アテンションらしいが、
正思惟には具体的に明確にそのような意味はないと思う。

もちろん、3次元や4次元の世界認識では
本当の意味での「正思惟」はできないので、
5次元認識を獲得していることが前提の話だが……。


いずれにしても、まずは高度な4次元認識である
「左右反転=位置の逆転」の認識を獲得する必要がある。

私は長年の内観の末に突然「左右反転」が起こったが、
普通は私のように余程のことでないと到達できないので、
「ホロンクリスタル」を眺めることをオススメしたい。

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それでは、もう少しだけ中山氏の話を紹介しておきたい↓

これからの物質とエネルギーが間違いなく統合してきます。

そういった二元性の統合はこれから起こる「次元上昇」、
アセンションというものと極めて大きくリンクしてくるはずです。

それと同時に「神」と「人」の統合も起こってくると思います。

そうなると自らの内部おいて、自らの神性を呼び戻すわけです。
そうなると本当の自分とは何かを問い始めることになります。

さらに思いと現実の二元性の統合という点においては、
思いと現実が一体になります。

そうすると思いと現実の融合が起きてきますから、
思ったことがすぐに現実化してしまうという事態が起きてきます。



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「物質とエネルギーの統合」というのは、
「色即是空」のことであることは言うまでもないが、
人類がその認識を持つことによって、
「半霊半物質」になっていくものと思われる。

そして、「思いと現実の統合」というのは、
「原因と結果の統合」という言い方もできるが、
「内側」と「外側」の統合=「内外一致」である。


そうすると思ったことがすぐに現実化するのは当然だが、
これは「原因即結果」「結果即原因」で「原因=結果」、
即ち「原因があるから結果がある」とも言えるし、
「結果があるから原因がある」という認識の次元である。

現実化のタイムラグが短くなればなるほど、
原因と結果が同時存在のシンクロニシティとなるが、
これは5次元的な話なので一般的な話をしよう。


思ったことが実現しないという人の多くは、
潜在意識に否定的な記憶や情報が詰まっているからで、
それが阻害要因となって現実化を妨げているのである。

だが、皮肉なことに、ネガティブな思考や想念は、
欲望ではないので現実化しやすいという現実があり、
その現実を体験してまたネガティブな感情を出して、
それがまた原因となって同じことを繰り返すのである。


ここで重要なことを述べておくが、
いわゆる「引き寄せの法則」というものは、
自分が意識するしないに関わらず厳然と働いているが、
潜在意識を浄化すれば思ったことは自然に実現する。

そして、潜在意識の浄化の行き着くところに半覚醒、
即ち「内外一致」=「思いと現実の統合」が起こるのだ。


潜在意識を浄化する目的は、
それ自体が人間の人生の目的であり、
輪廻を解脱して魂を半覚醒させることである。

そのことを良く理解していれば分かると思うが、
半覚醒や潜在意識の浄化といった意識進化を無視して、
我欲の実現に執着して意識的に「引き寄せの法則」を使い、
祈り地獄のような生活をするのは煩悩の塊に過ぎない。


その意味でも、昨今のスピリチュアルは、
魔界に引きずり込もうとする悪魔の甘い誘惑であり、
明らかに意識進化に逆行しているということを、
私は以前から度々警鐘を鳴らしているのである。

念の為に言っておくが、人間に欲があるのは当然で、
欲望そのものを否定してはいけないことでもあるが、
「引き寄せ」の法則については改めて書きたいと思う。

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最後にもう一発、中山氏の話を紹介しておきたい。

実は善と悪を統合した考え方をするのが、
この日本では当たり前のことなんですよね。

悪を悪だと思う心が悪と知れと、
ある方に諭された時にそれがまさに日本的思考だなと思いました。

悪を抱き参らせた時に、善と悪を統合したということが言えます。

つまりあくも悪の役割があるのだということを
認めてしまうことが本当に重要なんですね。

もし悪を悪として排除してしまえば、そこに断絶と拒否が生まれ
対立を生み出してしまう構造ができあがるんですね。

ヒトの社会では対立こそが本当は大問題で、
対立を生まないためには悪も悪として認める、
二元性の統合が大切だということです。

それが日本的な和の心なのです。

まさに二元性の統合が和を生み、
対立を生じさせないということでは、
それを実行できるのが日本人の大きな特性だと思います。



転載終了

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この説明を3次元認識で表面的に理解すると、
大抵の場合は自分を「善」という立場に置いて、
「悪」なる他者との向き合い方を考えることだろう。

だが、他者も含めて外側の世界は自分の投影であり、
善悪統合の本質は自分の内側でなされるべきものである。


さて、先ほど「欲」について少し書いたが、
欲も「悪」と言えるものではあるが、
欲と戦い続けても欲が消滅することはなく、
潜在意識の浄化や意識進化に繋がるわけでもない。

だからと言って、欲望に支配されてもいけないが、
欲望を抱き参らせて浄化して統合するのである。


言葉で説明するのは簡単でも、
なかなか理解してもらえないことでもあるのだが、
まず「罪悪感」を持たないことが大切である。

釈迦も内観で悪魔という名の欲望と戦い、
数々の悪魔を撃退してきたのだが、
最後に「人間から欲望は消せない」と悟り、
「悪魔よ、お前も私の大切な一部だよ」
と言って抱き参らせたということが、
小学3年生の時に読んだ学研マンガの
「おしゃかさま」に書かれていた(笑)

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それはそうと、善悪統合に至るプロセスに於いて、
「善悪反転」の認識が重要になってくる。

オコツトによると、
善悪の概念はプレアデスが作り出しているもので、
『日月神示』にも「本来は善も悪もない」と説かれている。


そのように言ったところで誰も理解できないので、
『日月神示』も結局は比喩的に善悪を説いているのだが、
人間は真理に基づく真の善悪の見分けがつかないのである。

というよりも、善と悪を取り違えていることが多く、
何よりもまず真の善悪を見極めることが大切なのだが、
法律や一般常識に基づく善悪の概念を捨てる必要がある。


『日月神示』では比喩として、
霊主体従主義を「善」、体主霊従主義を「悪」としている。

正神と悪神もそのエネルギーを擬人化して表現したもので、
換言すれば心霊主義が「善」、物質主義が「悪」となる。

これはまさにグノーシス主義そのものだが、
『日月神示』は物質軽視をも戒めていて、
「善」の改心の必要性も説いている。

すなわち、霊主体従と体主霊従の統合=
「霊体一致」が「善悪統合」の真意であり、
中山氏が言う「エネルギーと物質の統合」である。

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その前段階の「善悪反転」について説明する時、
「物より心の方が大切な事くらい分かっている」
と、多くの人は思っていることだろう。

しかし、3次元認識(自我)を主体として生きている以上、
何事に於いても「物質」を中心に考えてはいないだろうか。


その「物質」という概念や認識こそが、
オコツトが言う「人間型ゲシュタルト」であり、
人間の自我を生み出しているものなのである。

「3次元から4次元へのシフトには、
人間型ゲシュタルトの解体が必要となるのです。
4次元認識をあなたがたが獲得するためには、
まず、あなたがた自身の
意識の位置を作り出さなくてはなりません」

(オコツト)


そのために、現在、
「アセンション・プログラム」を連載中だが、
理解してついてきてもらえているだろうか……。

もし、理解できなかったとしても、
かつての私のように読むだけでも潜在意識に入るので、
それだけでも読まないよりは良いと思うが、
「ネオデジタル内観」の習慣と、
ホロン・クリスタルの併用を改めて推奨しておきたい。

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さて、オコツトによると、
宇宙の最も根本的な二元性は「神と人間」だが、
中山氏は「神と人の統合も起こり」、
「本当の自分とは何かを問い始めることになる」書いている。

いわゆる「神人合一」のことだが、
『あるヨギの自叙伝』に次のように書かれている↓


「神との合一を可能にするものは、
本人の努力であって、単なる神学的信条でもなければ、
宇宙主宰者の気ままな意志でもない。
スリ・ラマナは、苦悩する人類に、彼らが見失ってしまった
“完全なるもの”を取り戻させるために、
「人はたえず『己とは何者か』と自らに問いかけるべきである」
と教えている。
これこそまさに“偉大なる問い”である。
これ以外の考えを厳しく排除することによって、
人は、真の自己の中に次第に深く沈潜し、
雑念に惑わされないようになるのである」



ネオデジタル内観の山本健二氏も、
次のように述べている↓

「ここで、一つの実験をしましょう。
『自分は何者だ』こう自分に問いかけてください」



その続きは以下の記事をご覧頂きたい↓

考察やイメージでは「ほんとうの自分」は発見できない

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ちなみに、私は読んでいないが、半田広宣+中山康直著
『反転の創造空間《シリウス次元》への超突入!』
という興味深い本が出ているのでオススメしておきたい。



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posted by ZERO at 19:18| Comment(0) | 意識進化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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