2015年06月16日

アセンション・プログラム(ψ1〜ψ2=時間と空間の理解)その3

人間が高次元の知性を得るためには、
突破しなければならない2つの壁があるが、
まず、半田広宣氏はこのように述べている↓

「主体と客体が分離し、かつ、空間と物質が乖離した世界イメージが
わたしたちの精神にもたらした弊害とは一体どういうものだろう。
まず、真っ先に挙げられるのは、
マクロとミクロという大小感覚であり、
この感覚は無意識のうちに、
恐ろしいほどの疎外感と絶望感を人間に与えている」



オコツトはこう言っている↓

「ミクロとマクロは対称的な方向として見なければなりません」


以下、半田氏とオコツトの対話↓

「あなたとのコンタクト以来、
ミクロとマクロの関係が引っくり返った
空間イメージを作ろうとしているのですが、
未だにそれがどういうことを意味するのか分からないのです」

「それは、あなたが相変わらず人間型ゲシュタルトとして
反転を描写しようとしているからではないですか」

「どういうことですか」

「反転という操作自体が
人間型ゲシュタルトを崩すことを意味しているのですから、
人間型ゲシュタルトの中で反転を試みようとしても無理です。
ミクロとマクロの対称性を感覚化するためには、
まず反転した物体の中心点とは何かを見出す必要性が出てくるでしょう」

「物体の外部の空間が内部側に反転したとすれば、
その時の内部側の中心点とは、私たちが普段、
無限遠点としてイメージしているところということになりますが……」

「そうですね、その無限遠点が一体何なのかを理解することが
高次元世界に入るための重要なカギとなるでしょう。
それについてはもうしばらくあなた自身でお考えになって下さい」



転載終了

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半田氏はこのように述べている↓

「私たちの知性が4次元対称性を発見すれば、
それはコペルニクスや
アインシュタインがもたらした世界認識の変革より、
更に驚異的な変革を人類の知性にもたらすだろう。
そして、更に5次元対称性の発見まで行くとしたら、
オコツトが言うように、
その次元の対称性を感覚化できた知性の持ち主は、
もはや人類と呼べる存在ではないかもしれない」



その4次元対象性が「ミクロとマクロの対象性」で、
無限遠点を理解することが、
高次元世界に入るための重要な鍵になるという。

確かに、私の「5次元の入口発見」というのは、
無限遠点の理解だったということになる。


無限遠点については改めて書くが、
その前に重要なことは以下の部分である。

「反転という操作自体が
人間型ゲシュタルトを崩すことを意味しているのですから、
人間型ゲシュタルトの中で反転を試みようとしても無理です。
ミクロとマクロの対称性を感覚化するためには、
まず反転した物体の中心点とは何かを見出す必要性が出てくるでしょう」



変換人型ゲシュタルト(主客一体感)の思考様式によって、
反転した物体の中心点とは何かを見出す必要があるという。

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「ミクロとマクロが反転した空間が存在するとすれば、
対象の内部と外部という概念は全く対称的なものとなる」


対称的というのはシンメトリーのことで、
左右の形が一致していることだが、
「ミクロ=マクロ」の空間概念が、
私の「内外一致の認識」になっているのだと思われる。

「内外反転」の認識を獲得すると、
「内外一致」の世界観も自然に感覚化されるのである。


Kan.氏はそのことを認識できていないようだが、
なぜKan.氏にテレポーテーションができて、
私はテレポーテーションできないのだろうか……。

テレポーテーションができたら遅刻が減って、
人に迷惑を掛けることも少なくなるのだが……^^;

テレポーテーションできなくても、
どこでもドアがあればいいのだが……。


それはともかくとして、半田氏はこのように述べている↓

「宇宙をわたしたちの生により密着したものへと導く思考手段、
その1つとして、オコツトは物体の内部と外部の認識関係を、
逆転させる発想を勧めてきたというわけだ。

このことは別の言い方をすれば、
わたしたちが無限小と無限大と呼んでいる二つの対峙する空間の
方向性を等価なものとする思考様式を作れということを意味する」


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ミクロとマクロの対称性がイメージできない人のために、
半田氏の話を一部紹介しておきたい↓


●無限小と無限大の狭間で

遠心的に広がる無限大方向と
求心的に収斂していく無限小方向が形作る対称性……
この描写し難いイメージをある程度把握するためには、
下図8-3のように3次元空間を地球の表面世界のような
2次元の球面に落とし込むと分かりやすい。


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このトポロジー図においては、
それぞれ、北極点が無限小点、南極点が無限遠点、
北半球面が物体の内部、南半球面が物体の外部の空間に相当する。

物体の内部と外部を分ける境界面は赤道部分となっている。

この図では無限小と無限大が、
対称的な方向となっているのが一目で分かるだろう。

この図で考えると、北極点からスタートして、
再び北極点に戻ってくるためには南極点を超える必要がある。

しかし、南極点は無限遠点を意味する特異点であり、
もし、その特異点を超えようとするならば、
ビッグバン以前の虚の宇宙の領域に入ってしまうのだ。

南極点で表されている無限遠点が何なのか分からない限り、
この球面上を一回りするということの正確な意味は掴めない。

かつてアインシュタインが
「宇宙空間を真っ直ぐに進み続けると、
逆方向から出発点に戻ってくる」と言ったが、
宇宙空間を永遠に直進し続けたとしても、
出発点に戻って来られるという保証はどこにもないのだ。

空間認識におけるミクロ方向と
マクロ方向を対称的な方向として捉えること、
実はここにとてつもないコペルニクス的転回の視座が含まれている。

(コペルニクス的転回……ものの考え方がガラリと正反対に変わること。
天動説から地動説へのコペルニクスの転回にたとえて表現)

もし、4次元対称性をミクロ=マクロ、
マクロ=ミクロという対称性に求めるとするならば、
物理学が土台としている長さ・時間・質量の3つのディメンション、
それらの全てが即座に意味を喪失してしまうことになるだろう。

なぜならば、この対称性が成立する空間においては、
より大きいものがより小さいものを
構成していると置き換えても何の問題もないし、
過去を未来と呼んでも構わない。

また、空間を物体と呼んでも何ら差し支えないことになってしまう。

物理学者自身の成り立ちを危うくする理論は多数出始めているが、
この4次元対称性の発見ほど単純明快な切り口はないだろう。

ミクロ部分が寄り集まってマクロ的全体を形成するという構造概念、
過去から未来へと一方的に流れる時間イメージ、
さらには、内部や外部といった空間認識の在り方は、
その根底から変更を強いられることになる。

――人間型ゲシュタルトが崩壊すると、
物質という概念が何の意味も持たなくなる――

オコツトが言っていたのは、おそらくこのことなのだ。

無限大と無限小……。
この2つの対峙し合う無限の間に
わたしたち人間の意識は閉じ込められている。

人間が高次元の知性を得るためには、
この2つの無限の壁を突破しなければならない。

このブレイクスルーは物理学のように、
モノ的なイメージを基盤に置いた思考体系の中では、
決して達成されることはないだろう。

それは私たちの意識、いや、もっと正確に言えば、
空間認識の組み立て方の大幅な変革を伴ってこそ、
初めて確立されていくに違いない。

無限小側が無限大側を包み込む反転した時空間の世界、
そこでは時間は未来から過去へと進み、
エントロピーは絶えず減少の方向にあるのかも知れない。

そして、その反世界はどこか宇宙の彼方の別世界ではなく、
私たちが生活するこの現実の空間の中で密かに息を潜め、
発見されるのを心待ちにしているはずだ。



転載終了

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『2013:人類が神を見る日』を
「部分的にしか読んでいない」と書いたが、
10年前に一通りは読んでいるので内容は覚えていた。

その時に「ミクロとマクロの対称性」についても、
普通に理解してイメージできていたので、
それも意識進化に繋がっていたのかも知れない。


尚、インド政府公認YICヨーガ教師の資格を取得し、
インド・ヨーガ研究協会代表も務めている荒井秀幸氏は、
ヨーガの呼吸法で「内外反転の認識」を体験している。

呼吸法によって瞑想状態に入るので、
瞑想中に半覚醒を体験したということだが、
ヨーガは体操も重要なメソッドになっている。


禅も本来は動禅(腕振り運動)も含まれていて、
道教のクンルンネイゴンも瞑想と体操である。

もちろん、ハイパーネオデジタル内観にも、
神泉組1で紹介している各種体操がある。

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だが、人間は「精神」と「肉体」と「頭脳」を持った生物なので、
精神(瞑想)と肉体(体操や食事改革)のエクササイズだけでは、
本当の意識進化は望めないということが理解できる。

つまり、変換人の思考様式で「時間」と「空間」について思考し、
変換人型ゲシュタルト思考を獲得することも重要な課題なのだ。


変換人型ゲシュタルト思考は「主客一体観」に基づく思考だが、
変換人型ゲシュタルト思考を獲得していない間は、
主客一体の視点を持ったつもりで思考することである。

それを「変換人の思考様式で思考する」と表現している。

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変換人型ゲシュタルトは5次元の知性と言えるが、
ψ5〜ψ8までの次元観察子が存在する。

モンロー研究所の定義で言えば、
5次元にはフォーカス28〜35までの領域がある。


ψ5〜ψ8とフォーカス28〜35がどのように対応するかは不明だが、
単純計算で推測すると以下のようになるだろう。

ψ5=フォーカス28〜29
ψ6=フォーカス30〜31
ψ7=フォーカス32〜33
ψ8=フォーカス34〜35


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フォーカス35(ψ8)はハイヤーセルフが存在する領域で、
人間からするとハイヤーセルフは「神」の如き存在であり、
仏教的に言っても極楽浄土の「阿弥陀如来」に相当する。

だが、ヌーソロジー的には変換人の最高領域であって、
ψ8(フォーカス35)の存在は「神」ではないそうである。


ちなみに、人間として生きながらにして、
ψ5〜ψ8(フォーカス28〜35)の意識を持った人間を、
変換人(トランスフォーマー)と呼ぶ。

で、少し興味深いことを思い出したが、
「自問自答法」を説いている天野聖子氏が、
大いなる自己(ハイヤーセルフ)に質問すると、
「大いなる自己は神ではない」と回答されたという。


森田健氏はハイヤーセルフに
「5次元に神は存在するのか?」と質問すると、
次のように回答されたという↓

「そんなこと、私にもわからない。
いろいろなエネルギー体に接触してみたが、
誰も確かな情報は持っていない」



それはそうとして、まずは下図を理解して、
「ミクロ=マクロ」のイメージを高めてもらいたい。

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前述の荒井秀幸氏のエピソードについて、
詳細は以下の記事を読んでみて頂きたい↓

ヨーガ呼吸法による悟り「内外反転」の体験



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posted by ZERO at 11:58| Comment(0) | ヌーソロジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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