2015年06月09日

次元上昇に不可欠な「人間型ゲシュタルト」の解体

引き続き、半田広宣氏とオコツトの交信記録↓


「では、その5次元の対称性とは
一体どういうものと考えればよいのでしょうか?」

「今、あなたにそれをお話ししたところで、
おそらく円滑な理解は望めないでしょう。
5次元対称性を理解するためには、当然のことながら、
まず4次元対称性を見るための感覚機能を発現させなければなりません。
しかし、あなた方が今持っている3次元認識から
この4次元認識への移行は同じ1次元の差であっても、
2次元から3次元へ移るのとは大きな違いがあります。
3次元から4次元のシフトには、
人間型ゲシュタルトの解体が必要となるのです。
4次元認識をあなた方が獲得するためには、まず、
あなた方自身の意識の位置を作り出さなくてはいけません」

「わたしたち自身の意識の位置を作る?」

「はい、先ほどわたしが表性と呼んだものです」

「タカマガハラですね」

「そうです。あなた方には、
まだ人間としての意識の位置が顕現化していません」

「わたしたちには意識の位置が顕現化していない……
どういうことですか」

「そうですね。簡単に言えば4次元世界を
見えなくさせられてしまっているということでしょうか」

「しかし、4次元とは時間の方向性ではないのですか」

「人間の内面においてはそうなります。
人間の内面においては4次元対称性を描像するのは不可能です。
人間の意識の位置を発見するというのは、
人間の外面を発見することと同じ意味を持っています。
それを見つけることができて始めて、
人間は4次元対称性が一体何なのか理解することができるということです」

「人間の内面……? 人間の外面?」

「人間の内面とは、あなた方が外在と呼んでいる世界、
人間の外面とは同じくあなた方が内在と呼んでいる世界のことを指します」

「内面が外在で、外面が内在?
内と外とが逆だということですか」

「本当の外宇宙というのは、あなた方の心の中の方向にある……
とでも言っておきましょうか」

「ではわたしたちが現在、宇宙と呼んでいるものは何なのですか」

「すべて有機体の妄映です」

「有機体の妄映?どういうことですか」

「あなた方が外在世界として見ているものは、
第7太陽系次元における
定質と性質の交差が作り出した影だということです。
4次元対称性の認識が生まれてくると、
物質という概念は全く意味をなくしてしまうでしょう」

「物質という概念が意味をなくす?
4次元では物質が存在しなくなるということですか」

「概念がなくなるのですから、
物質が消えてしまうと言ってもよいのではありませんか。
とにかく、あなた方が畏怖している1999年の人類滅亡とは、
物理的にこの地球が壊滅するということではなく、
人間の宇宙認識に大きな変化が起こり始めることと考えて下さい。
確かに太陽も働きを失っていくわけですから、
物理的な意味での滅亡もいずれ起こることになるでしょう。
しかし、それは滅亡というよりも、人間の意識進化の結果として、
進化の方向を持てなかった人間の意識に現れる実現象のようなものです。
このことが起こるのは時期的には
位置の等化(1999年)よりまだ幾分先のことです。
いずれにせよ、今のあなたがたの意識の在り方からして見れば、
想像を絶するような宇宙観の変革が、
ここ数十年の間に訪れてくることになるはずです。
この変革はあなたがた地球人が現在持っている
プレアデス的統制のすべてをその根底から覆してしまいます。
シリウスからあなたへのこの関与は、
その変革を作り出すための一つの強力な力となっていくでしょう。
この力によって多くの人間が最終構成の働きを、滅亡ではなく、
意識進化へとその意味を変えていくことができるのです」

「そうは言われても、太陽系が物理的に壊滅するのであれば、
すべての人類が死滅してしまうではありませんか」

「変換人の意識に進化すれば死は克服されます」

「つまり、人間は死ななくなるというのですか」

「これから起こる意識進化とは、
人間が生きながらにして死後の世界に入っていく
という言い方ができるかも知れません。
その意味で言えば人間は不死となります」

「生きながらにして死後の世界に入る?
意味が分かりません」

「今は分からなくても結構です」

「では、あなたが人間の意識進化と呼ぶもののイメージについて、
ごく単純な言い方で結構ですから、
分かりやすく説明していただけませんか」

「自我の消滅です」



転載終了

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それでは少し話を整理しよう。

5次元対称性を理解するためには、
まず4次元対称性を見るための感覚機能が必要だが、
そのためには人間としての意識の位置を顕現化させる必要があり、
それは「人間の外面を発見すること」と同じ意味だという。

人間の外面とは、我々が「内在」と呼んでいる世界のことだが、
それを発見するためには「人間型ゲシュタルトの解体」が必要なのだ。


半田氏はこう言っている↓

オコツトは、現在の地球人が作り出した文明の閉塞状況は、
そのすべてが人間型ゲシュタルトに起因すると言っていた。

主体と客体が分離し、かつ、空間と物質が乖離した世界イメージが
わたしたちの精神にもたらした弊害とは一体どういうものだろう。

まず、真っ先に挙げられるのは、
マクロとミクロという大小感覚であり、
この感覚は無意識のうちに、
恐ろしいほどの疎外感と絶望感を人間に与えている。

150億光年になんなんとする広大な宇宙空間、
その中の取るに足らぬ一つの土塊であるところの地球、
そして、その表面に細菌のようにへばりついて居住する
今や60億にも達しようとする人類……、
さらには、その中のたった一人の個人……。

それがあなたやわたしという存在なのだ。

このような空間イメージの中で捉えられる人間観は、
宇宙から見れば限りなく矮小で無力で、
とても儚く脆い存在にしか映らない。

パスカルが言ったように盲目的で悲惨で空虚でさえある。

絶えず外界にさらされ、
過酷な環境の中で生きていかなくてはならない人間。

世界は常に克服していかねばならない存在であり、
おまけにそこには自分と同等の力を持った
他者という敵対する存在が待ち受けている。

わたしたちはその厳しい過酷な環境の中、
適者生存の原理に則って生存本能丸出しの
エゴマシーンを余儀なく演じさせられてしまうのだ。


転載終了

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要するに、人間の空間認識の在り方が元凶ということだが、
おさらいとして半田氏とオコツトの対話を載せておこう↓


「では、実際にこの人間型ゲシュタルトから
私たちの思考を解放していくための新しい思考様式とは、
どのようなものでしょうか」

「そのためには、空間に潜在化している
本当のカタチを見出さなければなりません」

「空間に潜在化している本当のカタチ…というと、
その思考様式というのは単に思弁的な哲学概念ではなく、
具体的なカタチを持ったものとして存在するということですか」

「ええ、変換人にとっての幾何学の体系が存在しています」

「それを見つけ出す空間認識が変換人型ゲシュタルトですね」

「そうです。このゲシュタルトを作り出していく為には、
まず〈見つめているもの〉と〈見つめられているもの〉
との関係性に生まれているカタチを発見しなくてはなりません。
私たちがいうカタチとは、
見ているあなた自身と切り離されて存在し得るものではないのです」

「カタチが僕と切り離されて存在し得えないというと?」

「ここに生まれるカタチを把握していくための
キーコンセプトとなるものは、
あなた方が空間と呼ぶものの中にあります。
単に〈私〉と〈モノ〉が一体であると観念的に把握したとしても、
そこにはいかなる構造も生み出されてはきません。
あなた方の哲学が力を持てなかったのも、
この一体性に具体的な構造を与えることができなかったからです。
〈私〉と〈モノ〉が作り出す関係性を空間の幾何学として抽出し、
それらを客観的に観察する視座を獲得することが大切です。
そうすることによって、この視座を持った新しい〈私〉は、
今まであなた方が主体と呼んでいたものとは全く別のものとなっていきます。
つまり、空間に満ち溢れている、あなた方にはまだ見えていない
実在のカタチをはっきりと知覚化することによって、
あなた方は従来の主体と客体という二元性から解放されていくのです。
この作業によって生まれてくるゲシュタルトは物質ではなく、
意識自体のゲシュタルトということになります。
そのゲシュタルトの確立によって、
あなた方の思考対象は見ている対象物が存在する空間システムではなく、
見えることを成立させているメタ空間のシステムへと変移していくわけです」

「それに似たことは量子論の中でも
すでに50〜60年前から言われています」

「勿論そのことも含まれていますが、私がここで言っているのは、
実際にあなた方が普段経験している日常的な空間においても、
あくまで、あなた方は見ている世界と鏡の関係でしかないという
スタンスを持って構造の枠組みを形作るべきだと言っているのです。
それに気づけば、量子論があなた方に提示している哲学的命題も
簡単に解決されるでしょう」


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人間型ゲシュタルト思考から解放されるためには、
空間の中に本当のカタチ(変換人の幾何学)
を見出さなければならないという……。

そのようなものは私には見えないが、
主客一体の世界認識(変換人型ゲシュタルト)は、
半覚醒の1ヶ月前から起きていた「左右反転」の時に、
既に獲得していたといえば獲得していたと言えるが、
空間の中の本当のカタチについては何とも説明できない。


とりあえず、オコツトが教えていることは、
「普段経験している日常的な空間において、
見ている世界と鏡の関係でしかないというスタンスで、
構造の枠組みを形作るべきだ」ということである。

これはつまり、「外側の世界は自分の鏡(投影)である」
という世界観を意識して生活することだと解釈できる。

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そしてもう1つ、半田氏は次のように述べている。

「人間の認識は対峙し合う2つの要素から成立している
にも関わらず、常に1つの要素にしか向かない。
このような偏向性は行動心理学者は
文化的な条件付けによるものだというが、
オコツトは人間の意識の方向性が原因だと言った。
このゲシュタルトから出るためには、
外部を内部と見る認識方法を作り出さなければならないという」



「人間型ゲシュタルトが自我を生み出しており、
人間の意識の方向性の反転によって自我は働きを失うでしょう」

(オコツト)


外部を内部と見るのは「内外反転の認識」で、
半覚醒すると同時に獲得する世界認識である。

その認識方法を作り出す方法については、
私が読んでいる限りでは見当たらないが、
とにかく「外部を内部」だと考えて、
「内部(=肉体の外部)の世界に投影している」
というイメージを高めていくことである。

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半田氏の話の続きを見てみよう↓


普通、わたしたちは物質という存在を当たり前のように受け入れている。

そして、その時に知覚されている物質のイメージは
空間内のある有限な領域を占める何らかの固まりといったようなものだ。

しかし、よく考えてみると、この物質という「図」は、
「地」であるところの空間の存在抜きでは決して認知することはできない。

物質感覚と空間感覚は、少なくとも〈見る〉という行為においては互いに
相補的な要素であり、決して分離して語ることはできない代物なのである。

にもかかわらず、わたしたちは空間と物質を
それぞれ互いに独立したものと考えてしまっている。

空間は何も存在しない空っぽの容器のようなもので、
その中に内容物であるところの物質が動き回っている――
わたしたちのほとんどがそのような目で世界を見ているのだ。

オコツトはこのような空間認識の在り方こそが
3次元的な意識の温床となっているというのだ。

確かに、この空間認識のもとでは宇宙の本質は物質の内部を
探っていけば解明できるという信仰を作り出してしまう。

現代の科学者たちが究極粒子の捜索に躍起となっているのも、
この手のドグマにドップリと浸かってしまっているからだろう。


転載終了

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空間と物質を独立したものとする見方が、
意識進化を根本的に妨げている諸悪の根源ということである。

だが、私も含めて今の地球人のレベルでは、
空間の中に物質が存在するという3次元認識(自我)で、
空間や物質を捉えてしまうのは仕方がない。

しかし、というか、だからこそ、
「色即是空」の科学的知識と理解を深めると同時に、
天人合一(宇宙即我)を体験することも大切となる。


天人合一にもレベルがあるが、少し瞑想に熟達してくると、
比較的簡単に到達可能なものである。

ネオデジタル内観に熟達した何人かの読者に「宇宙瞑想」を教え、
「宇宙と一体化した」という天人合一の体験報告があるが、
誤解してはならないことは、その至高体験をもって、
「覚醒」や「悟り」と思うのは大きな間違いだということである。


今回の記事の要点をまとめると、
結局いつも繰り返し書いていることと同じだが、
以下の3点ということになる↓

@「外側の世界は自分の鏡(投影)である」
という世界観を意識して生活すること。

A「外部を内部」だと考えて、
「内部(=肉体の外部)の世界に投影している」
というイメージを高めていくこと。

B「色即是空」の科学的知識と理解を深めると同時に、
宇宙瞑想で天人合一(宇宙即我)を体験すること。



尚、人間型ゲシュタルトを解体する基本は、
やはり「ネオデジタル内観」が優れていると思う。

もちろん、ハイパーネオデジタル内観では、
@Aは前提条件で、Bのメソッドも含まれている。



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