2015年05月29日

変換人型ゲシュタルト思考が導く意識進化

「ネオデジタル思考が導く意識進化の世界」
で、ネオデジタル思考と内観瞑想の実践が、
意識進化の基本であることがお分かり頂けたと思う。

釈迦が開発したヴィパッサナー瞑想も、
原理的にはネオデジタル思考と通底している。


「思考によって認識を変え、
認識を変えることによって今度は感覚を変える。
そして、感覚の変化はあなたがたの感情さえをも凌駕し、
人間の意識全体を全く別のものへと変容させていくのです。
意識進化とはそういうものです」



では、上記の「思考」の部分に、
「変換人型ゲシュタルト思考」を当てはめてみてはどうだろうか。

「変換人型ゲシュタルト思考によって認識を変え、
認識を変えることによって今度は感覚を変え……」



これはおかしな話である。

認識や感覚が変わり、感情を凌駕し、
全く別の意識へと変容したのが「変換人型ゲシュタルト」だからである。

だが、学んだ「変換人型ゲシュタルト思考」を前提として……
ということなら話は別である。

例えばだが、「論理的思考」を学び、
あらゆることを論理的に考える習慣をつけるのと同じようなものである。


オコツトと半田広宣氏の対話を見て頂きたい。

「進化のための力とは、
実はあなたがたが思考と呼ぶ精神作用の中にあります。
愛をかたちあるものとして見出すこと、
それが本当の宇宙的思考というものであり、
人間に与えられた役割の本質なのです」

「しかし、過去の哲学者や思想家たちの作業が
そういったものではなかったのですか」

「残念ながら、それらは人間の思考の域を出ていません。
なぜなら、人間型ゲシュタルトの域を
一歩も出ることができなかったからです。
わたしが今申し上げているのは
人間の意識進化に必要な変換人の思考様式のことです。
この思考は人間型ゲシュタルトから解放された思考です」


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要約すると、人間の意識進化に必要なのは、
人間型ゲシュタルトから解放された、
変換人型ゲシュタルト思考(変換人の思考様式)である。

少し話がクドくなるが、
「変換人型ゲシュタルト思考によって認識を変え、
認識を変えることによって感覚を変え、
感覚の変化は感情さえをも凌駕し、
意識全体を全く別のもの(変換人型ゲシュタルト)
へと変容させていくことが意識進化」

ということになる。


だが、初めから変換人型ゲシュタルト思考ではないので、
「変換人型ゲシュタルトの思考様式で考えてみる」
ということになるだろう。

私の解釈では、変換人とは半覚醒者のことで、
変換人型ゲシュタルト思考は、
半覚醒者の世界認識に基づく思考方法である。

要するに、半覚醒者が説く世界観を前提として、
半覚醒者の思考方法を模倣するということである。

私が過去何年間も、
ひたすら同じようなことを繰り返し書き続けてきたのも、
読者に「変換人型ゲシュタルト思考」を植え付ける為だが、
実際に世界観と性格が変わってきたという報告も多く、
数ヶ月間で別人のようになったという人もたまにいる。


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オコツトと半田広宣氏のコンタクト記録の続きを見てみよう。


「小さな部分が寄り集まって
大きな全体が組み立てられているという考え方は、
物質という概念が基盤になって作り出されているものです」

「では、実際にこの人間型ゲシュタルトから
私たちの思考を解放していくための新しい思考様式とは、
どのようなものでしょうか」

「そのためには、空間に潜在化している
本当のカタチを見出さなければなりません」

「空間に潜在化している本当のカタチ…というと、
その思考様式というのは単に思弁的な哲学概念ではなく、
具体的なカタチを持ったものとして存在するということですか」

「ええ、変換人にとっての幾何学の体系が存在しています」

「それを見つけ出す空間認識が変換人型ゲシュタルトですね」

「そうです。このゲシュタルトを作り出していく為には、
まず〈見つめているもの〉と〈見つめられているもの〉
との関係性に生まれているカタチを発見しなくてはなりません。
私たちがいうカタチとは、
見ているあなた自身と切り離されて存在し得るものではないのです」

「カタチが僕と切り離されて存在し得えないというと?」

「ここに生まれるカタチを把握していくための
キーコンセプトとなるものは、
あなた方が空間と呼ぶものの中にあります。
単に〈私〉と〈モノ〉が一体であると観念的に把握したとしても、
そこにはいかなる構造も生み出されてはきません。
あなた方の哲学が力を持てなかったのも、
この一体性に具体的な構造を与えることができなかったからです。
〈私〉と〈モノ〉が作り出す関係性を空間の幾何学として抽出し、
それらを客観的に観察する視座を獲得することが大切です。
そうすることによって、この視座を持った新しい〈私〉は、
今まであなた方が主体と呼んでいたものとは全く別のものとなっていきます。
つまり、空間に満ち溢れている、あなた方にはまだ見えていない
実在のカタチをはっきりと知覚化することによって、
あなた方は従来の主体と客体という二元性から解放されていくのです。
この作業によって生まれてくるゲシュタルトは物質ではなく、
意識自体のゲシュタルトということになります。
そのゲシュタルトの確立によって、
あなた方の思考対象は見ている対象物が存在する空間システムではなく、
見えることを成立させているメタ空間のシステムへと変移していくわけです」

「それに似たことは量子論の中でも
すでに50〜60年前から言われています」

「勿論そのことも含まれていますが、私がここで言っているのは、
実際にあなた方が普段経験している日常的な空間においても、
あくまで、あなた方は見ている世界と鏡の関係でしかないという
スタンスを持って構造の枠組みを形作るべきだと言っているのです。
それに気づけば、量子論があなた方に提示している哲学的命題も
簡単に解決されるでしょう」

「量子世界の構造が日常的な空間と
何らかの関係を持っていると言われるのですか」

「もちろんです。シリウスから見ると量子の世界と
あなた方の意識を構成している空間とは完全に重畳しています」

「意識の空間と量子が同じもの?」

「主体と客体の関係性に形作られている幾何学が展開されていく空間は、
あなた方が複素空間と呼んでいるものと
数学的には同型対応していくことになるでしょう。
量子的な空間とあなた方の意識を構成している空間は、
私たちにとっては全く同一のものとして見えています。
あなた方が量子世界の中に見ている構造は、
意識を構成するための高次元空間の射影のようなものと考えて下さい」

「つまり、私たちの認識システムが持つ構造が、
量子世界の構造と同一であるとおっしゃるのですか」

「その通りです。だからこそ、このゲシュタルトは
あなた方の意識に変化を起こさせる力を持っているのです。
素粒子内部の世界とあなた方の意識のシステムとは
いわば鏡像関係にあります。
物質としての素粒子の構造は
プレアデス的統制の中で詳しく論じられている訳ですから、
それが認識システムとして形成されている空間構造と
一致するかどうかは容易に確かめることができるはずです。
そして、もしそれが完全に合致したとすれば、
その時あなた方はそれこそ自分自身が宇宙の全存在物
そのものであることを身を持って感覚化することでしょう」

「つまり変換人型ゲシュタルトにとってのカタチとは
意識の幾何学のようなものと考えてよいですね」

「なかなかいい表現ですね。
高次元空間における形態認識とは
そのようなものと考えられて結構です。
反転した空間認識が生まれてくれば、
それは自然と見えてくるはずです」

「しかし、あなたとのコンタクト以来、
ミクロとマクロの関係が引っくり返った
空間イメージを作ろうとしているのですが、
未だにそれがどういうことを意味するのか分からないのです」

「それは、あなたが相変わらず人間型ゲシュタルトとして
反転を描写しようとしているからではないですか」

「どういうことですか」

「反転という操作自体が
人間型ゲシュタルトを崩すことを意味しているのですから、
人間型ゲシュタルトの中で反転を試みようとしても無理です」

「ミクロとマクロの対称性を感覚化するためには、
まず反転した物体の中心点とは、私たちが普段、
無限遠点としてイメージしているところということになりますが……」

「そうですね、その無限遠点が一体何なのかを理解することが
高次元世界に入るための重要なカギとなるでしょう。
それについてはもうしばらくあなた自身でお考えになって下さい」


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少し話を整理してみよう。

人間型ゲシュタルト思考を解放するためには、
空間に潜在化している本当のカタチ
(変換人の幾何学体系)を見出さなければならないという。

『王仁三郎の霊界物語は科学でこう解ける』
の中で、須藤アキオ氏は次のように述べている。


形は潜在的に存在する

「科学者ハンス・イェンニは、
粘着性のある液体(グリセリンなど)
に高周波を当てて振動させたところ、
魚の骨、貝殻、珊瑚の芽など、
自然界に存在する形が鮮やかに現れることを証明した。

自然界に存在する形は、それが生まれる前から潜在的に存在し、
これは音の波によって一時的ではあるが姿を現すのだ。
つまり、言葉を与えるにたる形が、潜在的に存在するのである」


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これはKan.氏がいう「潜象界」のことだと思われるが、
オコツトがいう「空間に潜在化している本当のカタチ」
とは少し意味が違うようである。

空間に潜在化している本当のカタチ
(変換人の幾何学体系)を見出すためには、
まず〈見つめているもの〉と〈見つめられているもの〉との
関係性に生まれているカタチを発見しなくてはならないという。


難解な説明だが、要するに、
形と自分は切り離して存在し得ないということである。

ヌーソロジーの構築に協力している意識物理学者の佐藤博士も、
「風景と自分は切り離されていない」
と言っているが、これも同じ意味合いの話である。

自我の認識(3次元認識)では風景(空間)の中に、
形(モノ)や自分が存在するように見えるため、
必ず分離観念が伴っている。

だが、魂が半覚醒すると、
万物が本質的に不二一体であることが認識できる。


しかし、オコツトはこう指摘している↓

「単に〈私〉と〈モノ〉が一体であると観念的に把握したとしても、
そこにはいかなる構造も生み出されてはきません。

〈私〉と〈モノ〉が作り出す関係性を空間の幾何学として抽出し、
それらを客観的に観察する視座を獲得することが大切です。

この視座を持った新しい〈私〉は、
今まであなた方が主体と呼んでいたものとは
全く別のものとなっていきます」



確かに私は半覚醒後、
「私」という意識の主体が全く別のものになったが、
〈私〉と〈モノ〉が作り出す関係性を空間の幾何学として抽出し、
それを客観的に観察する視座を獲得するという意味が理解できない。

理解できていないが、
恐らくその視座を無意識的には獲得していると思う。

空間に潜在するカタチをハッキリと知覚できれば、
もっと明確な主客一体の認識が獲得できるのだろう。

その変換人型ゲシュタルトの確立によって、
見ている対象物が存在する空間ではなく、
見えることを成立させているメタ空間へと変移していくという。

やはり、難解で今イチよく理解できない……。

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意識空間と量子が同じというのも、
理解は出来ても認識し難いことである。

半田氏は「素粒子の正体は我々の意識だった」と述べているが、
そのことは量子力学でも認知されていることで、
概念では私も理解しているが認識には至っていない。

オコツトによると、
素粒子内部の世界と人間の意識は鏡像関係にあり、
表裏一体だという。

「思考が認識を変え、認識が感覚を変える」
とのことだが、感覚的には分かるが認識ができない^^;


しかし、反転した空間認識が生まれてくれば、
それは自然と見えてくるという。

反転した空間認識とは、
「ミクロとマクロの反転」ということらしい。

素粒子が宇宙であることは、
人間型ゲシュタルト思考では理解できる。

宇宙を人体、素粒子を遺伝子に喩えると、
遺伝子(素粒子)には人体(宇宙)の全情報が含有されているため、
その同一性を理論的に理解することはできる。


また、オコツトは次のようにも言っている。

「人体がマクロコスモスで、宇宙はミクロコスモスです」


これは感覚的に分かることだが、
「宇宙の中に自分が存在する」という認識は、
人間型ゲシュタルト(自我)の錯覚である。

半覚醒すると、肉体の外側の世界(宇宙)を
「自分の内側」と認識するようになるので、
人間の世界観とは正反対になるのである。

私が説いている世界認識の反転は「内外反転」だが、
それは人体と宇宙の反転なので、
「ミクロとマクロの反転」に通じているとは思う。


もちろん、「自分と他者」の関係や「自分と宇宙」の関係についても、
人間型ゲシュタルトによる3次元認識とは全く異なる認識と感覚がある。

しかし、肉体で生きている人間である以上は、
自我(人間型ゲシュタルトによる3次元認識)も持っているので、
変換人は「両生類」に喩えられている。

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さて、まとめと核心に入るが、
人間型ゲシュタルト思考の解放を「自我の消滅」、
変換人型ゲシュタルト思考の獲得を「真我の覚醒」と置き換えてもよい。

そして、人間型ゲシュタルト思考を解放するためには、
空間に潜在化している本当のカタチ
(変換人の幾何学体系)を見出す必要があり、
そのためには〈見つめているもの〉と〈見つめられているもの〉
の関係性に生まれているカタチを発見しなければならない。

これだけ読めばハッキリ言って難題だが、
左脳で思考するから難しく感じるだけである。


まず、ミクロとマクロの対称性を感覚化するために、
反転した物体の中心点である「無限遠点」を理解することが、
高次元世界に入るための重要なカギとなるという。


人それぞれ感覚が異なるので、
オコツトの説明とは微妙にニュアンスが異なる気もするが、
確かに私は「無限遠点の理解と認識」によって半覚醒し、
変換人型ゲシュタルトを獲得したという表現もできる。


それは今から5年と1週間前の5月13日から、
1ヶ月間に及ぶ霊夢で与えられた幾何学図形の解読により、
「無限遠点」と同様の概念の理解と認識に至り、
魂が半覚醒して5次元世界に突入することになった。

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無限遠点については過去に何度も書いているが、
詳細は今後の課題として改めて書くとして、
変換人型ゲシュタルトの確立のためには、

「普段経験している日常的な空間において、
見ている世界と鏡の関係でしかないというスタンスを持って、
構造の枠組みを形作るべきだ」


と、オコツトは説いている。

これはつまり、目の前に広がる世界は鏡であり、
「この世は投影である」ということを、
常に意識して生活することだと解釈していいだろう。


半覚醒すれば「認識」できるので「意識」する必要はなくなるが、
半覚醒する為には「意識する訓練」が大切になるということである。

即ち、変換人型ゲシュタルト(半覚醒者の世界観)で、
世界を観察・思考することにより、
認識と感覚が変わって感情さえも凌駕し、
意識全体が全く別のもの(変換人型ゲシュタルト)に変容する、
即ち「魂が半覚醒する」ということである。


「この世は投影である」ということを常に意識することは、
常に内観しながら生活するということである。

従って、私は「投影」の概念を説き続け、
その一点張りできたといっても過言ではない。


人間の自分が存在する世界そのものが自分の潜在意識の投影で、
当然ながら全人類も自分の投影だということになる。

換言すれば、自分の世界の他者は実在ではなく、
極端な言い方をすれば「他者は存在しない」ということで、
他者の存在理由は「自分を知るための鏡」だということである。

バシャールも同じ話をしている↓


動画が見れない人のために、
質問者とバシャールの対話を抜粋しておこう↓


「ちょっと緊張しています」

「緊張ですか?イイですね」

「大勢いるところは得意じゃないんです」

「どこに大勢いるんですか?」

「ここです」

「あなたは中国のど真ん中にでもいるんですか?」

「いいえ。そうじゃないんですが」

「あなた方の惑星のあちこちの地域と比べれば、
ここはかなり小さなグループなんじゃないですか?」

「はい」

「楽になってきましたか?」

「かなり・・・」

「これは分かっていて下さいね。現実にはです。
あなたの周りには誰も立っていません。
周りはみんなあなた自身を映し出したもの。
ただそれだけです。いいですか?
例えそこに誰かがいるとしても、あなたの現実に見ているものは、
あなた自身のある側面を彼らの中に映し出して見ているだけなのです。
ですからあなたが見ているものは全部、あなた自身なのです。
ですから、そのグループもあなたなのです。
何を怖がっているんですか?」

「ありがとうございます」

「それは鏡の部屋にいるようなものなのです。
鏡に映った自分を怖がりますか?
こりゃヤバイよ、囲まれちゃったよ……なんて思いますか?
あっそうか、これ全部自分なんだ……って事です。
それは全部あなたなのです。
色々な側面から見たあなたなのです。ただそれだけの事です。
だから実際の所あなたは誰もいない部屋で
自分自身に語りかけているようなものなのです」


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但し、「他者は存在しない」と言っても、
自分勝手な解釈をしてはいけない。

他者は他者の世界に存在し、
その他者と間接的に交流しているのだから、
他者を尊重することは大切である。


他者を尊重することは自分を尊重することであり、
また逆に、自分を謙虚に尊重しなければ真に他者を尊重できない。

高次元意識のオコツトも、半田氏に対して、
敬意を払った言葉使いと話をしていることからも分かるだろう。


私は他者の自我に対して敬意も尊重もない言動をすることもあるが、
それは相手が自分の投影であることを分かっている上でのことで、
また、相手の改心(意識進化)を思っての慈悲心によるものである。

半覚醒者の全ての言動は愛と慈悲に基づいていて、
他者救済を「自己救済」と認識していることを理解して頂きたい。



まぁ、「他者は存在しないと」か
「自分は存在しない」という表現ではなくても、
「目の前に広がる世界、人々、出来事は全て自分の潜在意識の投影」
ということを忘れないようにすることである。

それを前提として生きていないと、
「全ての原因と責任は自分にある」
というホ・オポノポノの原理も成立しない。

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最後に話をまとめておこう。

意識進化の原点である「意識進化の選択」をしたら、
変換人型ゲシュタルト(半覚醒者の世界観)の思考様式で、
世界を観察して日常生活を内観することである。


その第1ステップが、
「外側の世界は自分の内側の投影である」
という意識を常に持ち続ける訓練である。

そのことを話した直後から忘れる人が多く、
私も同じ人に何百回も言い続けることが多いほどで、
よほど意識していなければいけないようなので、
紙に書いていつも目に付く所に貼っておくと良い。


まずは「理解を深める」ことが大切だと思うので、
以下の記事をよく読んで腹に入れて頂きたいと思う↓


「他者は存在しない」という世界観

「他者は存在する」という世界観

人間型ゲシュタルトと自他一体



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posted by ZERO at 22:45| Comment(0) | ヌーソロジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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