2014年08月18日

占いの危険性と信念の魔力

今回も飛鳥昭雄著『失われた堕天使「ルシファー」の謎』
の中から引用させて頂きたい↓

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広い意味で魔術の1つとされるのが「占い」である。
占いほど、身近な魔術はないだろう。

ポピュラーなところでは、
星占いに手相占い、易占い、血液占いなど、
占いと名の付くものは、わんさとある。

その占いもまた、ベースはカッバーラである。
カッバーラを究めれば、孝に占いは可能である。
やろうと思えば、できる。

枝葉末節の議論を省いて結論から言えば、
占いの本質は偶然の一致である。
その偶然性を支配するのは神である。
髪が占いを決定している。

カッバーラにおける占いとは、
神の真意を問う行為にほかならない。

事実、『新約聖書』には、
死んだイスカリオテのユダに代わる使徒を決める際、
二者択一の占いというべき「くじ」を行なっている。


「二人のことでくじを引くと、マティアに当たったので、
この人が十一人の使徒の仲間に加えられることになった」

(「使徒言行録」第1章26節)


占いは、ある意味で予言の形態のひとつである。
よって、カッバーラを究めた人間でなくては、
それを行なってはならない。

カッバーラによらない占いは、単なる遊び。
気休め程度でやるならまだいいが、嵌まると危険である。
魔術同様、堕天使がさっそく嗅ぎつけてやってくる。

堕天使は狡猾である。
最初は必ず人間の願望通りのことを行なう。

堕天使は3次元空間に束縛されていないため、
ある程度の予言はできる。
その予言をもとにして、
占いを成就させることは難しくない。


「わたしたちは、祈りの場所に行く途中、
占いの霊に取りつかれている女奴隷に出会った。
この女は占いで主人たちに多くの利益を得させていた」

(「使徒言行録」第16章16節)


100%当たる占いは、神からの啓示か、
もしくは占いの霊=悪魔の所業である。
神からの啓示は外れることはない。
が、悪魔からの啓示は、いずれ外れる。

外れることによって、身を破綻させる。
それはどこかギャンブルに嵌まり、
財産を失う人間と同じである。
それゆえ、多くの預言者が占いを禁じている。


「天にしるしを見る者、星によって占う者、
新月によって運命を告げる者などを立ち向かわせ、
お前を救わせてみよ。
見よ、彼らはわらにすぎず、火が彼らを焼き尽くし、
炎の力から自分の命を救い出しえない」

(「イザヤ書」第47章13節)


占いの結果が神から来たものなのか、
それとも悪魔から来たものなのか、
それを知る手段を普通の人間は持っていない。

そうである以上、あえて自らの身を危険にさらすことは、
決して賢いとはいえない」



転載終了

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ジョセフ・マーフィーの本で、
『運命を好転させる易と成功法則』という本がある。

編訳者のしまずこういち氏は、
「はじめに」で次のように書いている↓


「人は誰でもその気になれば、
テレビの画面を見るように自分の未来を見ることができます。
その画面に映し出されたものが好ましいことであれば、
自信を持ってその未来へと進んでいけばいいし、
もし好ましくなければ、現在を変えることによって、
その好ましくない未来を変えることができます」



この本の中に載っていることだが、
精神分析学者のカール・ユング博士も、
易占いによって未来予測をし、
驚くほど正確に的中したらしく、
次のように述べているという↓

「私自身もこの占いが心理学的にみて
重要なものであると思ったので、
易の占いを試みていたのだった。
易が当たると偶然だという人がいるが、
易に限らず、我々は一般的に
予測できない出来事を言い当てたりすると、
しばしば『偶然』ということばを使う。
だが、フロイトも言っているように、
言い間違い、読み誤り、失念といった現象すらも、
決して偶然に起こるわけではない。
易の的中がまぐれあたりだという意見に私は反対である。
私が経験した易の的中率は偶然の蓋然性を超えている。
易は規則性であることを私は確信している」



飛鳥氏が言う通り、占いは一種の預言だが、
それは神や悪魔からの啓示というよりも、
易の場合は自分の潜在意識の答えである。


ある会社の社長が易にのめり込み、
それが驚くほど的中し続けて、
会社は急成長を遂げたそうだが、
ある日、突然当たらなくなったそうである。

それで易をやめればいいのだが、
ギャンブルと同じでやめられなかったようで、
最終的に会社は倒産に追い込まれたそうである。


世の中、似たような話は少なくないが、
なぜ途中から占いが当たらなくなるかというと、
欲望が絡んでいるからだと考えられる。

その意味では、飛鳥氏の言う通り、
占いに手を出して悪魔に人生を狂わされた、
というような表現が出来るかもしれない。

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不思議研究所の森田健氏は、
易の一種の「六爻占術」で有名になったが、
六爻占術の的中率が95%であることから、
運命は95%決まっていると仮説している。

と同時に、六爻占術の運命変更法により、
風水的な簡単なことで運命の変更が可能で、
運命はほぼ決定しているが変更できるという。


実際のところ、運命の変更とは、
パラレルワールドの移行だと思うのだが、
事前に未来を知ることができて、
それを変更することもできるなら、
活用しない手はないと思うし、
私も昔からそのようなことに関心があり、
そのジャンルの本もかなり読んできた。

だが、最近、何かの本で目にしたのだが、
釈迦は、星占いか何かで未来を知って、
運命を変えようとした弟子を戒めたという。


実は、私も釈迦と同じようなスタンスなので、
占いには積極的に手を出してこなかった。

運命の流れに身も心も任せ切って、
ありのままの現実(結果=今)を受け入れて、
流れに任せて現象を理解して反省と感謝をし、
それを浄化することで潜在意識が浄化され、
大難が小難に、小難が無難になるからだが、
何よりもそれが魂の覚醒の基本原則だからである。


それが本来の在り方であり、
正当なカルマの解消法だと思うのだが、
近年の私は厳格にそのようには思わなくなった。

何故なら、「過去→現在→未来」という
時系列的な時間概念が希薄になってきて、
無時間の感覚の状態が多いからだと思われる。

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あと、バシャールが説くパラレルワールドについて、
感覚的に理解が進んできているからかもしれない。

釈迦は悟りを開き、輪廻を解脱したことを宣言したが、
バシャールによると、現在、釈迦のいくつかの分魂が、
人間界に転生してきているという。


また、我々のハイヤーセルフは、
過去世で輪廻を解脱した自分だが、
なぜ輪廻を解脱したのにも関わらず、
その分魂(投影)が人間界に転生するのか。

そもそも、「過去・現在・未来」が同時存在なら、
「過去世・現世・未来世」も同時に展開していて、
「原因」と「結果」も同時に存在していることになる。


本質的には実際にその通りなのだが、
もっと言えば「輪廻転生」という現象も幻想で、
「カルマの法則」も時間の概念の産物だと言える。

そのことは過去に連載記事で詳述したが、
バシャールも輪廻転生の話をしている一方で、
実際には輪廻転生はないと説いていることを最近知った。


過去も未来も常に「今」から自由自在に変更可能で、
そのことについて感覚的に理解が深まってきたが、
私は「あるがまま」と「ないがまま」の自然体なので、
積極的に過去や未来を変えようという自我の意志はない。

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占いの話に戻すが、
信憑性のない遊びの占いや、
神社のおみくじの結果も潜在意識の投影である。

つまり、ある占いの結果が、
当たっているか、当たっていないか、
あるいは、当たるか、当たらないかは別として、
「外応」として潜在意識からのメッセージである。


従って、良くない結果が出た時は、
何か理解しなければならないことであり、
理解できなくても浄化する必要があるのだ。

特に、悪い占い結果が出ると、
信じていなくても気にしてしまう人がいるが、
それが原因(カルマ)となって実現に向けて作用する。


もっと言えば、いい加減なデタラメな占いであっても、
その結果は潜在意識の投影(メッセージ)である以上、
「悪い占い結果は気にしなければいい」という問題ではない。

良い占い結果もだが、
占い結果の原因は潜在意識にあり、
その原因を消去(浄化)する必要があるのだ。


例えば、おみくじを引いて「凶」が出たら、
ホ・オポノポノを唱えるなどをした方が良い。

『失われた堕天使「ルシファー」の謎』と
『アウターゾーン』を断捨離の為に見ていると、
「占い」についてシンクロしていたので、
今回も1つの話を紹介しておきたい。


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ストーリーを簡単に話すと、
占いピエロの機械で運勢を占うと、
「ヤケドに注意」という紙が出てきて、
夕食を作っている時に本当にヤケドをした。

翌日も占いピエロの機械で占うと、
「赤い車に注意」という紙が出てきて、
そのすぐ後に本当に赤い車に轢かれかけた。


それによって、占いピエロに
運勢を聞かないと安心できなくなり、
再び占いピエロに運勢を聞くと、
「3分後に死ぬ」という紙が出てきた。

すると、斧を持ったピエロが現れて襲ってきて、
腕を切り付けられて血が出たのだが、
そのピエロに影がないことに気が付いた。


影がないということは実体ではない、
実体ではないものに切り付けられるのは
おかしい、ありえない、と思った瞬間、
腕の傷が消えていた。

それで目の前のピエロが幻だと気づき、
切られたと思ったから切られたことを悟り、
「ピエロのいうことなんて信じない」と、
心の底から叫ぶとピエロが消えたという話。


これは、SOS(そう思ったらそう)の原理だが、
実際には「実体」と呼ばれている物質も幻で、
物質が実在ではないことは科学が証明している。

時間や空間についても同じことが言えるが、
この話をすると長くなるので今回は割愛するが、
「占いピエロ」を読むと色々と考えさせられると思う。


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posted by ZERO at 07:55| Comment(11) | 意識進化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
参考にしています
Posted by ひつき at 2014年08月18日 18:22
何故 聖書や 神示 どうりの 出来た 世の中 に 生かさせて もらっているか わからないです 良ければ 教えて下さいね
Posted by ひつき at 2014年08月18日 18:27
ひつきさん、こんにちは。

見る角度によって様々な捉え方が可能ですが、
聖書や神示は脚本で、
人間は役者だと思ってよいと思います^^
Posted by ZERO at 2014年08月19日 01:13
先日 不思議な夢を見るキッカケになった
ジョジョのキャラが占いピエロと似てて
ピエロ・シンクロ感じました。笑

(アメブロで記事にしました)

デスサーティーン
http://dic.pixiv.net/a/%E3%83%87%E3%82%B913

瞬間、瞬間、閃き則行動の風林火山で
生きていく所存です〜☆忍
Posted by アストロ総裁 at 2014年08月19日 02:40
総裁、こんにちは。


「瞬間、瞬間、閃き則行動の風林火山」

カッコイイ言葉ですね!
パクらせて下さいませ〜♪^^


反キリ時代に「ピエロ」が登場する記事があったように思って検索すると、
思ったようなものはヒットしませんでしたが、総裁のコメントが出てきました↓
http://messiah666.seesaa.net/article/201957473.html

>体はメルトダウン寸前なのに、苦痛を ごまかす為にピエロのように振る舞い、その状態で長年積もりまくった全身打撲と全身 捻挫 ...


もう1つは私の星座の特徴と相性診断の記事が出てきました。
http://jinja-bukkaku.seesaa.net/article/169337727.html

>ピエロのような滑稽さ、賢者 の雰囲気が同居しています。 この多面性が、多くの人を魅了するよう ...
Posted by ZERO at 2014年08月19日 03:22
是非 是非 パクって下さい^^
(ワタシも武田信玄からパクりましたw)

そのコメントの頃は壮絶な肉体ハルマゲ真っ盛りでしたね〜
もう全身が憎悪の塊になって地獄の業火で焼かれ続けてる状態でした。

だから、読者の方々の中で 荒れちゃってしまう系の方が
現れたとしても、ワタシは思うのです。「自分にもそんな時期があったな」と。
壮絶に辛くて何もかも憎くなったりするけど、それがその人のハルマゲなんだと。
大きな御用を託されてる人ほどハルマゲドンは壮絶な気がします。
しかし、それを超えて抱き参らせて初めて天晴れになれると思います☆忍

今、辛い時期の方はハルマゲの御用を精一杯 完全燃焼しちゃって欲しいです。笑

>アメブロの総裁の夢は、何やら閣下の新天地に移動?の予言に感じます。
どこか新しい住居が天流れで見つかる気がします☆忍
(ピンチの時は声かけて下さいね♪)

>動物占いをしたら結構 当たってました^^;

新月グループ きらきら組のこじか と出ました☆

基本性格
どこかつかみどころのない謎めいた雰囲気がクールに見える夢追い人。仁義を通す一匹狼的な生き方を理想としている面もあり、悠然としながらも、クールに周囲を観察する目を持っている。本来は律儀で思いやりがある。

男性の傾向
男性は、束縛が嫌いで自由を求めるので、平凡な会社勤めには向かないかも。

>最近 突如、スマルな人(相反する存在)が現れたりします。
そして一通り対話をしてみると 後に何故か相手に好機?が到来してました。

少し対話でモヤモヤしてましたが閣下のスマルの御用に比べれば
全然軽いので、何か閣下からエイエイオーな勇気を貰いました☆忍

>そーいえばバンデッタの仮面は まさにピエロですね〜♪^^
Posted by アストロ総裁 at 2014年08月19日 16:34
総裁、こんにちは。

総裁の動物占い、ピッタリ当たってますね^^

でも、僕にも当てはまっている気がします^^;
Posted by ZERO at 2014年08月21日 13:06
占いピエロの話、奥深いですね。

私の言動は自我(思考)に翻弄されています。
「もう、自我の言うことなんか信じない!」と、自我の言うことを無視あるいは真逆の行動を取ることについてZERO様はどう思われますか?

例えば、不安・恐れ・猜疑心から○○さんのご機嫌取りをするために愛想よく振る舞おうとする行動と真逆の行動を取ってみるなど。。。

思考と真逆の行動を取るより、思考を無視して何もしない方が良いでしょうか?
Posted by 零子 at 2014年08月22日 08:26
零子さん、こんにちは。

ケースバイケースなので難しい質問ですね^^

自我を無視すると、その感情は潜在意識に強制送還されるだけです。

私は自我を叩き潰したり、自我の思考や感情と真逆の行動を取ることもあります。
それで良い場合と、良くない場合があるので、実際のところ色々試してきました。

>例えば……

の件ですが、それはあまり賛成ではありません。
過剰な機嫌取りは必要ないですが、
調和のためには方便も必要で、それも一種の奉仕です。

また、真の調和を実現するための「型」にもなります。

問題の原点は、言動が自我(思考)に翻弄されるということですね。
それは、思考や感情が反射的に言動に出てしまうということですか?

感情を露わにすると、絶対に人間関係は悪くなります^^;
冷静さを保つ理性も必要かと思います。

ひたすら内観して反省とか、
忍耐力を養うといっても適切な回答ではないと思うので、
なかなかアドバイスが難しいところですが、
以下の記事が参考になるのではないかと思います↓

神話は霊的進化の法則を示す人生のガイドブック
http://mujaki666.seesaa.net/article/170253764.html
Posted by ZERO at 2014年08月22日 22:36
いつも迅速・丁寧に回答して下さりありがとうございます。

>問題の原点は、言動が自我(思考)に翻弄されるということですね。
>それは、思考や感情が反射的に言動に出てしまうということですか?

>感情を露わにすると、絶対に人間関係は悪くなります^^;
>冷静さを保つ理性も必要かと思います。

家族には感情をあらわにしますが、さすがに職場では抑えています。
が、抑えている怒りの感情が私の言動の節々に出ていると思います。

ZERO様が貼って下さったリンクや過去の記事を読んで、私の人生が辛く苦しい原因はきっと「我の強さ」なんだろうなと思います。確かに私は我が強いです。私の我の強さは「慢心」からきているのだと思います。なので、↓の日月神示を実践して、我をなくすよう頑張ります!ありがとうございました!

「一切に向かって懺悔せよ。
一切を受け入れ、一切を感謝せよ。
一切が自分であるぞ。
一切が喜びであるぞ。」




>「我を張っていると、いつまでも判らずに苦しむばかりぞ」

>「世界中から神示通りに出て来て、足元から火が付いてもまだ我張りているようでは、今度>は灰にするよりほかないぞ」

>「我が此の道の大き邪魔となるぞ、くどいようなれど繰り返し繰り返し気付けおくぞ」

>「神のそばに引き寄せても、実地に見せても、我が強いから中々に改心致さん臣民ばかり」

>「人民の我では通らん時となったくらい判っておろうがな、早よ我捨ててこの方について参>れよ、素直に致せば楽に行けるのざぞ、大峠越せるのざぞ」

>「我出すなと申してあろう。
>この度の岩戸開きに使う身魂は、我の強い者ばかりが、メグリ(カルマ)だけのこと償っ
>て、償うことぞ」

>「我の強い守護神どの、もう我の世は済んだぞ。我出すほど苦しくなるのぢゃ」

>「わが身を捨てて、三千世界に生きて下されよ、わが身を捨てると申すことは我を捨てるこ>と、学を捨てることぢゃ、捨てると真理がつかめて大層な御用が出来るのであるぞ」

>「そなたは我が強いから、我の強い霊界との交流が段々と強くなり、我の虫が生まれてくる>ぞ。我の病になって来るぞ。その病は自分では判らんぞ」

>「我がなくてはならん。我があってはならず、よくこの神示読めと申すのぞ」

>「人間心には我があるぞ。神心には我がないぞ。
>我がなくてはならんぞ、我があってはならんぞ。
>我がなくてはならず、あってはならん道理判りたか。
>神に融け入れよ。てんし様に融け入れよ。我なくせ、我出せよ」

>「早く早くと申せども、立体の真道に入るは、小我死なねば、大我もなき道ぞ」

Posted by 零子 at 2014年08月23日 19:24
零子さん

そうですね。
一番弟子の母親でさえ、まだまだ我が強いです。
私の場合、我をなくす修行は「下座の行」でした。

なかなか大変なことですが、
クリアしてしまえば何てことはないものです^^

魔女という名の友達は、
職場で怒られたら笑うらしいです。
上司が怒れば怒るほど、
「この人は何をそんなに必死に怒っているのだろう」
と思って、笑えてくるそうです。

で、怒られて笑うから、ますます怒られるそうです(笑)

叱られている意味を理解しないのは社会的に問題ですが、
このように無邪気すぎる楽観的な性格に誰もがなれます。

怒っている人も自分の投影ですが、
怒られて腹が立ったり嫌な気分になるのは、
怒っている人のレベルと波長があっているからです。

幼稚園児に冗談で「アホ」と言われて怒りますか?
そいういうレベルになればいいのです。
プライドを超高くすればいいだけです。

人を虫けらのように思うのです。
これは1つのテクニックです。

しかし、それは傲慢の始まりで、
その慢心を叩き潰される修行もさせられました。

「自分は宇宙そのものであると同時に、宇宙の塵でもある……」

手帳にメモして下さいね^^
Posted by ZERO at 2014年08月24日 05:28
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