2014年08月17日

悪魔の正体は人間である!

悪魔(悪神)とは何か……。

マクロで見れば神の暗黒面
(体主霊従主義のエネルギー)である。

私から言わせれば、
それが物質文明を支配してきた神々である。


つまり、今までの人類が「神」として信仰してきたのは、
正神ではなく悪神(悪魔)だったのだ。

逆に、悪魔として貶められてきた存在こそが
「正神」だったのである。


悪魔は「サタン」と呼ばれているが、
これはヘブライ語の「敵対する者」という意味である。

従って、敵対する者は何でも「サタン」ということになるが、
聖書で「サタン」と呼ばれているものは、
ユダヤ人が唯一神として信仰している太陽神
「アトン」の敵対者、及びその軍勢である。


即ち、ルシファー軍を指しているが、
これこそが今まで封印されてきた正神系の神々なのだ。

要するに、悪魔というのは
「異教の神」に対して使用されている言葉なのである。

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サタンの大王はルシファーだが、
これは「国常立尊=艮の金神=スサノオである。

ルシファーに次ぐサタンは、
ベルゼブブという蝿の姿をした悪魔だとされている。


ベルゼブブはヘブライ語で、
「ハエの王」または「糞の王」という意味だが、
本来は「気高き主」を意味する「バアル・ゼブル」である。

それは、イスラエル民族がもともと
「主」として崇拝していた神だが、
アトン一神教に改宗したユダヤ人によって、
侮辱した呼び名で悪魔に貶められたのだ。


バアルはスサノオなので、ルシファーと同一神である。

そのことは前回の記事にも書いたが、
その他の様々な悪魔の正体については
「神仙組2」をお読み頂きたい。

「神仙組1」の
【第14章】サタンと黒い貴族の正体と役割
の中でも悪魔の正体について書いているので、
併せて参照して頂ければと思う。

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さて、封印された異教の神という意味以外での悪魔、
即ち、本当の意味での魔界の生命体を「悪魔」と呼ぶなら、
その正体は「悪霊」である。

実際に悪霊は無数に存在し、
人間に憑依して心身の病気や
災いなどの不幸をもたらしている存在である。


魔界とは地獄(幽界)のことだが、
最近の読者からのメールによると、
「地獄への道」が会心の一記事だと思ったそうなので、
参考までに読んでみて頂きたい。


その中でも紹介しているが、
『日月神示』には次のように示されている。

「幽界は本来無いものであるが、
人民の地獄的想念が生み出したものであるぞ」



つまり、幽界は人間の悪想念が生み出した投影の世界であり、
そこに生息する悪魔(幽界霊)も人間の投影なのだ。

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知花敏彦氏も「悪霊は自らが創る」と説いていて、
次のように述べている。


「サタンとは自我意識のことです。
悪い心と悪霊は同じもの。
良い心を善霊といいます。
神霊ですから、悟った人は善霊となります。
この悟った人には悪霊はありません。
悪霊は本来実在しないからです。

心の悪い人のことを善霊と言わずに、悪霊と言います。
みなさんは、悪霊が怖い、悪霊にとりつかれていると言います。
あなたが誰かを憎んでいる時には、
悪霊にとりつかれている状態、悪い心にとりつかれています。

では、憑依霊は誰が受けるのでしょうか。
誰が持って来るのでしょうか。
その悪い心に支配された状態を憑依霊と言うし、
悪霊に支配されていると言います。
良い心に支配されている時は、神懸かりです。

世の中は、悪霊の意味が解っていないのです。
その心の悪い状態を悪霊と言うのです。
本来はないのですが、本人が悪を望んで創るわけですから、
悪霊が存在するということになります。

創らなければよいのです。
あなたの悪、憎しみは、あなたが創るからあるのであって、
創らなければ、ないのです。
悪を創らない人間に、悪は存在できないのです。

もう憎しみを感じない、怒りを覚えない、
嫉妬しない、悪がない人間にならねばなりません。

そうなる、ならないは、みなさんの日常生活しだいです。
どこかに籠もって座ることでしょうか。
みなさんの日常生活が、信仰そのものなのです。

日常生活が、宗教の場であり、修行の場であり、学びの場であるからです。
一心集中とか、精神統一は、日常生活の内で行わなくてはならないのです。

今日も愛の1日であった。絶対善の1日だった。
誰の悪口も言わなかった。誰も憎まなかった。
これは1日、精神統一したことになります。
調和の1日、愛の1日だった。
そこには何の悪もなかった。その積み重ねです」



詳細は「悪霊非実在論」を参照して頂きたい。

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自我がサタンということだが、
仏教でも煩悩が悪魔だと説明されている。

釈迦やイエスは断食瞑想の過程で、
様々な悪魔に誘惑されて修行の邪魔をされたが、
その正体こそが自我(煩悩)なのである。


もっとも、自我(顕在意識)は潜在意識の支配下にあり、
自分の汚れた潜在意識(悪霊化した自分の幽体意識)が
「悪魔」の正体であり、それを「副守護神」と呼ぶ。

悪霊(幽界霊)に憑依されるのは、
自分の潜在意識及び顕在意識の想念と波長が合うからで、
知花氏の言う通り、悟った人には悪霊は存在しないのだ。


要するに、悪魔とは人間のことで、
肉体を持った悪霊が人間なのである。

もちろん、人間の本質は「神」だが、
神なる意識に目覚めることが人生の目的である。


この世には、あからさまに悪魔のような人がいるが、
そのような人は文字通り「悪魔」そのものであり、
死後も悪魔(地獄の悪霊)となって人間を苦しめるが、
それも結局は自分の投影ということになる。

また、『日月神示』には、
「今の人民 九分九厘は幽界とのつながりをもつ」
と示されている通り、
一見善良に見える人であっても程度の差はあれ、
怒り、憎しみ、悲しみ、嫉妬、不平不満、慢心、
嘲笑、イライラ、溺愛、利己主義、心配、恐怖、
憂鬱、疑心暗鬼、マイナス思考、強欲などの悪想念、
及びそれらに関する潜在意識の記憶を持っているが、
それが「悪魔」の正体なのである。

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もちろん、そのような想念を少しでも持っていれば
「悪魔的人間」なのかというと、そうではない。

人間はその時々によって想念が変化し、
その想念界は天国から地獄まで常に変化していて、
ある時は天国霊、ある時は地獄霊となるのである。


その記憶の貯蔵庫が潜在意識であり、
全体の比率が天国的か地獄的か、
或いはその中間かによって、死後、
天国に行くか霊国に行くか幽界に行くかが決まる。

『日月神示』によると、これから幽界は消滅し、
幽界霊が存在しなくなるとのことだが、
人間界においても同じことが起こることになる。


バシャールによると、
これからパラレルワールドの分化が進み、
「ポジティブな世界」と「ネガティブな世界」に分裂し、
「ネガティブな世界」はやがて滅亡することになるという。

オコツトがいう「第7太陽系次元」の滅亡とも一致するが、
そこで死滅した人類はどうなるのか……。


幽界が消滅するので、彼らの行く霊界がないことになるが、
アリオンによると滅亡する人類の魂は無に還元されるという。

そのことは、オコツトがいう「スマル」とも一致し、
魂にとってこれほど恐ろしく悲しいことはないだろう。


その方向性もまた宇宙全体の進化のためには必要で、
進化するか淘汰されるかは自分の自由意志にかかっている。

今の人生で「ネガティブな世界」を選択し、
永遠の死を体験したくなければ、
日常生活の中で少しずつ想念と潜在意識の浄化を図り、
意識進化の道を歩む「努力」が必要となる。

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くれぐれも言っておくが、
悪想念を出していることに気づいたとき、
「悪想念を出してはいけない」というプラス思考、
意志の力で感情を抑えつけてはいけない。

感情は潜在意識の結果なので、
悪想念を無視したり押し殺すことは、
潜在意識から出てきたものを、
再び潜在意識に押し込むことになるからである。


それを続けていると潜在意識は汚れる一方で、
いずれ爆発して手に負えないことになる。

だからと言って、悪想念を垂れ流していいわけではなく、
最初は感情(エネルギー)の放出は必要だが、
感情の原因である観念を調べて「理解」をし、
反省と感謝の気持ちと言葉で浄化を続けることである。


去年の10月16日、
パソコンで書きかけの記事を携帯に送信し、
携帯で続きを書こうとしたまま放置状態の記事にも、
同じようなことを書いている↓

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まず、悪魔の正体が自分自身であることを知る必要がある。

地球人類を滅亡に導く環境破壊、環境汚染、
殺人などの陰惨な凶悪犯罪、戦争、その他……、
その背後にあってそれらを支配しているのは悪神や悪霊だが、
それらの悪魔と波長を合わせて動いているのは人間である。


自分は犯罪や戦争などには加担していないと言っても、
自分の住む世界が自分の投影であることは否定できない。

もっとも、人類は独自の世界を共有しているので、
集合的無意識の投影ではあるが、
自分の世界においてはあくまでも、
自分の潜在意識を通して投影されているのである。


また、犯罪や戦争を憎んで平和を願う心も、
潜在意識の法則によって、
世の中に犯罪や戦争を生み出すエネルギーとなる。

個人レベルにおいても、
家族や隣人との不調和という形で顕れるし、
自分が発する様々な悪想念や言霊も、
環境の破壊と汚染、犯罪や戦争に加担することになる。


現実的に見ても、洗剤を使って洗濯や掃除をしたり、
掃除によってゴミを出しても環境汚染に繋がるので、
環境汚染とは全く無縁だと言える人はいないはずだ。

結局、世界の諸問題は自分に原因があることに気づき、
自分自身が「悪魔」であることを知ることが原点となる。


親鸞聖人の悪人正機説でも次のように説明されている↓

『阿弥陀仏が救済したい対象は衆生である。
すべての衆生は、
末法濁世を生きる煩悩具足の凡夫たる「悪人」である。
よって自分は「悪人」であると目覚させられた者こそ、
阿弥陀仏の救済の対象であることを知りえるという意である』


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現実問題、悪想念にまみれた人は数多いが、
バシャールは次のように語っている。

「現在地球には様々な観念、様々な波長が
(自分の好きな波長も、そうでない波長も)
同時に存在しているが、2012年を境に
各々の波長に基づいてパラレル・アースへの分化が始まり、
2015年以降はこの分化が加速する」



つまり、今はまだ様々な波長の人間が共存しているため、
社会生活の中で悪魔的人間と接触することも少なくない。

だが、その人の悪魔的要素は実相ではなく仮の姿であり、
その人の本質(実相)である真我は自分と同じ神である。


その本質(実相)を観る訓練をすると同時に、
その人が自己の本質(実相)に目覚める手助けをすること。

それが「菩薩行」というものだが、
それと同等かそれ以上に重要なことは、
他者が自分の投影(写し鏡)であることを認め、
自分の潜在意識を浄化することで自己実現が加速する。


それが集合的無意識の浄化、地球の浄化、宇宙の浄化、
そして、世界平和にも繋がっていくのである。

その意味で、私はホ・オポノポノの原理を高く評価し、
4つの言葉に「感謝します」を付け加えた
ZERO式ホ・ポノポノを勧めているのである。


熱心に神仏を信仰する人の中にも、
私は今まで数多くの悪魔を見てきた。

それは単に悪想念や悪しき言葉を発するだけでなく、
自分の投影である他者の悪魔的要素に対しても、
悪想念や悪しき言葉を発して非難・攻撃し、
意識進化と正反対の道を突き進んでいる人も多い。


もちろん、それも私の投影ということになるので、
自分ほど厄介な存在はなく、浄化作業は日夜の苦労だが、
ここで『アウターゾーン』という漫画の第1巻の第1話
「ママと悪魔」という面白い話を紹介しておきたい。

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posted by ZERO at 15:53| Comment(3) | 意識進化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ブラックコーヒーさん、こんにちは。

非公開コメントの件、了解しました。
勇気ある立派なコメントだったと思いますよ^^
Posted by ZERO at 2014年08月19日 01:17
ZERO様

私たちの意識進化のために、ZERO様の貴重な時間を割いて、ためになるブログを書いて下さりありがとうございます!

>日常生活が、宗教の場であり、修行の場であり、学びの場であるからです。
>一心集中とか、精神統一は、日常生活の内で行わなくてはならないのです。

>今日も愛の1日であった。絶対善の1日だった。
>誰の悪口も言わなかった。誰も憎まなかった。
>これは1日、精神統一したことになります。
>調和の1日、愛の1日だった。
>そこには何の悪もなかった。その積み重ねです

「日常生活が修行の場」は、まさにその通りですね。
私の場合は毎日が辛く苦しい修行です。。。
でも、1日を終えた時に、上記のとおり「愛の一日」「善の一日」だったと言えるよう頑張ります。

>他者が自分の投影(写し鏡)であることを認め、
>自分の潜在意識を浄化することで自己実現が加速する。

私は今、自分の投影である他者の言動に苦しめられています。
ポノを唱えても状況は変わりません。。。

自分の潜在意識を浄化するには、内観の他に何がありますか?
Posted by 零子 at 2014年08月20日 23:14
零子さん、こんにちは。

早く心が楽になるといいですね^^
辛く苦しい毎日は「心のフィットネス」ですね。

ポノですぐ状況が変わる人となかなか変わらない人がいます。
私もカルマが重くて、なかなか変わらないタイプでした。

ひたすら唱えていれば薄皮を剥ぐように効果は出てきますが、内観で「理解」ができたら、そんなに唱える必要がなくなります。

それはどういうことかというと、理解すれば自ずと反省と感謝の気持ちが湧いてきます。

つまり、オポノポノでは「唱えるだけでいい」と教えられていますが、思いと言葉が一致した時に最大の効果を発揮することになるということですね。

内観以外に潜在意識を浄化する方法は、神との一体感をイメージして、魂(胸の太陽)が光り輝いて全心身が癒されるイメージをするといいです。

吸いの呼吸で光り輝くエネルギーを吸い込み、吐きの呼吸で悪いエネルギーを吐き出すイメージです。

「神人合一瞑想」と呼べるものですが、これも一種の内観だと言えます。

1回につき1分でもいいので、出来れば1日に何回か行ってみて下さい。
Posted by ZERO at 2014年08月21日 13:32
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