2014年07月22日

3次元の世界を味わって時空を超える極意

前回の記事で紹介した「味わう」ということについて、
少し具体的な説明が書かれていたので、引き続き、
Kan.氏の『時空を超えて生きる』から転載したい。


味わうことの大切さ

自分の大切な人が、体調を崩したり窮地に陥ったり、
どうにも対処できない事態になったら、
人は心の奥底からその大切な人の身を案じます。

習ったわけでもないのに、手を合わせ、天を仰ぐのです。
それが祈りです。

ちまたには、「こういう形でこういう言葉を言えば祈りになります」
と教える本や講座がたくさん出回っていますが、
本当に切実な思いがあれば、形や言葉はもはや関係ありません。

それこそが本物の祈りといえるでしょう。

今の地球をリアリティを持って生きたら、
切なさを感じない方が嘘です。

感動もあるし、奇跡もあるけど、でも切ない。
それが今の地球に生命を授かった人の素直な感想ではないでしょうか。

なぜならここは、出会ったら必ず別れの時がやって来る。
時間と空間のある世界ですから。

この世界で縁あって深く交流しながら生きている以上、
やはり別れは辛いものです。

80歳、90歳まで生きたら「おめでとう」と言いたいし、
昨日まで一緒にいた人と会えなくなるのは素直に切ないと思います。
切ない思いは、切ないままでいいのではないでしょうか。

そこにポジティブ・シンキングをあてはめて、
「でも、霊界で会えるから」というのは、ちょっと違和感を覚えます。

悲しいエピソードの入った感動巨編の映画を観て、
「がんばっていこう」と心は感動で震えているのに、
「あ、でもこの人たちは俳優だから」と醒めたら、
とたんに味わえなくなってしまうのと同じです。

せっかく感情があるのですから、悲しいものは悲しい、
苦しいことは苦しいと味わいましょう。

そういう想いも味わうからこそ、
大切な人を亡くした人が隣にいたら、
一緒にいてあげることができるのです。


転載終了

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これに対して、私は否定的でもあり肯定的でもある。

確かに、なぜ人間に感情が存在するかというと、
それは感情を味わうために他ならない。
そして、その感情を味わう為に肉体が存在する。


感情は出来事を体験するためによって湧くものだが、
様々な感情を体験することによって魂の切磋琢磨がある。

どのようなネガティブな感情も、マクロで見れば、
それは意識進化のプロセスだと言えるだろう。


だが、感情は本当の自分ではなく「自我」であり、
その迷妄から脱却することが真我の覚醒である。

この世は魂が見ている夢であり、一種の映画だが、
その世界にのめり込んでいることが「苦」の原因である。


もちろん、その苦を体験するべくして生まれてきたのだが、
人生の目的は「体験」や「味わう」ことそのものではなく、
それによって魂を覚醒させていくことにある。

故に、前回の記事でも紹介したが、
Kan.氏も次のように述べている。

「それは時間と空間です。(中略)
そこから目覚めましょう、というのが私の言っていることです」



森田健氏は体外離脱の世界で、輪廻を解脱した霊的存在から、
「あらゆる感情にコントロールされてはいけない」
と告げられたそうだが、感情を外してニュートラルに、
ありのままを観る訓練が魂を覚醒される霊性修行なのだ。

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『自分の大切な人が、体調を崩したり窮地に陥ったり、
どうにも対処できない事態になったら、
人は心の奥底からその大切な人の身を案じます。
習ったわけでもないのに、手を合わせ、天を仰ぐのです。
それが祈りです。
ちまたには、「こういう形でこういう言葉を言えば祈りになります」
と教える本や講座がたくさん出回っていますが、
本当に切実な思いがあれば、形や言葉はもはや関係ありません。
それこそが本物の祈りといえるでしょう』



これについては普通に反論がある。

自分の大切な人が、体調を崩したり窮地に陥ったり、
どうにも対処できない事態になった時、
「これも幻想であって現実ではない」と言って、
何にも感じないのは愛も情もないということになるが、

「その人の身を案じる」というのは多くの場合が心配で、
心配には大別して2つの意味がある(コトバンクより)↓


1 物事の先行きなどを気にして、心を悩ますこと。
2 気にかけてめんどうをみること。世話をすること。



1は破壊のエネルギーであり、2は心配りによる利他愛だが、
大抵の「心配」というのは1に該当し、
心配による祈りは破壊エネルギーを増幅することになる。

また、心配は欲望ではないので、
実現しやすいという法則があることを忘れてはいけない。


本当の祈りは「意乗り」であり、
神なる意識と波長を合わせることだが、
心配や取り越し苦労は幽界に通じる悪想念で、
「信頼」や「安心」という愛のエネルギーとは逆である。

「こういう形でこういう言葉を言えば祈りになります」
ということに対してKan.氏は否定的だが、
私は過去完了形で感謝する祈りが重要だと確信している。


と同時に、自分の大切な人が体調を崩したり窮地に陥ったり、
どうにも対処できない事態になるのも自分の投影、
即ち、自分の潜在意識が映し出している映像である。

従って、「それが私の記憶の何が原因か」と問いかけ、
ホ・オポノポノを唱えることを私は勧めている。

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「今の地球をリアリティを持って生きたら、
切なさを感じない方が嘘です」



今の地球、即ちこの3次元の世界を、
リアル(現実)だと錯覚しているのが自我で、
Kan.氏は「その時間と空間から目覚めましょう」
とも言っている。

つまり、3次元にドップリと浸かって、
感情(自我)のままに生きれば良いという話ではない。

恐らくだが、この話は、ポジティブ・シンキングの罠に
ハマっているスピリチュアル初心者向けに書かれている。


『悲しいエピソードの入った感動巨編の映画を観て、
「がんばっていこう」と心は感動で震えているのに、
「あ、でもこの人たちは俳優だから」と醒めたら、
とたんに味わえなくなってしまうのと同じです』



これも一理あると言えるが、この言葉だけを鵜呑みにすれば、
「覚醒などせずに自我で生きていればいい」ということになるが、
Kan.氏は決してそのようなことを言っているわけではない。

真我が半覚醒しても、
肉体を持って3次元に生きている以上は、
肉体意識である自我も存在する。


従って、真我では「この世は幻想だ」と分かっていても、
自我では「この世を現実」と認識して生きている。

つまり、人間界での人生を、
映画だと分かりながら映画を楽しんでいるようなもので、
決して味わいがなくなるわけではないのである。

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「この世界で縁あって深く交流しながら生きている以上、
やはり別れは辛いものです。
切ない思いは、切ないままでいいのではないでしょうか」



「辛い」とか「切ない」という思いも自我の幻想だが、
自我にとっては3次元は現実でもあるので、
そのような感情が全くない人間はいないだろう。

だが、真我に目覚めれば、
その感情(自我)が自分ではないことが分かり、
深刻に辛いとか切ないと思うことはなくなる。


また、切ない思いは切ないままでいいとは思わない。
そのままでいいと思う人はそう思えばいいが、
決して進化に向かうベクトルの波長ではない。

また、切ないという思いを浄化しなければ、
その記憶(カルマ)が原因となって、
また新たな切なくなる出来事を引き寄せることになる。


マクロで見れば、それも意識進化のプロセスだと言えるが、
何の気づきもなく意識進化に役立てることもできないまま、
輪廻を繰り返してきたのが人類である。

覚醒期に入った今、「そこから目覚めましょう」
というのが、Kan氏や私が言っていることなのだ。

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「この世界で縁あって深く交流しながら生きている以上、
やはり別れは辛いものです」



ということについて、
私はまだ肉親を亡くしていないので分からないが、
本質次元を知っているから動じないと思う。

魂が覚醒せずに崩御することは祝福できないが、
それなりに祝福の想いを持つだろうと思う。


自我では多少は辛いとか切ないと思うかも知れないが、
全ては自我(自他分離観念)による幻想であり、
錯覚あることを十分に理解している。

ポジティブ・シンキングで、
「でも、霊界で会えるから」というレベルの話ではなく、
この自分がいる3次元の世界では他者は自分の投影であり、
他者の実体そのものではなく、自分も実体ではない。


悟りとは自他一体の認識であり、
「宇宙即我」の境地を体験することである。

真我の覚醒(半覚醒)というのは、
それが瞑想中の一時的な体験ではなく、
日常的にそれを感じる真我の意識を維持していることである。

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ヒマラヤで修行して覚醒した知花敏彦氏が、
著書『世紀末を救う意識改革』の中で、
そのテーマについて書いていることを思い出したので、
以下に転載しておきたいと思う。


……このH大師が私が
ヒマラヤのシャンバラで修行した時の指導者なのです。
今日、H大師は、アメリカのボストンの
ストーンヘンジ公園のシャンバラの入口で、
同行の皆さんにその肉体を現されたのですが、
皆さんはH大師であることに気づかなかった。
今朝もホテルの私の部屋に来てくれて家内は祝福を受けました。

大師方に皆さんが会いたがる、見たがるのですが、
非常に矛盾したものであって、
本来見る必要も会う必要もないもので、
本来の自己というものが何なのか知らないがゆえに、
会いたい、見たいと思うのです。

その方からすれば、その方はあなたであり、
あなたは私であるというものであり、別のものではないから、
特別にそういう方が存在するのではないのです。

皆さんも、目覚めてしまえばそのようなものであって、
大師は大きな使いという意味と、大きな教えという意味があります。
本来の自己に目覚めた覚者方と言われています。

我々はまだまだ本来の自己という自覚がないのです。
本来の自己というものは、こんな肉とか姿、形ではないのに、
どうしてもこの姿、形を己として見て、
自己を語ったり思ったりするのです。

覚者方は、自分の付けている肉体衣装を自分だと思っていないし、
その遍満する宇宙、宇宙即我ですから、その宇宙が何かというと、
大生命、宇宙生命、大霊そのものが自分であって、
どうしても生命がつけているこの肉体衣装を、
私たちは自分だと妄信、狂信しがちなのです。

だから一日でも早く、自分は肉体ではない、形でもない、
これは私がつけている衣装なんだと、
この肉体衣装に人間とか、肉体とか、
個人だという名前をつけているのだと気づいてほしいのです。

この大生命に目覚めたとき、皆さんも、
その生命は至る所に存在していますので、
形ある物は全て大生命が纏っている衣装に過ぎないのです。

それは質量で出来ているわけです。
その生命というのは無形無双の普遍的存在で、
その世界には時間も空間も距離も存在しないのです。
生命というのは決して形をとることはないのです。



転載終了

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事細かに解説しようとすればキリがないが、
これについては解説を挟む必要はないだろう。



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posted by ZERO at 20:38| Comment(22) | 意識進化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
閣下おはようございます(^O^)

先日は、大変丁寧なお返事をありがとうございました!!とてもわかりやすかったですm(_ _)m

さて、前回チラッと閣下が記事で書かれていた"ヨグマタ氏"…って、誰????

と思い、検索し、女性でヒマラヤ聖者の第一人者であることを知り、

『なんだ、勉強会や講習みたいなものが開かれているじゃない。ならばチラッと行ってみようかな〜??』

と、好奇心からお問い合わせをしてみました。まあ、普通のカルチャーセンターなら何千円で済みますし、プロフのお写真をみたらまるで昔の昭和の時代に欽ドンに出ていた気仙沼ちゃんのような、愛しのロビンフッドさまを歌った元アイドル榊原郁恵ちゃんのような(例えが古過ぎてマニアックすぎてきっと伝わらない)とても優しそうなかただったので非常に親しみが湧いたのです。

きっとこのかたはマザー・テレサテン(やや違う)のようなかたに違いない、と思ってお問い合わせを痩身…いえ送信したのです。すると、そのように、甘く考えていた私に返ってきたものは…

つづく
Posted by 隠れ千円(おぼんだま) at 2014年07月23日 08:49
おぼんだま様 

入門の詳細についてのお問合せをいただき、ありがとうございます。

今回のご登録内容は下記の通りです。 

---------------------------------------------------------- 

氏名:おぼんだま 様 

ふりがな:おぼんだま

メールアドレス:odondama@x.wwww.jp 

住所:不定
     
連絡先電話番号:000-0000-0000

職業:スパイ・忍者

年代:心はずっとガラスの10代

ヨグマタを最初に知ったきっかけ:その他インターネット

紹介者名: ZERO閣下

最初に出会った著書: 読んでない

著書に出会ったきっかけ: 読んでない

求めているもの:自己実現 

著書の感想:(著書名)

(ご感想)

通信欄:本はまだ読んだことがありませんが、初めて参加させていただこうと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 

--------------------------------------------------------- 
 ※上記内容に誤りがありましたら、このメールへの返信にてご連絡ください。 


■入門ディクシャについて

シッダーマスター・ヨグマタの恩恵のもと、
生命の源泉との絆を深める尊い音の波動の秘法を伝授。

この聖なる音の波動には、
ヒマラヤ聖者・シッダーマスターの特別なエネルギーが込められており、
あなたの心身と潜在意識の浄化を進め、才能を開き、人生を幸運に導きます。

また入門ディクシャ拝受後に続く「生涯学習講座(入門)」で、
基本となる実践の仕方などを学びます。

 (1)入門ディクシャ   約45分
 (2)生涯学習講座(入門) 約1時間半×2回

  ※入門ディクシャ拝受時には原則として(1)(2)に連続してご参加いただきます。
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 【拝受費用】
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  ※その他、会費の代わりに年2回の感謝のドネーション(お志)をお納めいただきます。
   (7月・12月 金額は任意)


 【入門の特典】
   ・「会員のためのダルシャン」(ヨグマタ講話会)にご参加いただけます。 
   ・東京や地方各地で開催される会員用の各種研修会にご参加いただけます。 
   ・会員サイト・メール・会報誌等でさまざまなサポートを受けられます。


 【入門時のご確認事項】

 入門に際しては、下記の点についてご確認させていただいております。

 1.ヨグマタジのもとで学んでいく道は、聖者になる道、
   平和を祈り、善行を行い皆を助ける、
   清らかな行為をする聖者の道を歩む会です。
 
   そのために神につながる。神を信じる。
   それを助けるために祈りと瞑想をする。
   人々が助け合い、平和な世の中を創る。
 
   そうした会であること、それに賛同する方に入門が許可されます。
   人を傷つけない、自分を傷つけない、嘘をつかない、人をだまさない、
   人の物を盗まない、暴力を振るわない。
   こうしたことをしっかり守っていくと誓って、修行していく道です。

 2.精神疾患やドラッグ、麻薬、脱法ハーブなどの使用歴のある方は、
   ヒマラヤの瞑想が合わない場合がございますので、
   必ず事前にご相談ください。

 以上のことをご理解いただいたうえでお申込みください。


 【お申込み方法】

 ※当会の講座に初めて参加される方は、
   午前中の「アヌグラハ生涯学習講座(一般)」も併せてお申込みください。

■シッダーディクシャについて 

 ヒマラヤ聖者にのみ伝わる伝統的な儀式によって、
 過去生から潜在意識に刻み込まれた記憶(カルマ)が浄められ、
 本来の自己が目覚めます。
 また、同時に、自分自身の内側を深く浄め、
 エネルギーを整える瞑想秘法が伝授されます。

 この秘法は災いを取り除き、カルマを浄め、運命を変える効果があります。
 心身そして魂までもが生まれ変わり、
 新しい人生をスタートする尊い儀式になります。

 シッダーディクシャは、アヌグラハダルシャン、集中瞑想セミナー、
 通信プログラムを含めたコースとして拝受いただきます。

 ※さらに本格的な修行を始めたい方には、メールにて資料をお送りした後、
   お電話にて詳しくご案内させていただきます。

   ご希望される方は、下記のフォームにて、「お名前」「メールアドレス」
   「電話での連絡の希望」を入力のうえ、送信してください。
     ↓↓
 アヌグラハの恩恵により、 
 皆様の人生がますます輝いていかれますように。 

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 

※このメールは自動発信されております。
Posted by 隠れ千円(おぼんだま) at 2014年07月23日 09:00

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【拝受費用】
  入門費+入門ディクシャ拝受費用+生涯学習講座(入門)2回のコースで3万円

  ※その他、会費の代わりに年2回の感謝のドネーション(お志)をお納めいただきます。
   (7月・12月 金額は任意)

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半日だけの口臭…いえ初心者講習だけで3万円……

しかも、その後が更に、

『その他、回避の代わりに感謝のドネーション(お志)をお納めいただきます。
   (7月・12月 金額は任意)』

って………

日本橋三越カルチャーセンター『さかもとえいぞうの魁!シャウト塾』だって受講料は一回\3,000です。

まさか三万円…それ以外にお布施強要……

それだけですっかり萎えてしまった私ですが、矢張り本場は違うのだなァ…と改めて、自分の甘さを思い知った次第です( ̄◇ ̄;)

しかし、私には10年前に、一時期マスコミを騒がせたとある人物との出逢いがあり、そのかたが

『人と関わる時は、間に他人を入れてはならない。直接その人と関わるなり、話をするなりしなければいけません。』

『真っ直ぐが一番強いんだ』

と言われたお話は、今も私の胸の中にあり、"自分が興味を持った人物には直接対面し、自分自身が得た経験こそが真実だ"との信念があったのをふとそれを思い出しました。

その方は大変危険な目に遭い、一時期893にも命を狙われていました。テレビや週刊誌、スポーツ新聞に出たこともありました。私はだからその方は向こうの世界?の人だと思っていました。自分には多分関わることのない人であろうと。

しかし、ひょんなことからそのかたに近場の町田で10年前に直接お会いすることが出来たのです。町田じゃなかったら私は多分行っていなかったと思います。

その方は初めてお顔を合わせた時、

『あの… 本当に◯、◯◯さんですか??』

と、恐る恐る尋ねる私に向かって、何とご自分の

『運転免許証』

を目の前に出して見せてくれたのです。そこには、私が昔さんざんマスコミでみた『◯◯ ◯◯◯』さんのお名前がありました。

そして、かつて私が思い描いていたのとは全く違う、怖そうで偉そうな近寄り難い人ではなく、本当に優しそうな『ごく普通の人』であるその方に対面することが出来たのです。あの免許証のエピソードは、死ぬまで忘れないでしょう。

つづきます
Posted by 隠れ千円(おぼんだま) at 2014年07月23日 09:24
その方ご自身は元々有名人でも芸能人でもなく、ある有名人に関わったことで、事件後マスコミの餌食にされてしまいました。

今からもう20年以上昔の事件ですので、殆どの方は詳しいお話はご存知ないと思います。

しかし、最初はやはりネットがきっかけでしたが、そのかたに事件から約12年後、ごく自然に「直接」お目にかかれたのも、あとあとよく考えると「何かのお導き」としか思えませんでした。

その方はそんな感じで私などが想像を絶するようなご苦労をされたのだと思いますが、本当にその方にそんなことがあったとは思えないくらいの普通の感じのお優しい(でもちょっと頑固かも)な方で、

『直接その人と関わりなさい』

『真っ直ぐが一番強いんだ』

の教え(笑)は今も私の胸の中に根付いています。

その信念から、なんとなくヨグマタさんに好奇心も湧き、今回お問い合わせメールをしたことをご報告させて戴きます(^O^)

テレポーテーションのkan.氏も大変興味深い人物ですよね。叶うものならお逢いしてみたいですね(笑)
Posted by 隠れ千円(おぼんだま) at 2014年07月23日 09:38
ZEROさんこんばんは。
文章が超レベル高いです。
私、親に対して結構悩んでたりトラウマになってるんですけど、
全部自分が覚醒するために送られてたんだ。と思ったらかなり救われました。

そういえば、たまにしにたいなーとか感情にハマりこむ時があるんですけど、そんな時必ず、変な?怖い?夢を見ます。これって自殺しないようにメッセージなんでしょうか。

って暗い文章になってしまいましたが(笑)
ZEROさんて凄いなとブログ読んで本当思いました。
Posted by 葉月 at 2014年07月25日 01:03
隠れ千円(おぼんだま)さん、こんにちは。

2回で3万円は安いと思いますよ。
初心者コースで1回3〜5万円くらいは常識の範囲内です。
また、年会費が1万円だと想定すれば、
会費の代わりに年2回の志(金額は任意)は良心的だと思います。
僕が指摘していたのはそれ以降のことなんです^^:


葉月さん、お久しぶりです。

>全部自分が覚醒するために送られてたんだ

おめでとうございます^^

少しでもそのように思えたら
(思えなくてもそのように思ってみることができたら)
意識進化は加速していきます。

今この時期に、少しでもそう思えるか思えないかで、
進化の道を進むか、逆進化して自滅するかの分かれ道だと思います。

ある意味、苦悩の人生を歩んできた人は幸いだと思います。
その分、悟りも歓喜も大きくなりますからね^^

夢の話ですが、そのように受け取ることもできますが、
単純にネガティブな感情が投影されているだけです。
夢の世界も現実の世界も潜在意識の投影ですから……。

ただ、夢にはもう1つの作用があって、
ネガティブな感情の放出、浄化作用があります。

悪夢を見ることによって膿み出し、
デトックスされていると思えば良いです。

それはこの現実と呼ばれる世界でも同じなんですけどね。
嫌なこと、悪いことなどが起こるということは、
潜在意識のデトックス(カルマの解消)です。

そこでネガティブな感情を出してしまうと、
それがまたカルマ(潜在意識の汚れ)になって、
再び同じような出来事が再生されてしまうので、
とりあえずホ・オポノポノを唱える習慣をつければいいと思います^^

夢を見ている時は、夢は現実です。
この世も同じで、魂が見ている夢なので、
全ては自分の潜在意識を映像化して観ているだけなんです。
そのような観点で人生を客観視する習慣をつけると良いと思います。
Posted by ZERO at 2014年07月25日 01:48
ZERO先生こんにちは\(^o^)/

安いのですか… マァ、今の私には大金なので今回は見送りたいと思います。

もしも、瞑想の達人のZERO師匠がご一緒にご参加してくださるというのなら、行ってみたいな〜 と思ったのですが…(笑)

私も昔、新宿で版下の仕事をしていた時、デスクワークだったので肩凝りMAXとなり、女性誌で知ったヨガ教室で熱心に一年間学びましたが、新宿の仕事を辞めたので必然的にそこも辞めてしまいました。

その後、あのオウム事件が起こり、その元通っていた教室から、生徒が減ってしまい、打撃を受けているとのお知らせがきました。事件があった後の90年代半ばのことですね。

しかし、逃亡犯が次々と逮捕され、オウム事件が風化するのとは反対に、ヨガはすっかりヘルシーでオシャレに最先端を行くファッションのようにさえ変わってしまいました。

それを知る私は隔世の感を感じてなりません。

教室の最後はリラックスして仰向けになり、喜太郎の宇宙的なBGMが流れる中、コスモを感じる瞑想タイム?で締めくくっておりました。 

前回コメントに書いた、私がお会いしたかたが関わった某有名人は閣下と誕生日が一日違いで、ある思春期の境遇が閣下と重なるものがあります。

そしてそのマネージャーさんが見せてくれたご自分の免許証のエピソード…今思うと閣下っぽいと思いました(笑)
Posted by 隠れ千円(おぼんだま) at 2014年07月25日 13:01
昨日、仕事中に亡き母に似たご婦人を見かけ、母が死んでもう来年で十三回忌なのですが、未だに暫く母に会っていないような感覚しかなく、そういえばうちのお母さんは死んだんだ…と、久しぶりに思いました。

私は長女で生前の母とは折り合いが悪く、それは死ぬまで、いえ死んだ後でさえ残っていました。

母が死んだ時、私はホッとしたのです。

いつもいつも母に責め立てられ、追い詰められ、そのくせすがられているように感じていたからです。

しかし、死んだ者に対して、しかも母なのにホッとするなんて、自分は人間ではないのかと、罪悪感を感じていました。

母の死後、母が入院中に撮ったこちらを見ている写真が立て掛けられているのをみて

『それをこっちに向けないで!!』

と言っていました。怖かったのです。

ある人に初めて、母が死んだ時に『ホッとした』と思ったことを初めて伝えたのち、その写真をみたら呪いは解けたのか、怖くありませんでした。

今は母に対する恨みは全くありません。ただ暫く会っていないことに気づかされて、そういえば死んだんだ…と、今更思ったりするのです。

私は母の死後、妹に母への恨み言を散々言っていましたが、こんなことも言っていました。

『怖いお母さんは死んじゃったけれど、優しいお母さんは生きているんだ』

と…

前に先生が書かれていたこんな記事も改めて読み直してみたいと思います。

親を憎む者の人生の悲劇
http://gasorin-king.seesaa.net/s/article/397942306.html

両親への感謝の大切さ
http://gasorin-king.seesaa.net/s/article/397963708.html
Posted by 隠れ千円(おぼんだま) at 2014年07月25日 13:06
隠れ千円(おぼんだま)さん、こんにちは。

>『怖いお母さんは死んじゃったけれど、優しいお母さんは生きているんだ』

怖いお母さんも優しいお母さんも、
どちらも隠れ千円(おぼんだま)さんの投影だということを忘れてはいけません。

隠れ千円(おぼんだま)さんが今生きている3次元の世界には、
もともとお母さんの実体は存在していなかったということです。

そのことを認識できなくても、
それを公式として内観することで意識進化を加速させます。
Posted by ZERO at 2014年07月26日 05:36
いつも通りの冷たい、血の通っていないような自身の持論一辺倒のご返答ありがとうございます。

それでは、ZEROさんが大事に思っているというお母様やお父上も、三次元の世界では実在していないということですよね。

どんな人間も、男と女、父と母から生まれてきます。

生まれてすぐに捨てられ殺されてしまう場合も中にはありますが、大抵の人間は慈しみ愛されて育てられます。

その遠い笑顔の記憶、家族の遠い面影を少しずつ思い出して人は自身のトラウマを時間と共に癒して行くのです。

あなたのアドバイスは時には人の心に全く響きません。いつも型通りの言葉を繰り返すだけのお人形みたいです。

それはあなたがまだ、ご両親との現世での永遠の離別を体験したことがないからなのでしょうね。

あと、自分に来たメルマガをブログに転載するのは非常にカッコ悪いと思います。文章の引用ばかりだし。いつも借りぐらしのゼロエッティーですね。

私は自分が愚かだろうかあなたにどう思われようと泣きたい時には泣き、笑いたい時には笑い、怒りたい時には怒り、あなたのアドバイスが全然ダメな時には自分で答えを出し、本音で熱く生きて行きたいと思います\(^o^)/
Posted by 隠れ千円(おぼんだま) at 2014年07月26日 08:08
隠れ千円(おぼんだま)さん、こんにちは。


>いつも通りの冷たい、血の通っていないような
自身の持論一辺倒のご返答ありがとうございます。

その時点で他者が自分の投影だという真理から外れていますね。
私を自分の投影だと分かった上でのコメントなら話は別ですが。

私の投影である、あなたの自我一辺倒に対する対応は、
そうする以外にはありません。

>それでは、ZEROさんが大事に思っているというお母様やお父上も、
三次元の世界では実在していないということですよね。

だから、そう言っているではないですか。
しかし、その意味を全く理解されていないように思います。

人間の私がいる3次元の世界に存在する父母は私の投影ですが、
父母は父母の3次元の世界に存在しています。

1人1人が別の世界に存在するということですが、
その3次元に存在する人間の自分は実体ではないということです。

>どんな人間も、男と女、父と母から生まれてきます。

それは自分の3次元世界における一面的事実です。
一面的には事実でも、
「投影」という本質的な世界認識と正反対の幻想で、
それを「自我」だと言っているのです。

>生まれてすぐに捨てられ殺されてしまう場合も中にはありますが、
大抵の人間は慈しみ愛されて育てられます。
その遠い笑顔の記憶、家族の遠い面影を少しずつ思い出して
人は自身のトラウマを時間と共に癒して行くのです。

それが内観の基本です。

>あなたのアドバイスは時には人の心に全く響きません。
いつも型通りの言葉を繰り返すだけのお人形みたいです。

それは強烈な自我に固執しているからです。
それを粉砕するには根気よく冷酷に繰り返すしかありません。

カルマの法則も同じで、気づきを得るまでは
何度でも同じことが冷酷に繰り返されます。

それが神の大愛・慈悲に基づく法則だと気づき、
感謝できる人がなかなかいないのと同じです。

聖書に「闇は光を理解しなかった」という一句があります。

>あと、自分に来たメルマガをブログに転載するのは
非常にカッコ悪いと思います。文章の引用ばかりだし。
いつも借りぐらしのゼロエッティーですね。

カッコ良いカッコ悪いなど何の関係もありません。

このブログか前ブログか忘れましたが、
私が今まで書いてきたことを裏付ける材料として、
さまざまな覚者の言葉を紹介しているのです。

あなたは私を他人だと思っています。
しかし、あなたのいる3次元世界には私は存在しないのです。

あなたは、あなたの投影である私を見て、
間接的に私の世界の私とコミュニケーションしているのです。

>私は自分が愚かだろうかあなたにどう思われようと
泣きたい時には泣き、笑いたい時には笑い、怒りたい時には怒り、
あなたのアドバイスが全然ダメな時には自分で答えを出し、
本音で熱く生きて行きたいと思います\(^o^)/

分かりました。
それは前回の記事の通り、「味わうことの第一歩」ですね。

それはあなたの自由なので否定しませんが、それが自我への固執です。

その幽界次元に留まる選択をするなら、
このブログを読む意味は全くないと思います。

むしろ、読めば読むほど反感を覚えるだけだと思います。
意識の方向性が全く正反対だからです。

あなたから送られてきた
あなたが共感・共鳴している他ブログの内容を拝見しましたが、
人間のマインドに訴えかける自我の強い内容で、
意識進化とは正反対のものです。

だから、今のあなたは
「自分の自我の慰めになるような言葉」や、
「自分の自我を肯定するような言葉」に共感・共鳴し、
私の話に反発しているだけす。

そのことを少しでも理解されないようであれば、
これ以上のコミュニケーションはお互いに無駄です。

あなたは自覚していないかも知れませんが、
あなたは実際のところ非常に危険な状態です。

コメントやメールを読んでそう感じるのですが、
飛び降り自殺を目撃したとか、
かなり危険な状態だと思っています。

だから、あなたの真我が必然的にこのブログを発見した、
しかし、自我が頑なに真我の意志に反発しているのです。

今のところ、あなたは自分の自我の心地よいものを求めているので、
それに従うこともあなたの自由です。

1つ指摘しておきたいことがありますが、
自分を知りたくないあなたにとっては酷な話なので、
自分で内観して気づくことを願っています。

多分しないとは思いますが、
もし自分を見つめることがあるなら、
必ず「ネオデジタル内観」にして下さい。

そうでないと、あなたは自己嫌悪に陥って、
目撃した投影の二の舞になってしまう気がします。
あまり詳しいことはお伝えできませんが……。

最後に少し注意をしておきます。

>あなたのアドバイスが全然ダメな時には自分で答えを出し、
本音で熱く生きて行きたいと思います

今のあなたの場合、この文章が意味することは、
自分の思考(自我)で答えを出して、
自我の本音で熱く生きるということです。

従って、私のアドバイスは、
今のあなたにとっては何のアドバイスにもならず、
自我が抵抗して暴れるだけということになります。

このブログの趣旨は、
「本当の自分を知りたい」
「自分の人生の意味を知りたい」
という人の為のものであり、
それは私の「自己救済」です。

何の為にこのブログを訪問しているのか、
自問自答してみてはどうでしょうか?
Posted by ZERO at 2014年07月26日 22:52
うーむ、変なタイミングで来てしまったのだろうか。

うーん。やっぱこれもメッセージに見える。

気楽におしゃべりしたかっただけだけど、そんな感じじゃないですね。

でもZEROさん、最近シンクロが増えてるように思えませんか?

集合意識に統合性が出て来てるのかな。特にウェブ上は顕著に反映が出やすいですね。

インターネットに依存してるからかもしれないけど。

何の為にこのブログを訪問しているのか?

心の琴線に触れる言葉を、直感がピックアップ。

うーん、よくわかりませんけど、なんだか満足しましたよ。

きっとこれも必要な出来事だったんでしょうから。
Posted by 2ちゃねらー at 2014年07月31日 23:37
2チャネラーさん、こんにちは。

気軽に訪問して、気軽にコメントしてもらってOKですよ^^

以前のことは、
大本の善悪を映し出す合わせ鏡を彷彿させました。

あれはあれで面白かったですが、
多くの読者が不愉快に感じるコメントを避ける為、
このブログのコメントは一応承認制にしています^^;
Posted by ZERO at 2014年08月02日 04:44
大本の善悪を映し出す合わせ鏡。。。

ぼくにとってはZEROさんは正体不明なんですけど。。。
お互い様なのかな?

それとも、相手のことがわからないのは僕だけなのか。


ZEROさんは32歳の頃に悪抱き参らせたと言っていますよね。
(副守護神というのはこれかな)

額の目はそれ以前に開いていたんですか?
それ以降に開発されたんですか?


ローマ教皇とルシファーの話は興味深いですけど。
これも投映でしょう?象徴的な出来事のような感じがします。


陰謀系は深入りするのは躊躇しますけど。
鹿児島UFOさんみたいな方達は、何かを観て、それで情報を発信しているのかわかりませんけど、それがなんなのかも見当がつきません。

でも善(ポジティブ)と悪(ネガティブ)を経験して、成長できるというのが
アセンションでしょう?
陰謀系もあくまで投影といった印象を受けていますけど。
闇を探求している自分と、鏡に映る世界です。
なんだかそれも霊的成長のプロセスに組み込まれた出来事の一環ように感じています。
精神の探求なのかな?

あんまりブレすぎて、現実離れしないように地に足はつけていたいです。


それにしても、隠れ千円(おぼんだま)さんは、面白い方ですね(笑)

ZEROさんは仕事勤めに出てるから、最近は忙しいですか?
ブログと両立は大変なのではと思ってしまいますけど。
Posted by 2ちゃねらー at 2014年08月02日 14:18
2チャネラーさんすいま千円(爆)

個人的に、2chで過去にかなり不快な思いをし、体調を崩したことがありますので、それだけ正直に書かせていただきますね(←アレルギー)

私はこちらの主をリアルで知っています。だから、『ブログに辿り着いた』という言葉に先ず違和感です。

先日も家賃が払えなかったら即退去と別ブログで書いておきながら、全く実生活とは関係のない内容でこちらを更新していたので、

『ブログなんか書いている場合なんですか?!』

と普通に思ったことを書きましたらそれがお気に触ったようで

『それは僕や読者に対して"失礼"』

という『は?!』と首を傾げてしまうようなことが書いてあって本当にたまげました。

生きる主軸や価値が

『ブログ』(たかが)

にあることに驚きました。

どれだけ高尚なことを書いていようがいまいが、

『ブログはブログ』

に過ぎません。

シーサーさんが店仕舞いして、一気にサーバを片したら、

『自分の家賃よりも命よりも大切で命がけ』

で記し、護ってきた、侮辱したら死罪にも値するような

『ブログ』

は、一瞬のうちに消滅するというのに。

つづきますよ〜

ずっと私が

皆さんが熱心に道場で修行しているのにKYにも

『ハーヒフーヘホー!!』
(ドアをバーン!!)\(^o^)/

と乱入したかのような変質者コメに戸惑われていたかと思いますが、すいま千円(爆)
Posted by 隠れ千円(おぼんだま) at 2014年08月02日 18:15
実は私は今回、彼を試しました。

こちらのブログはバック(背景)は黒、イメージ画像として合間合間に神秘的なCG画像が多数投入されています。

その為、視覚的にそれだけでもまるで異次元界に迷い込んだような気分になるでしょう。雰囲気に圧倒されてしまって。

しかも、冒頭にはタイトルを始め刺激的な謳い文句がこれでもかと並んでいます。それだけでも携帯やPCの中で舞台装置は完成です。

ほぼ毎日更新しているご本人もそうでしょうが、黒バックに長文、神秘画像で

『命よりも大切な読者のために』

綴られ更新される内容は、大半が市販されている本の転載だったりします。

彼自身もそれなりの考察を書かれてはいるでしょうが、半分はおんぶに抱っこ、彼はそうすることで説得力が増すと言っていますが、虎の威を借る狐にしか私には見えません。他のスピリチュアルブログは自説をご自分の言葉でキチンと立証されています。

スピリチュアルブロガーを『崇拝』する必要は、私は全くないと考えます。尊敬と崇拝は違います。

最近コメントを書かれたideaさんが触れていらっしゃった賢者テラさんと光速@かんながらさんのブログを私は愛読させていただいております。

学校でも習わない、多分、大多数の人々が

『知らなくても生きていける』

そして死んで行くであろうスピリチュアルの世界を、いきなり自分の陣地で説明して解れというのは余りに理不尽でしょう。しかも『本も読まなくていい』コレを毎日読んでいろ、っていうんですか??

ベストセラー『あの世にきいたこの世の話』の雲黒斎さんも、鬱病を発症したのをきっかけに、"あの世"と通信出来るようになり、ガイドさんに『本を読め』と教えられ、自分のブログで発表、本を書き上げるまではやはり基礎をキチンと抑えていらっしゃるのです。帯の推薦文は『"神との対話"ウォルシュ氏も絶賛』です。

私が通っている治療院の待合室に置いてあり、著者の雲黒斎さんと私の尊敬するドリアン助川さんがコラボでトークショーをされたりしていたので、安心して買いました。

つづきます 熱くなってきました。
でもたまにはこんなのもいいんじゃないですか??(笑)(^O^)/
Posted by 隠れ千円(おぼんだま) at 2014年08月02日 18:39
母親に対するトラウマがあったのも本当ですし、長年『自分の投影』を心に抱えて悩んでいたのだろうということも今は理解できます。私は今回、自分の傷をさらけ出しました。

しかし、それに対する彼の『返答』に直接"傷付いた"のも事実です。まるで自分の母の存在を、根底から否定されたように感じました。

私の母は苦労人でした。生活にゆとりがなく、いつも険しい顔をしていて、まだ幼かった私にはそれが冷たく時に恐ろしく映ったのでしょう。昔、クリスマスの時に撮った家族写真…楽しげな私や妹や父の傍らで不機嫌な母の顔が焼き付けられ、奥底に沈んだままとなり…何時の間にか鬼のような存在となってしまっていたのでしょう。

しかし、それは母に本当は愛されたかった自分の想いの裏返しであったことも今なら理解できます。

今回、彼にそんな母親の存在を根底から否定されたように感じたことは、かえって思いもよらず、私の本当は母親に愛されたかった、母への愛を心の奥底から引き出しました。

実は今、これを書きながら泣いています。途中から涙が溢れてきたのです。

それこそがまさに"カタルシス"でしょう。先ず『許さない』なくして、本当の『許し』はありえないと、賢者テラさんの先日のブログにありました。先ず起こる、自分の正直な気持ちを『自我はダメ』と否定しては本当の許しはあり得ないと。

頭だけで、文字だけで『自我はダメ、真我のさまたげ』と念じたって納得出来る訳がありません。そんなのいつまで経っても進みません。そんなの本当の

『意識進化』

ではないのではないかと私は思います。ええ、理知的、理論的な彼にとっては全くお話にならないでしょう。

例え自殺を目撃しようが、私はそれに引きずられたりしません。私以外にも見ていた人たちの中には生活感たくましい主婦も多数おり、彼女らは既にそんなことさえ忘れているかもしれません。

相変わらず長いですね私…
メタルギタリストの即興ソロタイムとでも思って戴ければ幸い?です(爆)
Posted by 隠れ千円(おぼんだま) at 2014年08月02日 19:02
いきなりスピリチュアルと言われたって、普通の人間?と生きてきた者には頓珍漢です。

ただ、私は11年前に母親が病気で亡くなる前に、度々理屈のつかないような偶然に出遭い、やや混乱していた頃に道端の花を見た時にふと

『世界は何かがこんな風に造ったんだ』

と天啓の如く落ちてきたことがあり、それが私のささやかな覚醒や目覚めだったのかと今は思います。

散々ZEROさんの悪口を書きましたが、これも何かの裏返しかと思って戴ければ幸いです。共通で好きなアーティストのライブを楽しく観た後、飲みに行った時、段々泥酔してきて白眼を剥いた『お金がないからゼロなの?』さんに、ひたすら『ワケの解らない話』をされ、そのひとかけらも理解できず自分の知る『数字の3にまつわる不思議な話』をしても「それ、移るんですか??」ウイルスじゃねーっつのよ!!全く頓珍漢な返しをされ、『なんだかこの人つまらない』としょげてしまい、ファミレスでは3時間居眠りされ帰りの始発に暗い気持ちで乗って帰った私がやっと此処まで理解できたのも私なりの

『意識進化』

でしょうから(爆)(爆)(爆)\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/
Posted by 隠れ千円(おぼんだま) at 2014年08月02日 19:19
>カルマの法則も同じで、気づきを得るまでは
>何度でも同じことが冷酷に繰り返されます。

>それが神の大愛・慈悲に基づく法則だと気づき、
>感謝できる人がなかなかいないのと同じです。

これは、まさに私の事です。
子供の時から人間関係で同じパターンが繰り返され苦しみ続けています。

年を重ねても、人を変え場所を変え、同じパターンが繰り返されています。
でも、これは神の大愛だったんですね。「早く気付け!」と叱咤激励してくれてたんですね!

ZERO様が書かれている「気づきを得るまでは」とは、「覚醒するまでは」の意味ですか?
Posted by 零子 at 2014年08月02日 19:46
p.s.

ちなみに、お祓いらしきものはこの方に2年前にして戴いたことがあります。

http://s.ameblo.jp/houshuu8888/
http://s.ameblo.jp/houshuu8888/entry-11304906853.html?frm=theme

法要中には全くわかりませんでしたが(^◇^;)

昔は色んな物事を理屈っぽく言うのが好きでしたが、それも学歴も何もない自分のコンプレックスの裏返しだったのでしょうし、母親もそんな捻くれた娘が憎らしく思えたのかもしれません。

多分、自分の寿命は他人に比べて長くはないでしょう。私が昔好きだったり憧れたりした有名人は何故か一様に早逝していますので昔からそんな風に思っていました。
Posted by 隠れ千円(先生) at 2014年08月02日 21:12
なんか仕事がお忙しいみたいですね。

もういいです、自分で考えられますし。大層な話でもないですから。

自由人は徒党を組まない。
メンタル体が発達したら、もう何かを信じるということが難しくなる。
信じようにも信じられなくなる。
当然、何かに依存するなんて事実上不可能になる。
神であろうが、サタンであろうが、仏であろうが、師であろうが。
ダルマも無常になる。あらゆる束縛から脱する。

束縛なんてあるのかどうかわからない。
ただちょっと脇に退いて道を空けてください。
それがあなたの教えだったはずでしょう。

なんて言って済む世の中になればいいです。

それじゃあ。一期一会が別れの美学。
Posted by 2ちゃねらー at 2014年08月05日 12:02
2ちゃんさん、こんにちは。

>ZEROさんは32歳の頃に悪抱き参らせたと言っていますよね。
(副守護神というのはこれかな)

魔界戦争(リアル内観)でシャドー(魔王)を統合したのは30歳の時ですが、
それから2年間様々な修行生活と内観を続けて、
ようやく今まで眠っていた魂の意識が覚醒して2つの意識になり、
外側の世界を内側だと認識する感覚が生まれてきました。

その前に「左右反転」という奇妙な感覚が生まれましたが、
その感覚も普段は認識しないながらも、
実はその感覚を持って生活していることが最近わかりました。

これは非常に説明が困難です^^;


>額の目はそれ以前に開いていたんですか?

27歳の頃から太陽瞑想を習慣にして、
レイフラッシャーというチャクラ開発機器も使っています(笑)


>ローマ教皇とルシファーの話は興味深いですけど。
これも投映でしょう?象徴的な出来事のような感じがします。


もちろん、投影以外の何ものでもありませんが、
私が訴え続けてきた「善悪統合」の前段階の「善悪反転」の
人類の集合的無意識における象徴的出来事だと思います。


>善(ポジティブ)と悪(ネガティブ)を経験して、
成長できるというのがアセンションでしょう?

そうだと思います。


>闇を探求している自分と、鏡に映る世界です。
なんだかそれも霊的成長のプロセスに組み込まれた出来事の一環ように感じています。
精神の探求なのかな?

これもその通りだと思います。


>あんまりブレすぎて、現実離れしないように地に足はつけていたいです。

「霊体一致」が真理なので、それが大切ですね。


>ZEROさんは仕事勤めに出てるから、最近は忙しいですか?
ブログと両立は大変なのではと思ってしまいますけど。

日記に書いていますが、まだ仕事務めには出ていませんよ^^;



隠れ千円(おぼんだま)さん、こんにちは。


>先日も家賃が払えなかったら即退去と別ブログで書いておきながら、全く実生活とは関係のない内容でこちらを更新していたので、
『ブログなんか書いている場合なんですか?!』
と普通に思ったことを書きましたらそれがお気に触ったようで
『それは僕や読者に対して"失礼"』
という『は?!』と首を傾げてしまうようなことが書いてあって本当にたまげました。


「気に触った」という捉え方が根本的に誤りです。

あなたの認識ではそれが事実なのでしょうから、
それはそれであなたの投影であり、
なぜそのような捉え方をしたのか理解する必要があります。


>生きる主軸や価値が
『ブログ』(たかが)
にあることに驚きました。
どれだけ高尚なことを書いていようがいまいが、
『ブログはブログ』
に過ぎません。
シーサーさんが店仕舞いして、一気にサーバを片したら、
『自分の家賃よりも命よりも大切で命がけ』
で記し、護ってきた、侮辱したら死罪にも値するような
『ブログ』
は、一瞬のうちに消滅するというのに。


それは世界観の偏り(強烈な自我)ではないですか?

目に見える世界を主体としていればそうなります。

あなたは何か作品を作って、
それを他者に評価されたいという自分の自我の価値観に基づいて、
色々な物事を勝手に機械的に判断しているのではないですか?

ブログは消滅しても、
リアルタイムで「理解〜意識進化」に繋がる読者がいます。

リアルタイムで「理解〜意識進化」に繋がらなくても、
潜在意識には入っているので無意味ではありません。
また、集合的無意識にも少なからず影響を与えます。


>『命よりも大切な読者のために』

私はそうのようなことを書いた記憶はありませんが、
これはどういう意味ですか?


>綴られ更新される内容は、大半が市販されている本の転載だったりします。
彼自身もそれなりの考察を書かれてはいるでしょうが、半分はおんぶに抱っこ、彼はそうすることで説得力が増すと言っていますが、虎の威を借る狐にしか私には見えません。
他のスピリチュアルブログは自説をご自分の言葉でキチンと立証されています。


それはあなたにとっての事実に過ぎません。
まず、あなたはこのブログが自分の投影であることを理解しようとしません。

「釈迦は私の言葉でも直ちに信じるな」と言いました。

信じる信じないを超越して自分で認識できるようになるためには覚醒が必要ですが、
その基盤となる「知識」を受け入れるためには1人の話を信じるのは危険です。

だからと言って、多くの人が「こう言っているから」もアテにできません。
私の意図が伝わらないなら仕方がありません。
根本的に思い違いをされているようなので……。

色々な文献を紹介することがいけないことですか?
それによって理解を深める人も多くいます。
また、その本や著書に興味を持つ人もいます。

おそらく、あなたが言いたいことは、
「引用ばかりしていても尊敬できない」
というようなことだと思いますが、
私は自分が高く評価される為にこのブログを更新しているのはありません。

私にはそのような自我はありません。
「自分が評価されたい」という願望や価値観を私に投影していることが分かりませんか?
本当の意味で、あなたの世界に私など存在していないのです。
私という人間の存在も、このブログ記事も、
そしてそれを読んだあなたの感想や感情も、
すべてあなたが映し出している投影です。


>スピリチュアルブロガーを『崇拝』する必要は、私は全くないと考えます。
尊敬と崇拝は違います。

どちらも自我(自他分離観念)ですが、
真我に目覚めた状態というのは、
全人類を崇拝(他者の本質=真我を自分と同じ神と認識するという意味)
できるようになることでもあります。


>しかし、それに対する彼の『返答』に直接"傷付いた"のも事実です。
まるで自分の母の存在を、根底から否定されたように感じました。

それはあなたの認識・受け取り方です。
あなたの世界の私はあなたの投影に過ぎません。

あなたのその認識の仕方があらゆる苦を生み出すことに気づかせるためには、
多少の荒治療も必要です。

私の世界ではあなたは私の投影です。
当然ながら、他者の自我に対しても、
自分の自我に対する対応・処置と同じです。
体の矯正にも心の矯正にも痛みは伴うものです。


>今回、彼にそんな母親の存在を根底から否定されたように感じたことは、かえって思いもよらず、私の本当は母親に愛されたかった、母への愛を心の奥底から引き出しました。

あなたにとっては「思いもよらず」かも知れませんが、
あなたのハイヤーセルフや私にとっては必然です。


>先ず『許さない』なくして、本当の『許し』はありえないと、賢者テラさんの先日のブログにありました。先ず起こる、自分の正直な気持ちを『自我はダメ』と否定しては本当の許しはあり得ないと。
頭だけで、文字だけで『自我はダメ、真我のさまたげ』と念じたって納得出来る訳がありません。そんなのいつまで経っても進みません。そんなの本当の『意識進化』ではないのではないかと私は思います。
ええ、理知的、理論的な彼にとっては全くお話にならないでしょう。


私も同じことを何度も書いてきましたが、
一体何を理解されているのでしょうか?


>例え自殺を目撃しようが、私はそれに引きずられたりしません。
私以外にも見ていた人たちの中には生活感たくましい主婦も多数おり、
彼女らは既にそんなことさえ忘れているかもしれません。

顕在意識(自我)では引きずられないと思っても、
それが目撃者の投影なのです。

3次元の世界で見たこと、聞いたこと、体験したことを、
「理解」して「反省」と「感謝」をすることが大切なのです。
もちろん、私がその話を聞いたということは、
私にとっては「間接的に私の投影」です。


改めて注意しておきますが、
今のあなたが求めているのはスピリチュアルとは言えません。
私が「スピリチャル破壊」を提唱していることはご存知でしょう?



零子さん、こんにちは。


そうですね!
マクロな視点で見れば、
カルマの法則は「神の大愛」です。

「気づきを得るまでは」というのは、
最終的には「覚醒するまでは」という意味ですが、
過去の人生や日常生活の中での出来事に対する
小さな気づき(理解)のことです。

しかし、覚醒してからも、
「小さな気づき」や「大きな気づき」は続きます。
意識進化の道に終わりはないですからね^^
Posted by ZERO at 2014年08月05日 22:33
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