2014年07月04日

皇道経済論と日月神示の金言集とトイレ掃除で金運UPの根拠

出口王仁三郎は救国運動を目的として、
昭和神聖会という大本系の団体を設立し、
副統管だった内田良平が『皇国経済考』という本を出版した。


内田良平は、黒龍会の主幹で、大日本生産党の初代総裁である。

「黒龍会は、明治34年1月に設立された国家主義(右翼)団体である。
海外では日本の壮士集団として恐れられていた。
現在に続く右翼の源流といわれる。
1946年、GHQ当局によって、
最も危険な影響力のある国家主義団体として解散させられた」

(Wikipedia)


昭和神聖会も、800万人の賛同者を得ていたが、
国家転覆と見なされ、第2次大本事件によって、
王仁三郎は再び投獄されることになった。


王仁三郎は「出獄の意見書」で、次のように述べている。

「ヨハネが野に叫んでキリストにおうたのが3年6ヶ月目やった。
日になおすと1260日めや。これをつづめりゃ126日めになるわな。
わしが出てきた今日は逮捕の日から数えりゃ、ちょうど126日めや。
神さんの定めはった時にピタリおうとるやないか」



釈迦・イエス・マホメット・聖徳太子の予言は、
「1260(日・年)」の周期をベースに組み立てられているが、
これは火星・木星・土星の3惑星の周期である60年の21倍で、
倍の「2520」が『旧約聖書』の「ダニエル書」に登場する
「メネ・メネ・テケル・ウパルシン」の合計数となっている。

更に、ノストラダムスの予言が終わる「3797年」は、
1260年の3倍の「3780年」に極めて近く、
ノストラダムスは月やその他の天体周期も取り込んで、
より正確な数値を割り出したと考えられている。


また、「ヨハネの黙示録」の「艱難の7年」に対応する言葉で、
『日月神示』には「三年と半年、半年と三年」と示されているが、
この3年半も日数にすると1260日となる。

この辺りの詳細に興味があれば、以下の記事を参照して頂きたい↓

出口王仁三郎とイエス・キリストの謎
反キリストの予型「出口王仁三郎」の謎


ちなみに、「黒龍会」を検索すると、
私の写真が出てくるから嫌である(笑)

以前、黒龍会についての記事を書いた影響で、
画像検索で昔の私の写真が一番に出てくる^^;

140703_1523~01.jpg


さて、私はこの「皇道経済」というものに
以前から多大な関心を寄せているのだが、
少し小難しくて勉強する暇もなく今日まで来た。


まずは、『日月神示』に示されている
文字通りの金言集を見ていくことにしよう。


「臣民まだ眼覚めぬか、金のいらぬ楽の世になるぞ」

「金では世は治まらんと申してあるのに
まだ金追うてゐる見苦しい臣民ばかり、金は世をつぶす本ぞ」



私はその先駆け、または型示しとして生きているわけだが、
あと20年くらいは貨幣社会が続くので、
霞を食べていても今はまだお金が必要な時代である。


「幾ら貧乏だとて犬猫とは桁違うがな。
それで何不足申しているのか。
まだまだ天地へ引き上げるぞ」



私は犬や猫と同等か、それ以下である(笑)

金運の~1.JPG


ここからが本当の『日月神示』の金言集である。


「金持つと金の地獄、理屈もつと理屈の地獄に、
神に捉はれると神の地獄に落ちて苦しむぞ。
持たねばならんし、中々ぢゃなぁ」



「神と金と二つに仕える事は出来ん。
そのどちらかに仕えねばならんと、
今までは説かしていたのであるが、
それは段階の低い信仰であるぞ。

影しか分からんから、時節が来て居らんから、
そう説かしていたのであるが、
この度、時節到来したので、マコトの道理説いて聞かすのじゃ。

神と金と共に仕えまつるとは、
肉と霊と共に栄えて嬉し嬉しとなることぞ。
嬉し嬉しとはそのことであるぞ。
神と金と二つとも得ること嬉しいであろうがな。

その次には霊の霊とも共に仕えまつれよ。
まつれるのであるぞ。
これが、まことの正しき理であるぞ。
今までの信仰はどこかに寂しさ、
もの足り無さがあったであろうが。
片親がなかったからぞ。
天に仕えるか、地に仕えるかであったからぞ。
この道はアメツチの道だと知らせてあろうが。

清くして富むのがまことじゃ。
地も富まねばならんのじゃと申してあろうが。
これから先は金儲けばかりも出来ん。
今までの様な、神信心ばかりも出来ん。
神の理を進む者は嫌でも金が貯まるのじゃ。
金が貯まらねば深く省みよ。
理に外れて御座るぞ。
人は罪の子でない喜びの子ぞ」



「金を拝めば金が流れてくるぞ。
金を拝み得ぬイコヂさがそなたを乏しくしたのぢゃ。
赤貧は自慢にならん。無神論も自慢にならん。
清貧はまけおしみ、清富になれよと申してあろうが。
清富こそ弥栄の道、神の道、大神のマコトの大道ぞ」



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私は神の理に外れているのだろうか(笑)

そうかと思えば、神の理に外れた大富豪も多いが、
そのような人たちはこれから転落していくはずである。


経済学者などによる通説では、これから中間層が消滅し、
5%の勝ち組と95%の負け組に分かれるという。

つまり、5%の富裕層と95%の貧困層に二極化するらしい。

もしそうなれば、5%の人たちは詐欺師にたかられたり、
強盗に襲われたりなどして、安心して生活できなくなる。


というよりも、犯罪大国になることは必至で、
韓国が既にそのような状態になって来ているという。

だが、5%の富裕層と95%の貧困層は極端だと思う。


世界恐慌が起これば話は別だが、『日月神示』に基づけば、
身魂を磨いている人は自然に清富になっていくようである。

逆に、汚れた金を蓄えてきた金の亡者のような人は、
何らかの形で財を失うことになるだろう。

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さて、「金を拝めば金が流れてくる」とのことだが、
これは拝金主義とは意味が違うので注意して頂きたい(笑)


具体的に、お金を拝むとはどういうことなのか……。

お金もエネルギーであると同時に、素粒子で出来ているが、
素粒子には意識があるのでお金にも意識があることになる。


つまり、お金を大切に扱うという意味に受け取れるが、
『日月神示』には次のようにも示されている。

「何神様とハッキリ目標つけて拝めよ。
只ぼんやり神様と云っただけではならん。
大神は一柱であるが、あらわれの神は無限であるぞ。
根本の、太ヒツキ大神さまと念じ、
その時その所に応じて、特に何々の神様とお願ひ申せよ」



神はエネルギーであり、
その種類によって働きが異なるということだが、
お金を求める時はどの神に祈れば良いのだろうか。

「十柱とは火の神、木の神、金の神、日の出の神、竜宮の乙姫、
雨の神、風の神、地震の神、荒の神、岩の神であるぞ」



実は、「金の神」というのが存在するのである(笑)

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金の神とは「金勝要神」のことだが、
王仁三郎の『霊界物語』に次のように書かれている。

「大地の金神を金勝要神と称するは、
大地の金気の大徳によりて固成され、
この神の身魂によりて凝縮保維されてゐるが故なり」



金勝要神は大地の金神なので、
別に「お金の神様」というわけではないが、
「大地の金気の大徳によりて固成され」
と示されていることから、
金運とは無関係ではないだろう。

金勝要神について調べると、意外なことが判明した。
『霊界物語』には次のように書かれているという。


「不思議に堪へずして、自分は金色燦爛たる珍玉の明光を拝して、
何となく力強く感じられ、眺めてゐた。
次第々々に玉は大きくなるとともに、水晶のごとくに澄みきり、
たちまち美はしき女神の御姿と変化した。
全身金色にして仏祖のいはゆる、紫摩黄金の肌で、
その上に玲瓏透明にましまし、白の衣裳と、
下は緋の袴を穿ちたまふ、愛情あふるるばかりの女神であつた。
女神は、自分の手をとり笑を含んで、

『われは大便所の神なり。汝に之を捧げむ』
 
と言下に御懐中より、八寸ばかりの比礼を自分の左手に握らせたまひ、
再会を約して、また元のごとく金色の玉となりて中空に舞ひ上り、
電光石火のごとく、九重の雲深く天上に帰らせたまうた。

その当時は、いかなる神様なるや、また自分にたいして何ゆゑに、
かくのごとき珍宝を、かかる寂寥の境域に降りて、
授けたまひしやが疑問であつた。
しかし参綾後はじめて氷解ができた。

教祖の御話に、

『金勝要神は、全身黄金色であって、大便所に永年のあひだ落され、
苦労艱難の修行を積んだ大地の金神様である。
その修業が積んで、今度は世に出て、
結構な御用を遊ばすやうになりたのであるから、
人間は大便所の掃除から、歓んで致すやうな精神にならぬと、
誠の神の御用はできぬ。それに今の人民さんは、高い処へ上つて、
高い役をしたがるが、神の御用をいたすものは、
汚穢所を、美しくするのを楽んで致すものでないと、
三千世界の大洗濯、大掃除の御用は、到底勤め上りませぬ』

との御言葉を承はり、かつ神諭の何処にも記されたるを拝して、
奇異の感に打たれ、神界の深遠微妙なる御経綸に驚いた」


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金勝要神の本質はあくまでも大地のエネルギーの一種だが、
その霊統の人格神として、
黄金に輝く「トイレの女神」として顕れているというのだ。

出口ナオが見たその姿は、
恐らく、金勝要神の象徴としての幻視であり、
実際にトイレにそのような神がいるわけではない。


そのようなことを信じるのは迷信で、
トイレの花子さんと大差はないと言えるが、
トイレ掃除で金運がUPする確かな根拠ではある。


「根本の、太ヒツキ大神さまと念じ、
その時その所に応じて、特に何々の神様とお願ひ申せよ」



太ヒツキ大神と書かれているが、
正式には「大日月地大神」である。


つまり、

大日月地大神(オオヒツキクニノオオカミ)

と念じた後、

金勝要神(キンカツカネノカミ)

に、金運招来をお願いすれば良いということになる。


シンプルに、金(キン)の神でも良いが、
言霊的に「金勝要神」と言った方が効果的だと思う。

但し、お願いといっても、やはり「過去完了形」で決定し、
実現したことを前提に、感謝の祈りを捧げるべきであろう。



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posted by ZERO at 05:41| Comment(0) | ビジネス・経済哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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