2014年07月02日

イルミナティの黙示録と大和魂

このブログの名前は最初、「スーパーゼウスの黙示録」で、
次に「イルミナティの黙示録」にネームチェンジを考えたが、
「ルシファーの黙示録」に変更した後、
「LUCIFERの錬金術」に改名して落ち着いた。


先日、画像検索でたまたま、
「ルシファーの黙示録」という本を見つけた(笑)

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著者の泉パウロ氏は牧師で、
昔、この人の本を読んだことがあるが、
ありきたりな内容のガチガチの陰謀論系で、
イルミナティやフリーメーソンの本質を分かっていない。

このような書き方をすると、
批判しているような捉え方をする人がいると思うが、
私には批判する心がないので批判はしていない。

だが、否定しているといえば否定はしている。

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占星術研究家の高橋徹氏は、
『201X年 終末大予言の秘密』の中で次のように述べている。


「近年のユダヤ・フリーメーソン批判に関して、
戦前の教育を受けて育った人たちが右翼的な傾向を丸出しにして、
フリーメーソン批判をするのは心情的にはわかる。
しかし、戦後十分に西洋化された教育を受けた人間、
スーパーやコンビニで商品を買い、
文明的な生活を営んでいる普通の人間、
このアメリカ的な現代社会に生きる若者までもが、
フリーメーソンの批判をするなら、
それはまず自己批判から始まるべき筋合いのものだろう。
なぜなら、戦後の改革という名のもとに行われた様々な政策は、
すでに私たち現代人の心の中や行き方そのものに浸透し、
もはや私たち一人ひとりがメーソン化している事実に
目を向けるのが当然だからである」


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確かにその通りだと共感するところだが、
この意見も実はフリーメーソンを理解できていない。

何故なら、フリーメーソンが
陰謀組織であることを前提とした話だからである。
飛鳥昭雄氏は次のように警告している。


「世の中、常に表と裏がある。
フリーメーソンにも、表と裏がある。
ダーティーなイメージだけを強調していては本質を見失う。
というより、何もわからない。
そもそも、外部の人間がわからないようにできているのだ。
なぜなら、フリーメーソンの根幹はカッバーラだからだ。
カッバーラを知らない者は、絶対にフリーメーソンを理解できない。
カッバーラをユダヤ教の黒魔術としか認識できない者は、
永遠に出口のない迷宮をさまよう。
フリーメーソンを批判しているつもりが、
実は自分を攻撃していることに気づかない。
下手すれば、生命の樹からすべり落ち、自らが深い闇へと落ちていく」


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要するに、「闇の権力」と呼ばれている
イルミナティやフリーメーソンの暗黒面も、
自分自身の投影に他ならないということである。

また、それを支配している悪神の正体は、
人類の集合的無意識の暗黒面、
つまり、副守護神の集合体ということになる。


『日月神示』にも、このように示されている。

「外にあるもの内にあるぞ」

「世界がそなたに映っているのぞ。
世界見て己の心早う改心致されよ」

「何事も咎めるでないぞ。咎める心、天狗ぞ」

「悪く言われるとメグリ取ってもらえるぞ。
悪く言うとメグリつくるのぢゃ。
心にメグリ積むと動物のイレモノとなるぞ」

「己の行できておらんと、人の悪口言わなならんことになるぞ」


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悪神及び、悪神の機関である「闇の権力」は、
ミロクの世を創造する「御用の悪」でもあり、
『日月神示』は次のように示している。


「悪を悪と見るのが悪」


「悪も御役であるぞ。
この道理よく腹に入れて下されよ」


「罪を憎んでその人を憎まずとは悪のやり方、
神のやり方はその罪をも憎まず」


「悪も神の御働きと申すもの、悪にくむこと悪ぢゃ。
善にくむより尚悪い。何故に判らんのか」


「今あるもの、今生きているものは、
たとえ極悪ざと見えても、
それは許されているのであるから、
あるのであるぞ。他を排すでないぞ」


「悪を抱けよ。消化せよ。浄化せよ。
何も彼も太神の許し給えるものなるが故に存在する」


「大神は大歓喜であるから悪をも抱き参らせているのであるぞ。
抱き参らす人の心に、マコトの不動の天国くるぞ。
抱き参らせば悪は悪ならずと申してあろうが」


「善のみにては力として進展せず、
無と同じこととなり、悪のみにてもまた同様である。
故に神は悪を除かんとは為し給わず、
悪を悪として正しく生かさんと為し給うのである。
何故ならば、悪もまた神の御力の現れの一面なるが故である。
悪を除いて善ばかりの世となさんとするは、
地上的物質的の方向、法則下に、
総てをはめんとなす限られたる科学的平面的行為であって、
この行為こそ、悪そのものである。
この一点に地上人の共通する誤りたる想念が存在する。
悪を消化し、悪を抱き、これを善の悪として、
善の善悪となすことによって、三千世界は弥栄となり、
不変にして変化極まりなき大歓喜となるのである。
この境地こそ、生なく、死なく、光明、弥栄の生命となる」


「すべての善は、・より起こり、・に還るのと同様、
すべての悪もまた・より起こり、・に還る。
故に、神をはなれた善はなく、
また神をはなれた悪のみの悪はあり得ないのである。
殊に地上人はこの善悪の均衡の中にあるが故に、
地上人たり得るのであって、悪を取り去るならば、
地上人としての生命はなく、また善はなくなるのである。
この悪を因縁により、
また囚われたる感情が生み出す悪だと思ってはならない。
この悪があればこそ、自由が存在し、生長し、弥栄するのである。
悪のみの世界はなく、また善のみの世界はあり得ない」


「地上人は絶えず、善、真に導かれると共に、
また悪、偽に導かれる。
この場合、この平衡を破るようなことになってはならない。
その平衡が、神の御旨である。
平衡より大平衡に、大平衡より超平衡に、
超大平衡にと進み行くことを弥栄というのである。
左手は右手により生き動き、栄える。
左手なき右手はなく、右手なき左手はない。
善、真なき悪、偽はなく、悪、偽なき善、真はあり得ない。
神は善・真・悪・偽であるが、その新しき平衡が新しき神を生む。
新しき神は、常に神の中に孕み、神の中に生まれ、神に育てられつつある。
始めなき始めより、終わりなき終わりに到る大歓喜の栄ゆる姿がそれである」


「霊人に於いては、善悪の両面に往することは、
原則として許されない。一時的には仮面をかむり得るが、
それは長く続かず、自分自身絶え得ぬこととなる。
地上人といえども、
本質的には善悪両面に呼吸することは許されていない。
しかし、悪を抱き参らせて、
悪を御用の悪として育て給わんがために
課せられたる地上人の光栄ある
大使命なることを自覚しなければならない。
悪と偽に、同時に入ることは一応の必要悪、必要偽として許される。
何故ならば、それがある為に弥栄し、進展するからである。
悪を殺すことは、善をも殺し、神を殺し、歓喜を殺し、
総てを殺す結果となるからである」


「悪魔の仕組はこの方には判りているから一度に潰す事は易いなれど、
それでは天の大神様にすまんなり、悪殺してしまうのではなく、
悪改心さして、ミロクの嬉し嬉しの世にするのが神の願いざから、
この道理忘れるでないぞ」


「悪の総大将よ、早よ改心なされ。
悪の神々よ、早よ改心結構であるぞ。
いくら焦りてあがいても神国の仕組は判りはせんぞ。
悪とは申せ大将になる身魂、改心すれば、
今度はいつまでも結構になるのぞ」


「悪も御苦労の御役。この方について御座れ。
手引いて助けてやると申してあろが。
悪の改心、善の改心、善悪ない世を光の世と申すぞ」


「悪も善に立ち返りて御用するのざぞ、
善も悪もないのざと申してあろがな」


「悪の世が廻りて来た時には、
悪の御用する身魂をつくりておかねば、善では動きとれんのざぞ。
悪も元を正せば善であるぞ、その働きの御用が悪であるぞ、
御苦労の御役であるから、悪憎むでないぞ、
憎むと善でなくなるぞ、天地にごりてくるぞ」


「今日までの御教は、悪を殺せば善ばかり、
輝く御代が来ると云ふ、これが悪魔の御教ぞ。
この御教に人民は、すっかり騙され悪殺すことが
正しきことなりと、信ぜしことの愚かさよ。
三千年の昔から、幾千万の人々が、悪を殺して人類の、
平和を求め願ひしも、それははかなき水の泡、
悪殺しても殺しても、焼いても煮てもしゃぶっても、
悪はますます増えるのみ、悪殺すてふそのことが、
悪そのものと知らざるや、神の心は弥栄ぞ。
本来悪も善もなし、ただ御光の栄ゆのみ、
八岐大蛇も金毛も、邪鬼も皆それ生ける神、
神の光の生みしもの、悪抱きませ善も抱き、
あななふ所に御力の、輝く時ぞ来るなり、善いさかへば悪なるぞ。
善悪不二と云ひながら、悪と善とを区別して、導く教ぞ悪なるぞ。
ただ御光のその中に、喜び迎へ善もなく、悪もあらざる天国ぞ、
皆一筋の大神の、働きなるぞ悪はなし」


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「浄化せよ」と書かれていたが、
世界の雛型である日本の国民がまず、
自らの副守護神を改神させて、
汚れた潜在意識と悪想念と悪しき言葉を浄化することで、
人類の集合的無意識が浄化されて、
悪神及び「闇の権力」が改心することになるのである。


「新しきカタはこの中からぞ。
日本からぞ。
日本よくならねば世界はよくならん」

(日月神示)


また、副守護神を改神させる為には「食事改革」が必要である。

戦後、GHQに押し付けられた誤った現代栄養学によって、
日本人の心身を狂わせられ、大和魂を抜かれてきたが、
食事改革によって大和魂が復活し、
「闇の権力」に勝利することができるのである。


「神憑かれる肉体たくさん要るのぞ。
今度の行は○(身)を綺麗にする行ぞ。
掃除できた臣民から楽になるのぞ。
どこに居りても掃除できた臣民から善き御用に使って、
神から御礼申して、末代名の残る手柄立てさすぞ。
神の臣民、掃除洗濯出来たら、この戦は勝つのぞ。
今は一分もないぞ。これで神国の民と申して威張っているが、
足元からビックリ箱が開いて、
四ツん這いになっても助からぬことになるぞ」

(日月神示)

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須藤アキオ氏は『王仁三郎の霊界物語は科学でこう解ける』
の中で、次のように述べている。


科学の発達は《実数の世界(物質界)》
の完成期を意味するわけだが、
人間の愚かな欲望なくして、
科学はこれほど短時日には発達しなかっただろう。

よく「戦争は発明の母」などといわれるが、
これを主張するのは不遜だが、ある意味で至言である。

戦争が発明を促し、これを繊細にしてゆくのも、
また、人間の欲望以外の何ものでもない。

つまり、戦争といった破壊衝動や、大自然(神)から離れ、
華やかさへ憧れる気持ちは、物質界完成のための副産物であり、
これらを『霊界物語』は「三種の悪霊」と表現している。

これも決してお伽話ではなく、
《虚数の世界(神霊界)》における
〈影のエネルギー〉が活動する様を、
人間の頭脳が、《実数の世界》の造形物をもとに、
「蛇」「狐」「鬼」と勝手に変換した象徴である。

結論から言えば、人間が大自然(神)から離れ、
これを破壊せんとする活動力を「悪霊」というのであって、
実際に蛇や狐や鬼がいるというのではない。

あまりいい表現ではないが、サタンとは、
物質界を完成させるための必要悪――龍神の暗黒面であり、
「悪狐」「邪鬼」は副産物――汚穢である。

神々が《虚数の世界(神霊界)》の正(+)の
〈影のエネルギー〉ならば、
悪霊は負(−)の〈影のエネルギー〉である。

『霊界物語』では、盤古大神・大自在天神には
悪霊が憑依していたとしているが、これなどは本来、
正(+)の〈影のエネルギー〉であるはずの活動力が、
本来の意義に反した活動状態になったことを意味している。

この極陰性の悪霊の活動がなければ、
《実数の世界(物質界)》も、これほど早く完成しなかっただろう。


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「闇の権力」はミロクの世の基盤となる
物質界を完成させるための「御用の悪」であり、
その為に科学を発達させてきたのである。

それを支配する悪神・盤古大神こそ、
人間に物質的豊さと科学的知識を与えてくれた神であり、
ユダヤ教徒やキリスト教徒信仰してきたアトンなのだ。


パソコン、携帯電話、テレビ、電車、自動車、飛行機、
政木和三氏が発明した3000件もの生活機器や医療機器、
意識進化を促すヘミシンク装置やミニロゴストロン等、
全ての文明利器が悪神のエネルギーの産物なのである。


善悪統合においては、善も悪も等しく裁かれる。

裁きとは内観、内観とは外観、外観とは生きていること、
生きているとは死んでいることである。


霊と肉は方向性が違うから、
それを統合しなければ中道は分からない。

陰謀論を研究したり、読んで楽しむのは構わないが、
それは次元の低いことで、ネガティブなことでもある。


憤りを感じて批判したり、対抗意識を持つのは、
自我の自他分離観念に基づいた悪想念なので、
全ての原因と責任が自分にあることを理解し、
食事改革と内観と言霊で自分自身を浄化するべきである。

「闇の権力」に対して怒るということは、
鏡に映った自分の姿を見て怒っているのと同じことなのだ。

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闇の権力を支配しているのは悪玉宇宙人だという説があり、
私はそのような話は信じていないのだが、
まことしやかに世間に浸透している。

元陸上自衛隊陸将補の池田整治氏は、
『ついに来たプラズマ・アセンションの時』
という本を出しているが、表紙には次のように書かれている。


「ムーの末裔たる日本人よ!
縄文・明日香文明の再始動で地球消滅を救え!
出ていけ!宇宙のトラウマを背負った低レベル/エゴ型生命体よ!
地球を操る彼らは今度こそ宇宙の藻屑となるのだ!!」



池田氏とはちょっとした知り合いで何度か話したことがあるが、
上記の文章に対して批判的な記事を書いたことがある。

その理由は、この記事を読んだ読者には説明の必要はないだろう。


で、その後、池田氏は、
『日月神示「悪の御用」とマインドコントロール』
という本を出し、その表紙には次のように書かれていた。

「善も悪も抱き参らせてアセンションさせる超仕組」

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大和魂とは、読んで字の如く「大いなる和の魂」なのだ。


以下の記事も参照して頂きたい↓

「闇の権力」を操る悪神の正体は汝の悪想念である!

汝の正体はイルミナティの黒幕である!

悪神の総大将と「闇の権力」を使った獣の世界支配計画



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posted by ZERO at 05:38| Comment(8) | 意識進化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
素晴らしい記事なのでツイッターで紹介させて頂きました^^

>こんな感じで

集団的慈英権に激おこになる前に世界は「闇の権力」の筋書きで動いている事を知ってほしい。「闇の権力」の陰謀論やら秘密結社やらに対する正しい理解を深めて欲しい。身魂磨きの重要さを知って欲しい>イルミナティの黙示録と大和魂 http://gasorin-king.seesaa.net/article/400733114.html … (RT希望☆)

善悪統合においては、善も悪も等しく裁かれる。
裁きとは内観、内観とは外観、外観とは生きていること、
生きているとは死んでいることである。

アストロ総裁の「総裁」とはまさに内観&外観 善悪統合 生死解決?ですね☆

ワタシも大和魂で「総裁」の御用いたしまするです〜☆^^ 忍忍
Posted by アストロ総裁☆ at 2014年07月02日 07:32
ZERO様こんばんは。

疑問点についてご回答頂ければ幸いです。

>「悪く言われるとメグリ取ってもらえるぞ。
>悪く言うとメグリつくるのぢゃ。
>心にメグリ積むと動物のイレモノとなるぞ」

面と向かってではなく、陰で悪口を言われることも該当しますか?
悪く言われることを私は非常に気にするタイプでしたが、実は歓迎すべきことだったんですね!
Posted by 零子 at 2014年07月02日 19:56
総裁、誠にありがとうございます。

総裁&将軍、今年は私の都合で祇園祭に行けないことをご容赦ください。

さらに、迷惑メールが多いため、受信規制を強化すると、
将軍からのメールが受信できなくなりました^^;

なので、私の携帯にメールして
エラーで戻ってくる人も他にいると思いますが、
決して着信拒否をしているわけではありません。

電話は以前、ヤミ金に電話してから、
毎日知らない番号から電話の嵐なので、
音もバイブも止めているので、
たまたま携帯を触っている時以外は電話に気づきません。

携帯メールを送れない場合はPCメールに送って下さい。
電話も日時を予約してかけてきて下さい。

わたしの京都時代からの親友も昔から、
「何日の何時頃に電話していいですか?」
というメールで予約をしてきます。

しかし、そのメールを見た時は、
その日時を過ぎているということもあります^^;

また、私が「OKですよ」と返信しても、
その日時に携帯の電源が切れていて放置状態だったり、
瞑想していたり寝ていたりするようないい加減さなので、
たまたま繋がったらラッキーという程度に思って下さい(謝)
Posted by ZERO at 2014年07月02日 23:26
零子さん、こんにちは。

以前からコメントを入れてくれる人たちに思っていたのですが、
「ZERO様」ではなく「ZEROさん」でいいですよ^^;

私は人間的に尊敬されるような人間ではありませんが、
もし尊敬して「様」という敬称をつけたい場合は、
私を自分の真我の投影だと思った上で敬愛して下さい。


はい、回答させて頂きます。


陰で悪口を言われることも該当しますね。

しかし、陰で言われていることは、
自分が直接聞いていないわけなので、
自分の世界ではそんな事実はないに等しいのです。

気になるのは、気になる原因があるということです。

自我と言ってしまえばそれまでですが、
確かに、人から悪く思われたりしたくはないものです。

でも、他者というのは自分の投影なのです。

つまり、自分の悪口を言う人は、
自分の悪口を言っているのと全く同じことなのです。

ここをよく理解して下さい。

面と向かって言われようが、陰で言われようが、
その人は自分の投影を見て、自分の悪口を言っているのです。

特に、陰口を言われることは、
自分が直接聞いていない以上、
自分にとって事実ではないんですよ。

ということは、自分とは全く無関係なことであり、
何も気にする必要はありません。

それでも気にしてしまうなら、
何かを理解して浄化する必要があります。

私も昔はとても人の目を気にするタイプでした。

陰で何かを言われているということも感覚的にキャッチして、
孤立するタイプでした^^;

でも、余程のことがない限り、
本気で人のことを悪く思う人はいないものです。

それはきっと、「他者は自分の投影である」ということを、
潜在的に感じているからだと思います。


悪く言われるとカルマが解消するので歓迎すべきことです^^

悪く言われると、決して愉快ではないですが、
私の場合はもう一歩突っ込んで、

「この人に悪口を言わせてしまった=カルマを作らせてしまった」

ということで、

「ご免なさい、許して下さい……」

と、自我では思えなくても、そのように唱えるのです。


傲慢な言い方ですが、私ぐらいになってくると、
悪口を言われると嬉しくなってきます。

でも、決してマゾというわけではありません(笑)


私の場合は、誰かに何かを言われたら、
それが良いことでも悪いことでも、
「この人は自分のことをそう思ってるんだな」と思います。


さっきも日記ブログで書きましたが、
今日の私は散々な目に遭ってさすがに憂鬱になりました(笑)


シンプルな話をすると、
全ては必然・必要・ベストで最善で、
思えなくても「有り難う」と言う。

難が有ったからこそ有り難う。
それによって、負の連鎖が断ち切られます。


私も含めて、人は苦難の人生を歩んでいます。
それは幸福を味わうためなのですね!


零子さんの苦難は一般常識を超えた
ちょっと悲惨な状態だと理解していますが、
それでも人間は生きている間に生まれ変わることができるので、
まずは鏡の話を実践してみて下さい。

明日は、そのことをもっと詳しくく書いた記事をアップします。


Posted by ZERO at 2014年07月03日 00:18
了解です!^^
良ければ八月にサミットできたらいいですね♪
まあ全ては天流れ開催ってコトでw

閣下とはメールが、よく繋がる?
のでワタシはラッキー者です☆笑


Posted by アストロ総裁★ at 2014年07月03日 09:38
総裁ポンプ、こんにちは。

私の予言では、8月には何とか京都に行けそうです^^

携帯同士のメールは普通に受信できますが、
PC系のメールは同じ人でも届いたり届かなかったりするようです。
Posted by ZERO at 2014年07月03日 09:55
ZERO様、いつもご丁寧に私の質問に答えて下さりありがとうございます。
ZERO様が回答して下さった言葉を何度も何度も読み返し、ひとつひとつ噛みしめながら実践しています。
本当に、本当に、感謝しています!ありがとうございます!

ところで敬称の件ですが、私はずっと「師」を探し求めていました。
私の両親(特に父親)は尊敬どころか軽蔑に値するような人間だったので、全幅の信頼を寄せることのできる「師」といつか出会えますようにと、子供の時から祈ってきました。
そしてZERO様(のブログ)と出会うことが出来ました。私はZERO様を勝手に私の師だと思っています。だから、今後もZERO様と呼ばせて下さい。よろしくお願い致します。

>私も昔はとても人の目を気にするタイプでした。
>陰で何かを言われているということも感覚的にキャッチして、
>孤立するタイプでした^^;

私も感覚的にキャッチするタイプです!
で、相手に「陰で私の悪口を言っていることを知っている」ということを、それとなく匂わすタイプです。(笑)

>面と向かって言われようが、陰で言われようが、
>その人は自分の投影を見て、自分の悪口を言っているのです。
>特に、陰口を言われることは、
>自分が直接聞いていない以上、
>自分にとって事実ではないんですよ。

なるほど。く理解できました。
私がなぜ陰口が気になるのか熟考してみました。
人から「愛されたい」「尊敬されたい」気持ちがあることに気づきました。
他人に愛されなくても、どんな状況でも幸せな気持ちでいられる=「真我に目覚める」だと思っています。1日も早く覚醒できるよう、頑張りすぎずに頑張ります!

「難が有ったからこそ有難う」
素晴らしい言葉ですね!呪文のように唱えています!

>私も含めて、人は苦難の人生を歩んでいます。
>それは幸福を味わうためなのですね!

この言葉に救われました。そして覚醒し、苦難の人生を受け入れ、幸福感・至福感を味わっている自分をイメージして幸せな気持ちになりました。感謝の気持ちもわいてきました。

でもきっと、覚醒した後の方が、心からそ苦難の人生を受け入れられるのでしょうね。

ZERO様、本当にありがとうございます!

ところで、本当に申し訳ないのですが、ZERO様の日記ブログのURLと本物研究所での販売店名を教えて頂けませんでしょうか?よろしくお願い致します。


Posted by 零子 at 2014年07月04日 01:11
零子さん、こんにちは。

実践ありがとうございます^^こちらこそ感謝します。

敬称の件、了解しました。

しかし、本当の師は零子さん自身のハイヤーセルフ(魂の親)です。

でも、ハイヤーセルフと交信できませんね?

私のことを師と思うなら、零子さんのハイヤーセルフが
私に投影されていると思っていいと思います。

>相手に「陰で私の悪口を言っていることを知っている」
ということを、それとなく匂わすタイプです

私は全く正反対で気づかないフリをするタイプでした(笑)

自分が発した言葉で人が怒ったり悲しんだりすると胸が痛くなるので、
それと同じように、私が怒ったり悲しんだりしていることを知ったら、
私の陰口を言った人が胸を痛めるだろうと思ってのことでした。

幼少期はそんな人間でしたね^^;

「愛されたい」「尊敬されたい」は、まさに先日の記事で紹介した
「無理なく自信を高めて周りから称賛される存在になるための秘訣」
=鏡を使ったメソッドで実現できると思います。

いずれ、自他一体を認識するようになってくると、
「愛されたい」「尊敬されたい」という気持ちもなくなっていきます。

自分を愛して、良い意味での自尊心を持てば、自然にそうなってきます。

なので、「愛されたい」「尊敬されたい」という願望を否定するのではなく、
そのような願望があると分かっただけでも立派なことです。

「どんな状況でも幸せな気持ちでいられる=真我に目覚める」

そうですね、
極たまに自我に戻って不愉快な思いをすることもありますが、
それは人間なので仕方がありません。

また、たまにはそのような気持ちにならないと、
普段いかに至福であるかが分かりませんからね^^;

釈迦の考えでは、幸せとは苦から解放された時の状態だそうです。
人生を振り返れば、確かにそのような捉え方もできるなと思います。

ということは、苦悩が大きければ大きいほど、
その苦悩から解放された時の幸福感と一種の悟りは大きなものになります。

>苦難の人生を受け入れ、幸福感・至福感を味わっている
自分をイメージして幸せな気持ちになりました。
感謝の気持ちもわいてきました。

大変素晴らしいです^^
受け入れることで自分の人生を肯定することになります。

そして、すでに幸福であることを決定してみる。
無理やりでも、小さな幸福を見つけて、
ブレインダンプノートに書き出すといいです。

例えば、呼吸ができなければすぐに死んでしまうので、
呼吸ができることも大きな幸福です。

大きな怪我や病気もなく、無事無難の当たり前の生活も、
本当は大感謝すべきことですね。

そのような発想をしていると、
「感謝力」「幸感力」というものが養われ、
「ありがたい」「幸せだ」と思えることが増えていきます。

再び引用を繰り返しますが

>幸福感・至福感を味わっている自分をイメージして幸せな気持ちになりました。
感謝の気持ちもわいてきました

それが「原因」で、その結果(投影)がこの3次元の現象界です。

単なるイメージではなく、
幸福感や感謝の気持ちが伴ったということは、
確実にそれは現実化します^^

あとは、その結果の世界である現象界で、
どれだけ日々の反省と感謝をするかで潜在意識の浄化度が変わってきます。

結果の世界である現象界での感情は、
新たな「原因」でもありますからね。

>でもきっと、覚醒した後の方が、心からそ苦難の人生を受け入れられるのでしょうね

そうですね、これは揺るぎない絶対的な安心感と至福感の獲得なので、
早くみんなにそうなってもらいたいと願っています。

日記ブログはZEROのキャラと違って、
本当にバカバカしいことばかり書いていますが、
PCの方にURLをお送りしておきます。

本物研究所の販売店名は「超人クラブ」です。

船井幸雄氏が「にんげんクラブ」というのを主宰していたので、
それに対抗したネーミングです(笑)

でも、「LCF&Co.」に名称変更する予定です。

LCFはルシファー
&Co.はティファニーのパクリです^^;
Posted by ZERO at 2014年07月04日 07:17
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