2014年07月02日

あなたはマインドコントロールされている!

前回の記事で少し話題に出した池田整治氏は、
マインドコントロールについての本を何冊も出している。

41ls4qIU79L__BO2,204,203,200_PIsitb-sticker-arrow-click,TopRight,35,-76_AA300_SH20_OU09_.jpg


マインドコントロールという言葉はオウム事件で有名になったが、
池田氏は自衛隊陸将補だった頃、上九一色村のサティアンの
強制捜査に自衛官として唯一同行支援した人物である。


で、石原慎太郎は家族ぐるみでサティアンで修行をしていたが、
石原氏は麻原に利用されていたそうである。

石原慎太郎は現在、統一教会系の霊友会の信者だが、麻原が
「尊敬する人は石原慎太郎さん」と言っていた意味が分かる。

asa.png


オウムの幹部は皆エリートばかりだが、
そのような人間でも麻原が命令すれば
殺人や凶悪犯罪を犯すほど洗脳されてしまうのだ。

「俺は絶対に洗脳されない」と豪語する人がいるが、
殆どの人が次の5つの洗脳を受け、それを前提として生きている。


@時間と空間があるという錯覚

Aこの世界が「現実」だという錯覚

B自分や他人が存在するという錯覚

C人は食べなければ生きていけないという錯覚

D人はいつか死ぬという錯覚



いずれも、幻想・妄想・盲信・幻覚・狂信である。

それは少し言い過ぎだが、
この世を現実と思い込んでいるうちは、
A〜Cも現実ということになる。


要するに、洗脳というか催眠にかかっている状態である。

洗脳とマインドコントロールは若干意味合いが異なるが、
ここでは同義語として扱うことにする。


その他、常識や学問やニュースなどによって、
様々な洗脳を受けているのが人間なのだ。

私から言わせれば、池田氏もスピ系のガセネタに
かなり洗脳されやすいタイプである。


つまり、洗脳というのは特殊なことではなく、
TVを見ているだけでも色々な洗脳を受けているし、
普通に生きているだけで誰もが様々な洗脳を受け、
それに支配されて生きているのである。

img_0.jpg


「支配」というのは決して大げさな話ではない。

全ての情報は潜在意識に入り、
人間は潜在意識に支配されているからである。


また、繰り返し見聞することは徐々に観念となり、
その観念によって思考パターンが決まったり、
特定の感情に支配されるようになる。

文字通り、マインドコントロールである。


内観はそれらの観念をチェックしながら外し、
潜在意識を浄化する作業であり、
物事をニュートラルに観ることで
洗脳されにくい脳をつくるメソッドでもある。

脳を洗うという意味での洗脳である。

4479792996.jpg


固定観念、既成概念、価値観、先入観など、
それらは全てマインドコントロールの結果である。

巷の内観道場や内観セミナーの内観は、
私がいう「内観」の初級レベルに過ぎないが、
それでもそれなりの効果はある。

そのような所に行かずに、自宅で内観をすることが重要だが、
私がメルマガ登録をしている内観道場のメルマガを転載しておく。

news090915.jpg


こころをめぐる話ー内観に学ぶ NO125
内観と怒りとマインドコントロールと

            発行者 白金台内観研修所 本山 陽一
Mail to: zan25224@nifty.com
http://www.shirokanedai-naikan.com/index.html


今年も6月13〜15日まで37回目の日本内観学会大会が、
鹿児島で開催された。
私にとってこの大会は、学会というより懐かしい顔に会える
一年に一度の同窓会のようなものである。
懇親会では、懐かしい顔、新しい顔との談笑に花が咲いたのだが、
その中で2人の方から気になる質問を受けた。

その二つの質問を今回の表題にしてみた。


最初は、ある精神科医の集中内観中の怒りの扱いについての質問である。

内観法の三つの視点(してもらったこと、して返したこと、
迷惑をかけたこと)では、内観者の内面の怒り、
憎しみ等のネガティブな感情について触れない構造になっている。

内観法の三つの視点で一週間調べていくと、
ほとんどのケースで感謝の気持ちが増し、
怒り憎しみはいつの間にか消滅していて自然に問題解決が図られる。


多くの場合は、このようなプロセスで内観の効果が表れるのだが、
中にはこれだけではなかなか難しいケースもある。
それは大きく分けると二つのタイプが考えられる。

その一つは、怒り、憎しみの程度が強烈な場合である。
いろいろな人々の心の声に接していると、
人間の感情の深さには限りがないと思わされることが時々ある。


ある程度以上の深い感情は、理性ではコントロールできない。
強い怒りや憎しみに支配されている人は、
頭では内観の三つの視点の意味を理解して
それを実行しようとするのだが、いざ内観してみると
強烈な怒りや憎しみが心の奥から湧き上がってうまくいかない。

意識がその怒り憎しみに支配されてしまい、いつまで経っても
内観の三つの視点に集中できないために内観が進まないのである。


もう一つは、自分の中にある怒り憎しみに気づいていない場合である。
このケースは、集中内観の三つの視点は抵抗なくできるので、
一見内観が順調に進んでいるように見える。

しかし、リアリティーが伴わないのでなかなか内観が深まらず、
次第に焦りや不安を訴え始める。
このタイプの人々の声を聴いていると、幼い頃より両親をはじめ
周りの眼を気にしすぎて過剰適応したために、自分の意思を
自由に表現する体験が乏しいという傾向があることがわかる。


周りの眼を意識して適応しようとしすぎたために、
無意識に自分の感情を抑える癖がつき、
そのうちに自分の感情がわからなくなっているようである。

当然、ネガティブな感情からも逃避し抑圧するようになって、
次第に自分の中にある怒り憎しみさえ気づかなくなっている。

そういうタイプの人々が、内観の三つの視点を通して
自分の内面に迫り続けると、三つの視点の隙間から表れた
怒り憎しみに、気づき始めることがある。


これらの怒り憎しみの扱いは、
内観を深める上ではとても大切な感情で、
内観の三つの視点だけでは解決できない場合がある。

そこでいろいろな工夫が必要になってくるのであるが、
前述の精神科医も臨床場面でそれを感じて
いろいろと工夫されているようであった。

ただ、その内観の三つの視点を外した工夫を
外観だと批判されることがあるようで、
そのことについて意見を求められたのであった。


私はこの精神科医の苦労はよく理解できたし共感もした。
内観の三つの視点を外すことが一概に外観とは言えない旨の意見を述べた。
現在までも内観学会では、この種の発表はあったが、
療法としての内観をさらに発展させるために、
このようなケースに対する研究が進むことが期待される。


「内観はマインドコントロールではないか?」
という質問にあなたはどう答えるか、
という問いは、ある心理学者からのものであった。

まずマインドコントロールの定義は
「強制ではなく、自分の意思で選択したかのように、
あらかじめ決められた結論へと誘導する技術」
であって、強制力が伴う洗脳とは少し違う。


内観は本人の自由意思を最優先にしており、
集中内観は途中で本人が止めたいといえば中断するようになっている。
強制力が伴わない内観は「洗脳」とは違う、とはっきり言える。

「内観はマインドコントロールではないか?」と質問する人は、
自分が現在マインドコントロールと無縁だと思っている節がある。
しかし、広義にいえば、現在のような情報社会では
全ての人々はマインドコントロールされていると私は思っている。


それは、家庭内のしつけ、学校教育、
マスメディアからの情報等を通じて私たちは知らないうちに
ある価値観を植え付けられているからである。

だからこそ、価値観は、時代によって、国によって、
文化圏によって違うのであろう。
若い女性がダイエットに熱心なのも、
中高年が健康食品に群がるのもマスメディアを利用した
商業資本によるマインドコントロールの結果とも考えられる。


社会心理学が発達した現在では政府や商業資本、
マスコミ等のあらゆる分野で、巧妙に情報を操作して
国民や消費者の意思を一定方向に向けようとしている。
近年はそれが加速しているように私には思える。

もっともマインドコントロールは悪いことばかりではない、
ということを知っておくことも重要である。
マインドコントロールという言葉は、「オウム事件」の時に
有名になったので悪いイメージを持つ方が多いだろうが、
マインドコントロールは脳力開発や病気治療への応用、
子どものやる気を引き出したりもできる。


要するにマインドコントロールは、日常の中に存在するもので、
好むと好まざるとに関係なく、今も私たちの周りに存在するもので
特別なものではないということである。

「自分を知る」ということは、現在の自分がどんな
マインドコントロールに冒されているかを知ることでもある。
自分と他者の関係や自分自身をありのままに、
できるだけ客観的に見直す内観法は、今持っている自分の考え方や
抱いている感情の由来を知ることができる。


つまり、今までの好ましくない先入観念や
マインドコントロールからの解放のキッカケになる方法なのである。

たとえば、離婚問題を抱えて内観研修所に訪れたケースでは、
内観はなんとかやり直せとか離婚したほうがいいとかは一切言わない。


それは自分自身で決めることで、
内観自体は内観者の決断には一切関与しない。
内観が関与するのは、離婚したらこういう長所と短所がある、
やり直したらこういう長所と短所がある
ということをできるだけ正確に調べるだけである。

内観は、どちらを選んでも「こんな筈じゃなかった」
ということになることを避けるために
事実をありのままに見ることだけなのである。


その結果、どちらを選ぶかは本人次第なのである。
むしろ、自立を尊ぶ内観法は、
自分の責任において自分で決定できる人間を尊ぶ。

そして、内観は別れるにしろ、やり直すにしろ配偶者に怨みを残さず、
感謝して次のステージに向かえる積極姿勢の確立にこそ影響を与える。


実際に内観を体験して帰った後のご家族の感想を聞くと、
「うちのお父さんは内観してやさしくなった」という声が聞こえたり、
逆に「うちのお父さんは内観して厳しくなって恐くなった」という声もある。

会社研修でも「内観をしてから謙虚になった」という声もあれば
「自信満々になって前よりも意見を主張するようになった」という声もあった。
内観法を体験してもそこで感じることは人それぞれなのである。


本来の内観法は、ただ事実をありのままに調べるだけで、
そこから導き出す結論は内観者に任せて批判しない。
「あらかじめ決められた結論」に導くマインドコントロールとは
対極にある方法なのである。

そういった意味で、内観法は、一般の日常生活よりも
マインドコントロールに遠い位置に存在する方法と言える。


ただ、マインドコントロールに利用することも可能なので、
信頼のおける内観研修所で研修することが大切である。

◎こころをめぐる話−内観に学ぶ
のバックナンバー・配信停止はこちら

http://archive.mag2.com/0000082870/index.html


転載終了

imagesCAE54HJN.jpg


冒頭で書いた通り、
固定観念、既成概念、価値観、先入観などは、
教育や社会、あるいは経験によって、
マインドコントロールされてきた結果である。

内観には、その洗脳を解く効果があるので、
私には固定観念、既成概念、価値観、先入観は殆どない。


とは言うものの、完全になくなっているわけではなく、
日々、固定観念、既成概念、価値観、先入観に気づいて、
リセットすることに努めている。

何しろ、ニュートラルに物事を観る生き方をしていても、
固定観念、既成概念、価値観、先入観は日々生まれるもので、
そのようなフィルターを外していくことが大切である。


その上で、内観を深めていくことにより、
真我の覚醒へと繋がっていくのである。

普通に生活していて、ある日突然、
何かの拍子に真我に目覚めるということは有り得ない。


覚醒期なので有り得ないことはないかもしれないが、
やはりカルマによって艱難辛苦を経験し、
強制内観をさせられることによって様々な気づきを得て、
その結果として覚醒していくということになるはずだ。

魂にとって、この世界は「内側」であり、夢の世界なので、
人間としての自分が生きていること自体が魂の内観である。


魂が半覚醒すると、そのことを自覚・認識するようになるので、
実際に生きていること自体が人間の自分の内観になるのである。

真我が半覚醒すると、自我の覚醒度が下がって感情も薄くなるが、
自我が存在する限り、感情がなくなることはない。


真我が完全に覚醒すると、自我が消滅すると同時に肉体も消滅し、
それがアセンションと呼ばれる現象だが、真我が半覚醒すると、
自分の自我(思考や感情)を客観的に観れるようになる。


真我が全く目覚めていない人も、
日常的に自分の思考や感情を客観的に観る訓練をすることで、
自分がどのような観念を持っているかが分かるようになる。


覚醒したという人の世界観を学んでいるだけでは、
単なる知識の詰め込みで覚醒に至ることはないので、
以前も書いた通り、内観なくして覚醒なしである。

img_01.jpg


上画は画像検索で出てきた画像だが、
内観の効果について次のように書かれている。

・寂しさが癒され元気になる
・憎しみや恨みの感情が軽減する
・仕事や勉学に対する意欲が出る
・心因性の病気が軽くなる
・精神的な安定や成長が得られる
・自立心が出てくる
・生きて入り実感が得られる
・悩みや問題が解消する
・自分の進む方向が見えてくる
・人間関係が好転する



これらは一般的な内観、
あるいは内観療法と呼ばれるメソッドの効果だが、
ハイパーネオデジタル内観は全く次元の違う覚醒メソッドである。

20090515113425-a35e0.jpg


『日月神示』を降ろした神と同じ霊統のアリオンも、
「自分を観る」という内観メソッドを教えている。

『日月神示』でも内観という言葉こそ使われていないが、
内観に関することが多々散りばめられている。


また、バシャールも内観という言葉は使っていないが、
内観に関することを色々と説いていて、
一例では以下のようなメッセージがある↓

あらゆるすべての感情は、あなたがすでに
「これが正しい」と思っている「観念」の産物です。
「観念」なしには、感情は湧いてはきません。
ですから生活の中で、あなたが自分の感情に気づいているとき、
それをつくり出した観念がどんなものなのかわからないときは、
あなたのその感情やまわりの現実をよく見ることで、
それを探っていくことができます。

「こんな気持ちになるのは、
どんな観念を持っているからなんだろう?」

「この状況の中でこういう気持ちになるのは、
私がどんなことを信じているからだろう?」




にほんブログ村
posted by ZERO at 07:05| Comment(2) | 意識進化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おはようございます(^o^)

私も次第に閣下の頭脳明晰さや聡明さや魅力に「もしやマインドコントロール?!」されているかも知れないな…と思った矢先のこの記事ですからある意味シンクロでした(爆)

ZEROさんのメルマガはないのでしょうか??

そういへば、先日のセミナーで無意識から一瞬ボロッと涙が出たみたいで自分でもビックリしました。ある意味『なんじゃこりゃあ!!』でした(爆)
Posted by 隠れ読者(先生じゃありません) at 2014年07月02日 08:11
隠れ先生(読者じゃありません)さん、こんにちは。

メルマガはいいと思いますが、以前審査に落ちました(笑)

>無意識から一瞬ボロッと

カタルシスですね〜^^
Posted by ZERO at 2014年07月03日 09:44
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。