2014年06月23日

本当のスピリチュアルとハートの開花

引き続き、Kan.氏の話を紹介したい↓

ハートなきスピリチュアル

ハートに根ざしていなければ、スピリチュアルとはいえません。
でも、必ずしもそうではない現状があります。

「ハートの大切さ=スピリチュアル」になっていないのは、
ハートは自然に備わっているものと捉えるふしがあるからでしょう。

目に見えないものが見えたり、
サイキック的な能力に長けていると、イコール、
ハートが開いていると勘違いしがちですが、両者は全然別物です。

目に見えないものが見えていてもハートが開いていない人はいるし、
見えないものが見えなくても、ハートが開いている人はいます。

本当の意味でハートが開花しないと、本当の宇宙は分かってこないのです。



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サイキック能力はアジナ・チャクラの開花で、
真我の覚醒がハート・チャクラの開花であろう。

アジナ・チャクラの開花(サイキック能力の獲得)は、
意識進化と比例するものではないということである。


また、真我が覚醒すると、宇宙と人体の表裏一体性が
感覚的に捉えられるようになるので、
ハートが開花しないと宇宙は分からないという話も、
私が書きてきたことと符合する。

Kan.氏はハートについて次のように述べている↓


ハートは心臓ではありません。

人間は肉体を持っているので、たとえばチャクラからの
アプローチといったものもあるかもしれませんが、
それだけでは触れることはできません。

ハートにふれる瞬間は、時空を超えているがために、
そもそも場所は存在しないのです。

人生で見つけるべきものはハートですが、
見つかったからといって、
ハートと関係を結べるかといえば、そうではありません。

苦労して山の頂上まで登って「ハートの花」を見つけたとしても、
それだけでは「ハートの花」と一つになることはできないのです。

ただそこに行けばいいというものではなく、
拝めばいいというものでもなく、
トレーニングすればいいというものでもない。

「お前はどういう人のもとに生まれ、
どういう人たちと出会い、
どういう人たちとどう生きたのか」
を問われているように私は思います。



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心臓を英語でハートというので、
ハートは心臓ではないということはないが、
心臓はハート(真我)の中継器官のようなものである。

チャクラからのアプローチでも触れることができないのは、
ハートチャクラはあくまでも外宇宙への入口だからである。


ハートチャクラから体内の内宇宙を通って、
時空を超えた太陽系の外の5次元世界にハートが存在する。

その物質界的な顕現が心臓であり、太陽でもあるのだが、
「ハートの花」を見つけたとしても、
ハートと関係を結んで1つになれないのは何故か……。


これは「真我の発見」と「真我の覚醒」の違いである。

世間でよく言われる「真我の覚醒」は、
私からすれば「真我の発見」であり、
ネオデジタル内観の山本健二氏も、
私からすれば「真我の覚醒」には至っていなかった。


「お前はどういう人のもとに生まれ、
どういう人たちと出会い、
どういう人たちとどう生きたのか」
というのは人生内観そのものであり、
「真我の発見」が何よりも先決である。

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引き続き、Kan.氏の話を紹介したい↓


ハートを開く

では、本当のスピリチュアルとはなんでしょう?
どうすればハートを開花させることができるでしょう?

ハートは矛盾を克服した先にあります。
その克服は頭のレベルではなく、ハウツーでもありません。

自分の人生に起こることを理解して生きるところから、
ハートは見つかります。

矛盾のある場所から自然にハートが見つかってくるのです。
そういう生き方をスピリチュアルと呼びます。

この世界は矛盾から始まったといいました。
そのため人生では数々の矛盾にぶつかります。

たとえば、やりたいことをやりたいのに、
やりたいことが見つからないというのも、その一つです。

その矛盾、ジレンマ、葛藤。
それがハー トを開くためのエネルギーになります。


では、どうすればその矛盾は解けていくでしょう?

自分に起こってくる「縁」を大事にします。
そうすると必ず展開が訪れます。

たとえば、やりたいことをやりたいけど、
やりたいことが分からないという場合、
やりたいことをやるとは、
やりたくないことをやらないことでもあります。

実はやりたくないことをやらないのは、かなり難しいことです。
最初に人間関係がおかしくなるでしょう。

うまくいかない人が出てきて、離れる人が出てきます。
その時に、迎合しないことです。

自分にとって本当ではないことを手放すことで、
虚飾が剥がされていくのですから、目先の人間関係よりも、
自分の虚 飾が減っていくことにプライオリティを置いて下さい。


人が去れば、新しく出会う人が出てきます。
自分の人生に登場してくる顔ぶれの変化を恐れないで下さい。

その時、マインドは傷つくでしょう。
「あの人にどう思われたか」が気になるでしょう。

そもそも仮面を維持しなくてはならない人々を
気にしてどうするのでしょうか?

もしそのとき「仮面を脱いだら社会では通用しない」
といった通説が思い浮かんだら、
「本当に?」と問いかけてみるべきです。

妥協して迎合することは、ハートを閉じることです。
だからといって、妥協を許さない姿勢を
貫くべきだと言っているのではありません。

自分にとって本当のことを問いかけ、選択していくうちに、
やがて積極的な妥協ができるようになっていきます。

本当に大切なものが芽生えてくると、
「ここは社会だし、このくらい妥協したって全然構わない」
といった、ノンストレスの妥協が自ずと出てくるようになります。

どこから出てくるかといえば、それはハートです。

そういうことを繰り返しながら、ハートは傷つかないものである、
ということをしることが大事です。


ハートは、過去、現在、未来のすべてを内包する「今」にあり、
時間軸で起きるドラマを完全に超えています。

本当にそこにいることが分かると、
傷ついたり嬉しがったりする自分はマインドであることが分かり、
だからこそマインドを味わえるようになります。
それは時空のない世界から、時空のある世界を体験することです。

私たちは時空のある世界で、
時空にしかない問題を解決しようとするから、
相手を説得しなければならない事態に陥ります。

でも、相手には相手の人生があり、会社には会社の方針があり、
ぶつからない方が不思議なくらいです。

その時、ドラマにどっぷりはまりながらも、
時空ではないところと自分が繋がっていることを知ると、
とたんにそこから本来持っている潜在的な力に意識が向きます。



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ハートは矛盾を克服した先にあるというのは、
真我の発見によって認識の完全化(生死解決)、
つまり二元性の統合認識が起こることによって、
覚醒段階に入る(ハートと一体になる)ということだろう。

自分の人生に起こることを理解して生きるところから、
ハートは見つかるというのは、まさに内観そのものである。


私のところにも「やりたいことが見つからない」
という相談がたまにあるが、
人によって異なるアドバイスをしている。

というか、その時の思い付き(直感)で色々なことを言うのだが、
「やりたいことが分からなけど、何もやらない」
というのが私の基本的スタンスである。

やりたいことがないのに、
無理にやりたいことを見付ける必要はないと思うからである。


だが、「やりたいことをやるとは、
やりたくないことをやらないことでもあるから、
やりたいことが分からなければやりたくないことをやらない」
というKan.氏の逆転の発想は興味深い。

私も基本スタンスは「やりたくないことはやらない」
主義なので、当たり前のことだったが……。


最初に人間関係がおかしくなるとのことだが、
それはいい加減で適当な人間に思われるからだが、
人にどう思われたかを気にするのはエゴであり、
意識レベル20の「恥」の根底にもそれがある。

「妥協して迎合することは、ハートを閉じること」
とは、まさにその通りだが、
妥協を許さない姿勢を貫くという頑固さも自我である。

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また、ハートは過去、現在、未来の全てを内包する「今」にあり、
時間軸で起きるドラマを完全に超えているとのことだが、
それも私が主張してきた通りで、
過去も未来も常に「今ココ」に集約されているのである。

本質的には宇宙の始めも終わりも常に今この瞬間に存在し、
宇宙と融合して永遠の一瞬という無時間を味わったのが、
6次元の天人合一(宇宙即我)の体験だった。

本当にそこにいることが分かると、
傷ついたり嬉しがったりする自分はマインドであり、
ハートは傷つかないとのことだが、
ハートが真我であるのに対して、マインドは自我である。


ハートに目覚めるとマインドは薄くなるが、
「だからこそマインドを味わえるようになる」とは、
ハートの視点からマインドを楽しめるということで、
「自分の人生を客観的にたの死んで観ている」
という、私がよく使う表現を言い表している。


相手には相手の人生があり、会社には会社の方針があり、
ぶつからない方が不思議なくらいだが、
時空のある世界で時空にしかない問題を解決しようとするから、
相手を説得しなければならない事態に陥るとのことだが、

要するに相手には相手の人生があるのだから説得は不要で、
むしろ干渉したり介入するべきではないということで、
私もそれをポリシーとしている。


また、時空のあるある世界で時空にしかない問題についても、
その時空のに生きる人間としての自分の考えで解決する試みは、
完全にハートが閉ざされた自我に従った生き方である。

時空はあくまでも投影の世界であり、
時空を超越した原因の世界にしか解決方法はなく、
問いかけと直感に従った選択によって、
流れに任せて無為自然に生きることを、
Kan.氏は説いているのだと思う。


それが人生を客観的にたの死んで観るということで、
Kan.氏も「解決しようとせずに味わえ」と説いている。

とりあえず、今回のテーマの核心は、
やりたいことが分からない場合、
「やりたくないことをやらない」
ということをやってみるというである。



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posted by ZERO at 20:31| Comment(1) | 意識進化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ZERO先生こんばんは(^o^)
色々とお返事ありがとうございました。

昨日、ブックオフに行きまして先日に続き、中矢伸一さんの著書『日月神示 完全ガイド&ナビゲーション』などを購入しました。
その前に市立図書館で調べましたが、比較的古い本が多く、貸出しも多かったので諦めました。
ブックオフには『神との対話』(何故か2巻ばかり)もあり、比較的内容も理解し易く安価でしたが、厚くて重いので今回はやめました(^◇^;)

私は初心者で、速読も出来ず、どちらかというと文字より絵画、イラスト、図画(画面)を頭に入れたりするタイプなので、文面を読んだり、こちらでコメントに対するお返事を戴いてもその意味が理解出来ないことも多々あります。

そこで自分に合った参考図書を探して、それを自分のペースで咀嚼し、少しずつ理解をして行きたいと思います。

ちなみに私はそのようなタイプなので漫画が好きです。最近、友達に教えてもらった有名なスピリチュアル漫画をラッキーにもヤフオクでギリギリ落札出来ましたので、それを読み、またほんの少しずつですが自分なりにマイペースに理解をしていってます。

その漫画家さんがその昔書かれたという活字本が、万が一ブックオフにないものかと探してみましたが、やはりありませんでした(T . T)

・美内すずえ『アマテラス』1〜4巻(漫画)
・美内すずえ『宇宙心霊記』(活字本)

http://m.blogs.yahoo.co.jp/chanchan_yanagi/54041710.html
http://tenkataihei.xxxblog.jp/archives/51880446.html
(参考サイト)

『宇宙神霊記』を読んでみたいです(T ^ T)

もしもご存知のかたがいらっしゃいましたら、情報お待ちしています。

(勝手に伝言板代わりにしてしまい申し訳ありません)
Posted by 隠れ読者(先生じゃありません) at 2014年06月24日 00:17
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