2014年06月23日

人類を救うスピリチュアル破壊!

私のブログはカテゴリー的に「スピリチュアル」だが、
私は「打倒!スピリチュアリズム」を掲げて、
「スピリチュアル破壊」を提唱している。

スピリチュアリズムとは何か……
スピリチュアリズム普及会のサイトに、
次のように示されている↓

「スピリチュアリズムは霊界の高級霊団によって組織された、
人類史上はじめての地球規模の大プロジェクトです。
人類が地球上に誕生して以来、
何十万年という長い時がたっていますが、
その中で最大規模の大事業が、今はじめて、
霊界の高級霊団によって進められているのです。

高級霊の働きかけの最大の目的は、
地上に「霊的真理」をもたらすことです。
その霊的真理は、スピリチュアリズムを通して
人類に伝えられるようになっています」



具体的に言うと、イエス・キリストを中心として結成された、
高級霊団による人類救済プロジェクトがスピリチュアリズムだという。

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その中で、『シルバーバーチの霊訓』が最も優秀らしいが、
それについて次のように書かれている↓

「地球人類の霊的成長のためにもたらされた「霊的真理」は、
地球圏霊界の神庁において審議・選択されたものです。
それが「霊界通信」という手段を通じて地上に届けられました」



シルバーバーチの話は5次元的ではなく道徳的であることから、
私は天国(4次元の最上界)レベルの霊だと思っていた。

実際に「地球圏霊界の神庁」と明記されているが、
5次元は地球霊界を超越した世界なので、
地球圏霊界の神庁は天国(フォーカス27)のことである。


要するに、イエス・キリストの指揮下のもとで、
天国の霊人たちが霊媒に憑って啓示を与え、
その通信内容を書物にさせたものが、
スピリチュアリズム運動の原点のようである。

霊界通信(チャネリング)にはピンキリあるが、
スピリチュアリズム普及会によると、
その中で信頼に足る優れた通信としてあげられるのが
『シルバーバーチの霊訓』、モーゼスの『霊訓』、
アラン・カルデックの『霊の書』だという。


つまり、イエスの教えがキリスト教によって歪められた現在、
イエスの教えを人間界に正しく伝えるために、
天国の霊たちが活動しているということである。

その意味では、現在のスピリチュアリズムという分野は、
本来のスピリチュアリズムとは無関係ということになる。

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本来のスピリチュアリズムは、
近代に復興した新(真)キリスト教だと言えるが、
やはりそれも一種の宗教の枠を超えるものではない。

どれだけ真理を説いて聞かせても、
その真理を自分で悟る為の実践プログラムがなければ、
悟り(覚醒=救い)に至ることはできない。


そもそも、悟り(覚醒=救い)に至っていない天国の霊が、
スピリチュアリズム運動に参与して、
霊媒に憑って通信を送ってきているのである。

スピリチュアリズムは人類史上初の大プロジェクトとのことだが、
本来、人間には自分の霊魂の親である5次元のハイヤーセルフが、
守護神・指導神として人間に啓示(直感)を与えているのだが、
それを受け取れないまでに人類の想念界は曇ってしまっている。


そこで、イエスが天国の霊団を使って、
スピリチュアリズム運動を興したようなのだが、
重要なことはスピリチュアリズムの知識を学ぶことではない。

ハイヤーセルフと対話して魂の覚醒に導いてもらえるように、
イエスが実践していた内観などの潜在意識の浄化法や、
自問自答法を教えることこそが重要だと私は思っている。


私はスピリチュアル的なことを書いているが、
一般的なスピリチュアリズムを否定し、
スピリチュアリズム破壊を提唱しているものである。


その理由は、まがい物や低級な内容が多く、
ビジネスとして展開する人も多く、
洗脳されておかしな価値観を植え付けられ、
宗教の悪い面と同じようなことが起きているからだ。

もちろん、それもあるが、本質的には、
スピリチュアリズム(心霊主義)に傾倒した
霊主体従主義(善)を否定しているのである。

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もちろん、体主霊従主義(悪)に凝り固まった人類を、
覚醒に導く為には霊主体従の立場から導く必要があるが、
スピリチュアリズム(霊主体従主)に傾倒することは、
魂の覚醒を妨げることになる。


食と生死解決とアセンションの中でも書いたが、
冨田哲秀氏も「体と心を一元論として
考えなければならない」と説いている。


スピリチュアリズムとは、心身二元論に基づいた思想で、
心や精神、霊魂といったものだけを取り上げて重視する。

つまり、霊主体従(善)と体主霊従(悪)の統合が、
「霊体一致」の真理を実現した半霊半物質なのである。


『日月神示』には次のように示されている↓

「悪は改心早いぞ」

「善の改心なかなかぞ」

「悪の改心、善の改心、善悪ない世を光の世と申すぞ」

「世を捨て、肉をはなれて天国近しとするは邪教であるぞ。
合せ鏡であるから片輪となっては天国へ行かれん道理ぢゃ」

「身魂とは臣民の申す身魂でないぞ。
身魂とは身と魂と一つになっているもの言うぞ。
神の臣民、身と魂の分け隔てないぞ。
身魂の洗濯とは心の洗濯とは、魂ばかりの洗濯でないぞ」



一般的なスピリチュアリズムは、
肉体軽視・物質軽視の傾向が見受けられるが、
物質・肉体・意識の一元化によって超現実が認識でき、
やがて「アセンション」と呼ばれる肉体の削除が起こるのだ。

あくまでも現実直視の内観が重要なのであり、
スピリチュアルや精神世界を外に求めるだけでは、
単なる現実逃避に過ぎない。

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もちろん、スピリチュアルを求めることは良いことだが、
Kan.氏は次のように述べている↓


あなたのスピリチュアル志向は本物?


地球は宇宙の一部です。
そして宇宙にはたくさんの星があります。
人間がつくった「メイド・イン・社会」が
宇宙の唯一の世界なわけではありません。

それなのに地球では、「メイド・イン・社会」が
唯一の世界であるという前提に、みんなが組み込まれています。

それはスピリチュアルの分野にしてもしかりで、
「メイド・イン・社会」の精神構造のまま、
宇宙や高次元といった概念を捉えているので、
本物に届くことができません。

まずは自分に問うてみたらどうでしょうか。

覚醒とは何か、スピリチュアリティとは何か、
自分は表面的に反応するだけに終始していないだろうか、
と問うてみるのです。

覚醒とは、一部の特別な人たちの特殊な出来事ではありません。

だからといって、「皆が覚醒している。私も覚醒しなくちゃ」
というのは催眠状態、人間機械のなせるわざです。

自分を顧みたときに、「自分は機械になっているなあ」
「催眠状態だなあ」と思えるなら、
おそらくその人には本物が始まっています。

もちろん、そんなふうに認めたくない人は、認める必要はありません。
人の思いというのは、本当に自由なものですから。

覚醒は、特定の人に傾倒して猛勉強した先に待っている理想の世界、
という路線のものではありません。

自分自身でよく噛み砕いて、
「自分は表面でしか生きていない」と感じ、
そこまらまたよく噛み砕いて……、
ということを続けていくうちに、
ときどき瞬間的に奥底に触れる体験をするでしょう。

そこで何か感じるところがあれば、
あなたは人間機械の催眠状態で覚醒を望んでいるのではなく、
間違いなく覚醒したがっています。



転載終了

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もっと簡単に言えば、
「自分は何者で、どこから来てどこに行くのか」
という真理を探求していれば覚醒を求めていると言える。

だが、内観などの実践が伴っていなければ、
まだ本気度は高くないと言えるが、
覚醒を求めていることには変わりないと思う。

それでは引き続き、Kan氏の話を紹介したい。

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スピリチュアルを求めるとき

そもそも人はどうしてスピリチュアルを求めるのでしょう?

この社会は不条理です。
真面目な人、正しい人、
ちゃんとやった人が必ずしも報われるとは限りません。

ある時、「こんな所で生きていたってしょうがない」
という気持ちが芽生えます。
この世を見切ってしまう人もいるでしょう。

その一方で、「いや、待てよ。今自分に起こっていることを
理解してくれる存在が本当はいるのではないか?
誰も知らないはずの自分の心を、
完璧に理解してくれる存在が、本当はいるのではないか?」
と立ち止まる人もいます。

どちらの世界を相手にするかです。
自分がやってきたことを実績として見せることのできる世界か、
誰にも見せることは出来ないけれど、
その人がきちんと生きてきた内的世界か。

長いものに巻かれて生きることが何ともない人は、
前者の世界を相手にするかもしれません。
でも、その人にしても、
本音ではどこかおかしいと思っているはずです。

後者の世界を相手にする人を、
スピリチュアリズムと呼ぶのでしょう。

でも本当に大切なのはホールネスです。
スピリチュアルだけが大事なわけではありません。

神や仏が当たり前に語られていた時代には、
スピリチュアルという言葉がないくらい、
すべてがホールネスでした。

それが科学一辺倒になり、人間の自動反応が進み、
一人一人が「奥」を使わないことで
スピリチュアルな部分が欠落してしまいました。

だから今という時代に、
逆にクローズアップしているだけの話です。
スピリチュアルな部分だけを切り取って
エクササイズしても、ホールネスにはなりません。

大事なことは、スピリチュアルというくくりではなく、
自分にとって本当のことを追求する生き方、
自分の心を使って生きる生き方、
自分のハートにふれる生き方ではないでしょうか。



転載終了

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私が伝えたいことと全く同じである。

ホールネスとは「全体性」のこと。

「奥」というのは、以下の記事を参照して頂きたい↓

ムー人の末裔カタカムナ人と
伝説のヒマラヤ聖者ババジが教える
「意識進化」の為の世界認識の仕方




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posted by ZERO at 05:15| Comment(0) | 意識進化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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