2014年06月21日

絵本のある子育て

私は過去に「教育破壊」について何度か書いてきた。


国や時代によって変わる法律や常識に基づく道徳により、
それを基準とする善悪二元の観念を植え付け、
体主霊従主義の左脳偏重な教育で意識進化を妨げ、
型にハメた学校教育で子供の中真感覚を失わせ、
競争に勝つことを優秀とする不調和な生き方を洗脳する。


書き出せばキリがないが、
そのような教育でまともな人間が育つはずがない。

まさに、「狂育」「凶育」という文字が相応しい。


私は学校教育を放棄したが、
それはそれで反社会的な道を暴走することになった。

それは私なり精一杯の親や世間に対する反抗でもあった。


私は子育てをしたことはないが、
弟を自分の子のように思って超スパルタ教育をしていた。

事実上、虐待だったことは否めないが、
それは私の体験による弟への想いで、
強く育って欲しかったからでもあった。


自分の育った経験や、弟を育てた経験、
そして人々の育った環境やそれによって
形成された人格などを分析してきた結果、
教育は一切必要ないという結論に達した。

しいて言えば「食育」と「体育」は必要だが、
それも含めて、子は親の姿を見て育つものであり、
自然に任せるのが一番なのだ。


そのような信条を持っていて、
教育破壊というテーマで何度か記事を書いてきたが、
MRTの内海康満氏も似たようなことを述べていた。

「親」という字は、木の上に立って見ると書く通り、
温かく見守っているだけで良いのである。


中国の超能力者・孫儲琳も、
そのような放任主義の子育てをしているらしい。

それはともかくとして、
いつかどこかで貰った小冊子『絵本のある子育て』

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良い事が沢山書かれているが、
全部を転載するわけにはいかないので一部を紹介する。


言葉の力


すぐれた絵本は、
洗練された美しい日本語によってつづられます。

子どもは、未知の美しい日本語を、
親の声を通して語られる物語の楽しさにのせて、
身につけていくのです。

絵本を読んでもらっている子どもの言葉の発達が早く、
表現も豊かなのはそのためです。

言葉は、考え、思い、学び、表現するための手立てです。
言葉が豊かになることは、考えが豊かになることです。

それは、人が人らしく生き、社会の中で
人々と関わりをもって暮らしていく上で、
どんなに大切なことでしょう。

これほど大切な言葉の力は、親から子への優しい語りかけや、
絵本を読んであげるという、暖かく、
人間的な触れ合いを通して、より豊かに得られていくのです。



転載終了

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その他…………、

「美しいものへの感性」
「子どもの真の姿を描く」
「生きるということ」
「何より愛の表現です」
「子どもの土壌を耕すことから」
「真に学ぶ力を」
「テレビなどメディアに損なわれる、子どもの内面の力」
「私たちの現在と未来をつくる」
「できるだけテレビを消して、絵本と本のある子育て」

などのテーマで、良い事が沢山書かれているが、
「何より愛の表現です」の中から一部抜粋する↓


絵本を読んでもらうことで、いつもの日常とは違う、
もうひとつの世界――心の世界――を
親とともに味わう喜びが子どもの心を満たしているのです。

絵本を読んで貰っている子どもが穏やかで、
言動にも落ち着きがあるのは、
彼らの心が言葉の愛に満たされているからです。

親と子であれ大人同士であれ、
言葉を通して心の世界のことを共有できたと感じられるとき、
人と人は深く結びつくのですね。

このようにして、言葉を通して、
魂の奥深くへ届く愛を存分に受けて育った子どもは、
自分自身を愛し、自分と同じように他の人を愛し、
尊重することができます。

そうやって、人への愛と信頼を身につけていきます。

折りにふれ、人への愛と信頼を表すことのできる子ども、
また、そのようにして成長してきた人が他の人から愛されない、
信用されないということがあるでしょうか。

今、子ども達の苦しみの多くは、無償の、
ただ温かく抱き止められるだけの
愛に満たされていないからだと思います。

親の気にいるような子どもでいることで、
その交換条件のように愛情が与えられる、
と子どもが感じているのだとしたら……。

そこにも、子どもや思春期の人たちによる、
社会的な現象や事件の背景があるのではないでしょうか。


転載終了

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私も幼稚園の時に、毎晩、母親に絵本を
読んでもらいながら寝ていたことを感謝している。

両親からの過保護なくらいの愛情で育ち、
幼稚園も小学校も仏教系の私立だったので、
育ちの良い良家の子どもたちの環境で育ち、
4年生の時に引越して公立小学校に転校した。


私は勉強もスポーツも優秀だったので、
みんなから敬愛されていて、
人気者だったことは確かである。

だが、やはり今までの友達とは人間性が違って、
妬まれていたのも確かで、
親友たちの些細な言葉で傷ついたりして、
私は魔界に入って行くこととなった。


その頃、弟は2歳だった。
弟も母親に絵本を読んでもらって私からも教育を受け、
2歳で普通に大人と会話が出来る語学力があった。

だが、私の虐待が始まって、
今思えば弟は2歳の頃から精神異常で育ってきた。


5年前、弟に「俺はお前みたいにだけは
ならんようになろうと思って生きてきた」と言われた。

だが、その時の私はとっくに悪から反転していて、
その1年後には内観の末に覚醒に至ったが、
今の弟は反面教師だった昔の私のようになっている。


「人は自分が思っている通りの人間になる」というのは、
成功哲学のアール・ナイチンゲールの有名な言葉がだが、
「あのような人間にはなりたくない」という強い想いも、
自分をそのような人間にしていくのである。


これも単純な潜在意識の法則だが、
「こうなりたくない」という想いが、
それを現実化してしまうのである。

また、不安や心配、恐怖なども、
欲望ではないから実現しやすいのである。


人は成人するまでに、親や友人や先生などから、
平均10万回以上のマイナスやネガティブな
否定言語を聞いて育っているという。


それが全てカルマとなって、自分の人格を形成し、
コンプレックス、罪悪感、自己否定、トラウマ、
様々なメンタルブロックを作っていて、
後の人生や死後の世界を決定しているのである。


今まで聞いた全ての否定言語を思い出すことは不可能だが、
内観して潜在意識を浄化することが、
どれだけ大切であるかは考えるまでもない。


また、子供を褒めて「長所伸展法」で育てることが、
いかに重要であるかが分かると思う。

私が生まれた時、比叡山の阿闍梨に、
「この子は神の申し子だから絶対に叱ってはいけない」
と言われたそうで、そのお陰であまり叱られたことがない。

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今の子供達は、第8太陽系次元を創造する主役なので、
子育てをしている人はよくよく考えてみてもらいたい。

子は親を見て勝手に育つので、
親は内観や正食の実践で身魂を磨くことが大切であり、
教育をするなら褒めること以外はしてはいけない。


そして、小さい子供なら、
寝る時に絵本を読んであげることは良いことだと思う。

シルバー・バーチによると、
意識進化によって人間に生まれ変わる動物は猿ではなく、
人間の愛情を受けて生きてきた犬か猫だという。


子供の登校拒否や引き籠りについての相談もたまにあるが、
そのことについては別の機会に記事にしたいと思う。



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posted by ZERO at 18:57| Comment(4) | 意識進化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
『音読』って非常に大事だと思います。

私は小中学生時代、国語が大の得意で、漢字テストは勿論でしたが、朗読をするととても上手だと先生にもみんなにも褒められました。

しかし大人になるとそのようなスキルより他のスキルが、生きて行く上ではよく使われたりします。

しかし、子育てに使われるアイテムや手法は人間が生きて行く上での原理や根本に関わるというか、例えば大人になってから社会でこき使われ、心が壊れてしまった場合にもきっと絵本は有効だと思うのです。

ネットは活字でやり取りする世界です。そこに個人の個性はなかなか反映されにくいものです。

それは個人の体温も感じにくい世界です。体温とは温かみです。
端末を介して人はコミュニケーションをはかりますが、それはどうしても間に機器があるので間接的になってしまうのです。

私は絵本や書籍の朗読をお勧めしたいと思います。

例えば、このブログへ定期的に訪れている読者の方々の、この文章を書かれているZEROさんに対するお一人お一人の様々なイメージがあると思います。

既に個人的にお知り合いの方もいるでしょうが、こちらでしか知らない場合は、きっとその方独自の『ZERO先生像』があることでしょう。

非常に"個性的な"ZERO先生と伺っております。例えば、このブログの内容を『文章』ではなく、まんま『動画』で発信し、ご自身のお姿と肉声でお伝えするのもひとつの『手法』『手段』です。

現在、他愛ない『動画』が多くの若者たちに作られ、いとも自室や野外から簡単に世界へ発信できる時代にもなりました。

(しかし、私個人の見解でいえば、やはりクオリティーの点ではどうかと思うものの方がまだまだ多い気もいたします。素人仕事といいますか。)

例えばこのブログでZERO先生が書かれている内容を自らの声で『動画』あるいは『音声』で発信した場合、そうなると他の『ブログ』とは一線を画す存在になり、様々なアプローチの幅も拡がって行くような気がいたします。
例:商品をCM風に紹介する等

(すみません。これはあくまでもひとつの「提案」です)
Posted by 隠れ読者(先生じゃありません) at 2014年06月22日 01:05

隠れ読者(先生じゃありません)さん、こんにちは。


感想ありがとうございますが、それは五感という
肉体感覚に依存しておられるからだと思います。

先ほども書いた通り、それは外側の世界が
「現実」だという錯覚から起きています。

少し前の記事にも書きましたが、
それは現実を生きていないということになります。


>端末を介して人はコミュニケーションをはかりますが、
それはどうしても間に機器があるので間接的になってしまうのです


それは大きな間違いです。

その理由は上記の通りですが、端末を単なる物質として捉え、
意識と切り離して認識しているからです。

また、間接的コミュニケーションというなら、
対面して対話しても、それは「間接的コミュニケーション」です。

自分の世界に存在する相手は自分の投影であり、
相手の世界に存在する自分は相手の投影に過ぎないからです。

従って、この3次元というバーチャルの世界では、
誰一人として真のコミュニケーションはしていません。

一方、ネットは集合的無意識と繋がっているように思います。

ネットは物質文明の産物ですが、
本質次元にアクセスできるツールだと感じています。

読者のオクト氏や、
『日月神示』を降ろした神と同じ霊統の
宇宙神霊アリオンも同じようなことを言っています。


>このブログの内容を『文章』ではなく、まんま『動画』で発信し、
ご自身のお姿と肉声でお伝えするのもひとつの『手法』『手段』です。


活字を読むことが苦手な人には、それも良いかも知れませんが、
それは非効率的だと思います。

世の中には読むスピードが速い人が少なくありません。

私も速読派なので、情報を得て内容を理解することが目的なら、
映像を視聴する時間が無駄で煩わしく思えます。

読めば数分で済むようなことでも、
動画の視聴だと何十分も時間を要したりします。

また、文章なら読みたい部分を読み返す為に、
読みたい部分を探すのは簡単ですが、
映像だと再び聴きたい部分を探すのは簡単ではありません。


>現在、他愛ない『動画』が多くの若者たちに作られ、
いとも自室や野外から簡単に世界へ発信できる時代にもなりました。
(しかし、私個人の見解でいえば、やはりクオリティーの点では
どうかと思うものの方がまだまだ多い気もいたします。
素人仕事といいますか。)


それは隠れ読者さんの価値基準で評価しているだけで、
その人にとってはクオリティーの高いものかもしれないし、
人によっても評価は異なるでしょう。

また、そのような外面的なクオリティーの高さはどうでもいいことで、
私には無価値なものに思えます。

重要なことは魂のクオリティーを上げることだと思います。
それが錬金術の真意です。


>そうなると他の『ブログ』とは一線を画す存在になり、
アプローチの幅も拡がって行くような気がいたします。


他のブログとは一線を画すかどうかは、内容の問題だと思います。
Posted by ZERO at 2014年06月22日 21:39
お返事ありがとうございます。

このブログのタイトルの『錬金術』は、果たしてどういった意味を差して付けられたのでしょうか。

私を含め、人として生まれ、人として日常生活を営み、人として人生を送る大多数の人間は、ごく普通の感覚でしか物事を捉えることが出来ません。

気づきのある人もいるでしょう。一生気づかず、でもそれに対して疑問を持つこともなく一生を終える人もいるでしょう。

しかし、気づいたからと言って、急に今までの自分や人生が変わる訳ではありません。

三次元での肉体は日々衰えて行くのが世の常です。気づいたからと言って違う世界へすぐに逝ける訳ではありません。

それは果てしない旅です。

気づこうと気づくまいと。
Posted by 隠れ読者(先生じゃありません) at 2014年06月23日 00:39
>このブログのタイトルの『錬金術』は、
果たしてどういった意味を差して付けられたのでしょうか。


前回のレスで書いた通り、
魂のクオリティーを上げるという意味です、

また、6月14日の記事

「日月神示が説く不食への道」
http://gasorin-king.seesaa.net/article/399299060.html

の中で、次のように書きました↓


『食べることが錬金術というのも興味深い表現である。

また、錬金術の本来の目的は、
魂を神(金)に錬成して、
永遠不滅の不老不死体を獲得することだが、
その意味では「正食」は錬金術だと言える。

「不食」もまた錬金術だが、Kan.氏も、
太陽エネルギーで不食に至ると述べている』


その他、現代用語で使われている意味合いの、
「お金を生み出す」という意味も含めています。


>しかし、気づいたからと言って、
急に今までの自分や人生が変わる訳ではありません。
三次元での肉体は日々衰えて行くのが世の常です。
気づいたからと言って違う世界へすぐに逝ける訳ではありません。


何か強烈に誤った思い込みをされているようですが、
それは固定観念で、実際にはそうではありません。

自分も流れも瞬間で全てが変わります。

世界観が分かるということは、
全く違うパラレルワールドに移るからです。
5次元の世界も訪問できるようになります。
Posted by ZERO at 2014年06月23日 05:53
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